83話
「猪肉も新鮮で店に出せるレベルだから」
イシカワさんはそう言って、猪肉を大量に仕入れていました。あっちで串焼きになるのかぁ、食べに行きたいなぁ。
「それでな、これはお土産だ」
箱に詰められた大量のすだちを頂いてしまいました!こっちの柑橘系はオレンジみたいに大きくて甘め。すだちみたいに小ぶりで酸っぱめで皮の香りが華やかな物はないのですよね。
「これは例のアレを作るしかないですね!」
そう、自分で絞って作る生すだちサワーだ!
僕の地元でイシカワさんがいち早く導入したら、他の店がこぞって真似していったという、今や地元定番のサワーだから感慨深いのです。
「ふぉお!」
チコリが早速つまんで悶ていた。
「大丈夫ぅ?酸っぱいでしょ?」
「んん!」
あれ?気に入っちゃった?
「ん!」
口の周りをグチャグチャに濡らしながら、チコリはすだちを味わっている。ちょ!笑顔でシャツの裾に口を拭くのはやめて!
そうこうしていたら、イシカワさんは持参してきたカートに荷物をたんまり載せて帰っていった。ホント、前に目を付けていたのか滞在時間が短い。その前にナターシャが色々と質問攻めにしていたけど、勉強熱心のナターシャをあっちへ出張させても面白そうだな、と思う訳です。
「そろそろ店に行くよー」
修道院とトダ村から酒も届く予定だし、エミリー達にも猪以外の肉を相談したいし、従業員増員も…色々とやる事が多くてハゲそう…。
帰りしなに通った道沿いには、いつの間にか武具屋が何軒かオープニングしていた。アンバーの酒場が流行り、多くの冒険者達が辺境に来るようになったのは聞いていたけど、その動線上に冒険者狙いの店がいくつも軒を連ねる事になったようで。ロールプレイングゲームっぽくなってる。
「ちょっとだけ覗いてもいい?」
ファンタジー世界にいるんだから武器とか触ってみたいじゃない。
「皆も護身用のナイフくらい持った方がいいんじゃないの?」
「そうですね、アンバーも滞在する人が増えましたし、あれば助かります」
ナターシャも真剣な表情で吟味していて、その姿は森の狩人って感じだね。
「ほら、これなんか使いやすそうだよ」
柄の太さも丁度良く、刃渡り的に素人でも振りやすそうだ。
「それって、ミスリルナイフじゃないですか…」
リリィが呆れたように言う。
「ん?高いの?」
「そのナイフは金貨二枚じゃな」
店の奥から出てきた老店主が教えてくれた。
「高いのは分かったけど、今なら無理しなくても買えるよ」
いい物を長く使いたい。性分なのでこれだけは仕方がないのだ。なので、皆が欲しそうにしていたナイフを全部購入し、興味なさそうだったチコリには、ポケットからジュエルリングを取り出して渡した。
「ふぅ、武器は燃えるな。ダンジョンとかあったりしないのかなぁ、この世界には」
「ありますよ…確か、アンバーから西南に馬車で二日ほどだったと思います。ちょっとした街になっているので観光目的で行く人もいますよ」
「えっ、ホントに?ダンジョンは潜りたいとは思わないけど、ワンフロアだけは覗いてみたいのよね。二日か…今度、軽自動車でも持ってくるか?うーむ……ナターシャは戦っても強そうだよね」
「冒険者の真似事はしていた期間がありますけど、ランクは低いですよ」
そう言ってギルドカードを見せてくれた。
「ランクシルバー?」
銀色のカードにはランクシルバーと刻まれている。
「カッパー、シルバー、ゴールド、プラチナの四つのランクがあるんです。シルバーは下から二つ目のランクで、人数が一番多いのです」
「そうなんだ、教えてくれてありがとうね。そっかー…うちに来てくれるお客さんもどれかのランクなのかぁ…何か凄いな異世界」
立ち飲みチコリに着いたので、とりあえずは仕事モードに切り替える。それでも、買ったばかりのナイフを腰に下げていると、店員一同がパーティみたいでカッコイイぞ。店の奥で鞘から抜いて眺めていたら、チコリが工事用誘導灯を光らせて持ってきた。
「どうしたの、それ」
「勇者さまの剣!」
「え?勇者さまの剣なの、それ」
どう見ても、子供用ライトセーバーみたいな工事用誘導灯なんだけど…。
「コクリ」
「か、かっこいいね」
「!」
チコリの表情がパァっと明るくなり、陰に隠れたかと思ったら、今度はカラーコーンをかぶってきた。それも工事用じゃん。
目の前で誘導灯を振り回し、決めポーズをとるチコリ。どうしたらいいか分からないので、とりあえず褒めてみた。
「勇者チコリだね!凄いな、カッコイイぞ!」
ん?何ですか、勇者には仲間がいるって?ま、まぁ、そうだなぁ、いるよね。
「ん!」
チコリがクイッと手で合図すると、物陰から五人の猫人族が出てきた。皆、女の子である。
「チコリさん、この方々は一体」
「ん!」
チコリの友達なの?あー、勇者ごっこの。
「チコリには世話になってるニャ」
「ケンジの事も見ていたから知ってるニャ」
「時々遊んでくれた…ニャ」
「フクさま、素敵ニャ…」
「そんなワケで、この店で雇ってほしいニャ」
変なのが混じってましたが、勇者チコリの推薦では断れませんよね。
こうして、料理ができるのかすら分からないまま、五人も従業員が増える事になったのです。




