56話
オハラ、ベニの再会記念飲み会が行われた次の日、トダ村からダイゴロウ達が村人を従えて日本酒を運んできてくれたのだった。
最初の桶の分は一石(180リットル)で全て一升瓶に詰めてもらったので、本数にすると百本になった。この世界初の精米歩合60パーセントの純米吟醸だ。
「皆さん、お疲れ様でした。酒は店の裏に運んで下さい」
店の皆も手伝って、日本酒の搬入は滞りなく終わった。
「ありがとうございました。こちらで冷たいお茶でもどうぞ」
ダイゴロウ、カレン、アイリスを始め、村人数名に立ち飲みチコリ店内で麦茶をご馳走する。麦茶はこの世界では飲まれていなかったので珍しく、お代わりが続出だった。日本だと砂糖を入れる地方もあるけど、うちも子供の頃は甘くしたのを飲まされていたなぁ。
「足りなかったらビールでも飲んでいって下さい」
「ははは、いいのか!」
ダイゴロウは笑顔だ。
「好きなだけどうぞ。ところで日本酒なんですが、銘柄を決めたいと思いまして。何かいい名前はありませんかね」
やはり銘柄を決めるなら造った人達だと思うんだ。
「ケンジさんが決めるんだと思っていたよー。何がいいかな、ねぇ、お母さん」
「そうねぇ、米だからコメーヌとか?」
「おいおい、そりゃないだろう。オメェのセンスはどうなってんだ」
「そういうアンタはいいのがあるのかい? どうせ同じ様な感じだろ?」
夫婦喧嘩誘発。わー、ごめんなさい。
「あはは、まぁまぁ、カレンさんみたいに覚えやすいのもいい感じですよ。十銘柄ありますし、仲良くつけてみて下さい」
「そう? なら今回は立役者のケンジさんがつけてみたら?」
「私もケンジさんが考えた名前を聞いてみたいな」
カレンさんとアイリスが期待の眼差しを向けてくる。僕もネーミングセンスは悲惨なものなんだけど。
「んーー………そうですねぇ………純米吟醸……トダ村、純米吟醸トダでいいんじゃないですか? 村の名前も宣伝できますし、日本酒発祥の地を冠にしましょう」
日本酒のレッテルも作らないと、これから売る時に裸の一升瓶では困るよね。そうなると、印刷技術もどうにかしないといけないのか。まぁ、手書きでも致し方無いけどね。
こうして、単純に銘柄は決まってしまった。
「え、フクちゃんのお姉さんなんですか?」
皆と久しぶりに会うアイリスは、ベニちゃんを見て驚いていた。
歳はアイリスが十二歳でベニちゃんが十歳。ちなみにフクは八歳、チコリは六歳である。他のメンバーの歳は聞いていない……というか、レディに歳を聞くなんてダメー!て事で見た目で判断するしかできない状況なのですよ。
「ベニちゃん! か、可愛いです! モフモフですー!」
「うわっ、何気安く触ってんだ! ベニに触っていいのはご主人様だけなんだぞー」
普通の猫人族と違って前世が猫の猫人族の場合、ご主人様至上主義に陥る事が多いようだ。フクも僕以外はなかなかモフらせないし。
「ははは、確かにわさびは知らない人に触られるのが嫌だったからね………思い出すと泣けてくるなぁ」
オハラさんはやりとりを見ながら涙ぐんでいる。そうなのだ、一度は死という別れを済ませているの分、どうしてもそれを思い出してしまう。
「みんな仲良くねー」
ラムが店名の入ったTシャツ姿で奥から出てきた。この間日本に戻った時に作っていたらしい。
「今日は日本酒も入荷したから口開けをいつもより早くするわよ。仕込みもいつもより多くお願いね。それとオハラさん、許可は取ってあるから今日は通りにテーブルを沢山置いてビアガーデンみたいにするから、協賛をお願い出来るかしら?」
ラムも色々考えてるなぁ。交通規制もないから、この世界ならではの酒場の営業方法かも知れない。
「それは楽しそうですね。いいでしょう、うちも手伝いますよ。そうだ、会計は楽で分かりやすいのがいいでしょうから、キャッシュオンにしましょう」
「それじゃあ、お金を入れる小さな容器を準備しますよ」
小さなザルか小皿あたりをマイヤーズさんの店で見てみよう。
「今日は何だか賑わってるね。ほら、珍しいのが獲れたんだ、見てくれよ」
エミリーが弟子のゴーシュを連れ立って獲物を持ってきてくれた。
ん? 猪の様だけど少し違うかな。
「珍しいだろ? 野生化した豚が猪と交配して産まれた猪豚だぞ。通常の猪より大きいし、肉が柔らかくて美味しいんだ」
「それは凄い! 今日は新しい酒を売る記念日だから嬉しいよ。二人共この後用事がないんだったら是非とも飲んでいって欲しいな」
二人は立ち飲みチコリに無くてはならない人達だから、日本酒は飲んでいってもらいたい。
「よっと、ありゃ、今日はいつもより賑やかだね。とうしたの?」
タイミングよく耕ちゃんもやって来た。
「近くのトダ村で日本酒が出来たんだよ。今日はそれを初めて売る日なんだけど、肉も珍しい猪豚が入ったし、お向かいの中華居酒屋とコラボして外ではビアガーデンをやるんだよ」
「それは凄く楽しそうだね。あ、これお土産」
「何ですか?……ん、おでんのタネ?」
「ラムちゃんがメールで教えてくれたからさ、はんぺんだよ」
「フクー! ほら、耕ちゃんがはんぺんを持ってきてくれたよー!」
チコリとちくわ、ささみを遊ばせていたフク。呼びかけると走ってやって来た。
「はんぺん! はんぺんだニャ!」
「耕ちゃんにお礼してな」
「耕ちゃん、はんぺんありがとニャ! 食べてみたかったから凄く嬉しいニャ!」
「それは良かったよ。後でおでんにしてあげるからね」
耕ちゃんのフクを見る眼差しは優しかった。彼の家にも猫ちゃんがいるんだよね。
「フフフ、楽しい宴になりそうですわね、ケアス」
ブラックドラゴンが人化したルナが言う。
「そうだな、なんとも芳しい酒の匂いがする。色々手を尽くした甲斐があるというものだ」
宴は始まろうとしていた。




