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魔汁キンミャー焼酎を異世界で  作者: 水野しん
第四章 モンスターで酒が飲めるぞ
37/230

37話

「何だこれは」


 そこにあるはずの建物は一面の瓦礫に変わり果てていた。


「これじゃあ取り調べはできないよね」

 呟くと件の騎士がじろりと睨みつけてきやがった。


「これは……一体どうした事だ。家人は無事なのか……一帯をくまなく調べろ」

 騎士達は瓦礫の上から調べ始めた。


「お前はこれについて何か知らないのか?」


「全く知りません。ここに来たのも初めてですし」


 時間が経つにつれ野次馬も多くなってきて、その中に目撃者が何人かいる事が分かったらしい。大きな家が瓦礫になるくらいだから音なんかも凄かったと思うしね。


「やはりだな、屋敷を襲ったのは黒いドラゴンだったようだ。ケンジ、何故なんだ」


「何度も言いますが、僕に聞かれても何一つ知りませんよ。黒いドラゴンって言うのは、あなた達が偽者と言うケアスが連れていた、人化するドラゴンの事じゃないんですか?」


「人化するドラゴンだと? 聞いた事がないぞ」


「実際いたんですから。立ち飲みチコリで飲んでいた客は全員見ていますよ。ルナとか言う少女に変身しましたけど。証言なら客達を探して聞いてみたらいいじゃないですか。それとも、この国は無罪の者を意味もなく有罪にするような野蛮な国なんですか?」


「言ってくれるな。証言は部下に取らせよう。………ところでケンジ、お前はこの街で新しい酒を造っていると聞くが本当か?」


「来たばかりの騎士にしては情報が早いですね。本当ですよ。新エールやビールを造りました」


「商人の情報網を甘く見るなよ。既に王都ではそれらの酒の事は知られている」

 思ったより早く、新エールは国中に流通しそうだ。


「なるほど、既に色々情報を持ってらっしゃる訳ですか。それで、このままだと酒造りも犯罪だ、なんて事になるんですか?」


「本来なら奴に我々が勘違いしていると思わせ、お主には町長宅で話をするつもりだった……色々と複雑なのだ」

 騎士は辺りを警戒しつつ、部下に縄を解くよう命令した。


「ここでは話ができなくなった。お前の店に行こうではないか」

 一人では馬を乗りこなせないので、この騎士の腰にしがみつくオッサンの図。縄で縛られているより恥ずかしいだろうが。


「ここです」


 店内に入ると、心配していたフクが一番に飛びついて来た。同時に後の騎士にシャーシャー威嚇する。一緒にいたチコリも真似をしてシャーシャー威嚇していた。


 二人をなだめて、奥から椅子を二脚持ってきて騎士と対面に座る。僕の左右の太ももの上には防御の体制のフクとチコリが座った。


「それで話とは何でしょうか?」


「まずは詫びよう。色々とすまなかった。私はこの国の王、エルディンガー二世と申す」


「は? 何て言いました? この国の王……様?」


「その通り、騎士の格好をしてしのびで来た。お主が知っているケアスという男を追ってな。あれの正体は私の息子『ベックス』なのだが……今はバッカス神によって精神を乗っ取られているのだ」


「神と言われましても、何とも荒唐無稽なお話で、ますます酒場のオヤジにはどうしようもなく無関係かと……」


「そうでもないのだ。奴は酒の神。ここに飲みに来たのもお主の新しい酒の為だからな。神が降臨しているとは民に言えるはずもなく、ましてや王子である息子の身体を乗っ取り、やりたい放題しているなどとも言えるはずもない」


「まぁ、そうですね。聞かされたとしてもにわかには信じられません。あのケアスさんはドラゴン達に好かれてましたし、単なる酒好きの若者と言った風でした。なので、Sランク冒険者と言われれば信じてしまいましたよ」


 奴の連れてきたワイバーンのせいで一時は狩りができなかったけど、最終的には問題なかったしな。


「お主とは気が合ったのだろうな、バッカスは気まぐれで、他の街では町長宅の様に無残に破壊された所もあるのだ。酒がなくて苛立つバッカスの代わりに、気を利かせてモンスターが代わりにやっただけなのだが」

 機嫌が悪いだけで建物を壊されてはたまったものじゃないけど。


「色々分かりましたが、街の人達には僕の信用はガタ落ちですよ。公然と騎士に縛られて連行されたんですから。それに、こうしてうちのフクにチコリも怒ってるし。今後の客足にどれだけ響くのか。王様の前ですが断固講義します!」


「それは申し訳なく思っている。息子奪還の為、協力してくたらこの店を王家御用達としたい。それで手を打ってくれないだろうか」


 王家御用達の立ち飲み屋か、面白いじゃないか。

 信用も回復して一石二鳥になるかもしれないな。


「店も手狭になってきて、隣が売り家なんですけどね(チラッ)」


「コホン、分かった。増築の資金も提供しよう」


「フク、チコリ、王様のおかげで店を大きく出来そうだよ。もう怒らないであげてね」

 笑顔を見せると猫姉妹は安心したようだ。王様にありがとうのダイブをしている。


「それで、これからどうするおつもりですか」


「我々は宿でとりあえずの対策会議だな。バッカスはまだ近くにいると思われる。それが終わったら、私にも新エールを飲ませてくれないか」

 酒好きの王様、いいじゃないか。


「そんな事言わずに、今飲んだらいいじゃないですか」


 キンキンに凍らせてたジョッキに新エールを注ぐ。エルディンガー二世の目が見開かれる。


「どうぞ。ホップと言う香草を使った新しいエールです」


 ジョッキを受け取るやいなや王様は一気にあおった。


「くはぁーっ!美味い!」

 続けてビールがなみなみと注がれたジョッキを渡す。


「何という綺麗な色だ……これは?」


「これは新エールと同じ様な造り方をしたビールという酒です。新エールより泡立ちと発泡が多目なのが特徴です」


「うむ、なるほど」

 一口飲んだ後にため息をつき、余韻を楽しむように残りを一気にあおった。




 そういや、町長宅の捜索はどうなったのかな?

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