29話
「チコリちゃん、それ、泡はお酒だから飲んじゃダメだよ?」
首を傾げて『どうしてダメなの?』って見上げられてもどうしようもないよ。お酒は二十歳になってから。って、この世界は何歳から許されてるのかな。
可愛そうだが、間違って飲まれるとイケないのでさげようとした瞬間、掌に魔法陣が浮かび上がって、シュパッと出てきたのは炭酸水のビン。
「トンキン飲料の炭酸水…」
チコリにちょっと待ってもらい、チャチャッとグラスに氷と炭酸水を入れ、残りのブルーベリージュースを混ぜてみた。
「チコリちゃん、これとそれを交換するのはダメかな」
「いいょ」
駄々はこねない良い子だねぇ。
「それは飲んでも大丈夫だからね。泡はなくてもエールと一緒でシュワシュワしてるでしょ?」
「コクコク」
グラスを受け取ったチコリは、脚を肩幅に開いて、両手で持ったグラスを一気にあおる。くぴくぴ喉を鳴らせるちんまい女の子に和む僕だった。
「ぷはぁ!」
ニコッと笑顔でグラスを渡してきた。はい、お代わりですねお嬢様。
「あまり飲み過ぎるとおねしょしちゃうぞ。あ、オルカさんのお迎えが来たよ」
お父さんのお出ましである。
チコリが飲んでいる間、オルカさんにビールを試飲してもらう。
「かーっ! 美味いなおい!」
結果、宿の食堂に置きたいから何とかしてくれと頼まれました。ありがたい事です。修道院も頑張っているので、量産体制はとれたようですし、オルカの宿を始め、今までのニーズに応えられそうです。
「ケンジ、今日もチコリをありがとな。それじゃ帰るぞー」
「あいあいー」
「チコリちゃんおやすみー。また明日ね」
「ばいばいー」
チコリにはホント、癒やされるなぁ。これからは果実ジュースを使った生サワーも作ってみなくちゃね。
そういや今日は猪肉もかなり出ているな。
味が凝縮しているし、何と言っても猪は脂身が美味い。ビールとの相乗効果で明日からはオーダーが殺到するかも。
ケイティは男性客の間を上手い具合に動き回っている。フリフリのスカートが時々お客さんの下半身に触れると、オーダーが鬼の様に入るのだった。ケイティ、怖い娘……。
反対に、リリィは時々ガッツリとタッチされているようで、セクハラにうるさい世界の住人としてはハラハラしているんだけど、本人は堂々としているもんで、触った分の追加注文は取ってくるし、転んでもただでは起きないタイプなのが分かった。
酒場にはお客さんの入れ替わる時間帯があって、口開けで入れなかった人がそこを狙って来たりするんです。そろそろその時間帯になるので、勘定を済ませて帰るお客さんがチョロチョロと出てきました。
溜まっていた洗い物を済ませて、トイレのチェックもします。飲み屋のトイレはこまめにチェックしないと、リバースしたり、狙いが定まらなくて汚れている事が多いのです。
後、うちはラムが持って来たウォッシュなトイレを設置して魔法石で動かしているんだけど、これが評判良くて、女性の集客にも繋がっていたりします。やっぱり、トイレはキレイな方がいいですよねぇ。
「いらっしゃいませー」
熊っぽい毛皮のベストを着た巨漢の親父が入って来ました。傍らに中学生位の女の子がいます。これはもしかして例の猟師かな。
「あの、違ってたらすみません。うちに卸してもらってる猟師の方々でしょうか」
「ああ、この娘がそうだ」
巨漢の親父が傍らの娘を指差す。
「へ?貴方ではなく?」
思わず変な声が出てしまった。
「何とぼけた顔してんの。アタシが猟師のエミリーで、こっちは弟子のゴーシュよ。見かけで判断すると火傷しちゃうわよ?」
「こちらがお弟子さん…ですか……」
巨漢の親父の方がマタギっぽい。
「それで、私達が獲った猪を食べさせてもらおうと来てみたんだけどいいかしら」
「あ、ええ、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
エミリーと弟子のゴーシュをカウンターの真ん中に案内する。
「ナターシャ、猪串を各部位、塩とタレで二本ずつ焼いてくれるかな」
猪は脂が多いので、焼いていると炭から炎が立ち上がる。これを見ていて思い出したのが、宮崎などで有名な地鶏の炭火焼きだ。アレに付けて食べると美味いのを思い出してしまった。
少しばかりエフェクトをかけながら、右手の掌を上に向けて小さな魔法陣を出す。そして柚子胡椒の入った陶器の入れ物を召喚する。
「好みでこの柚子胡椒を付けて食べてみて下さい」
「ふむ、見た事のない調味料だな」
「どれどれ………これは…ピリッとして美味いですよ師匠」
二人共、驚いた表情で焼き上がった猪串をガツガツ食べている。
「お弟子さんにはビールを、エミリーさんはお酒は駄目ですよね何がいいかな」
「何を言ってるんだ。アタシは成人しているぞ。酒で大丈夫だ」
え?そんなに小さいのに成人?と、ビックリしているとケイティが近づいて来て言う。
「ワインなんかは子供でも飲んでますよ」
「中世ヨーロッパっぽい。そ、それじゃあ、エミリーさんにもビールを」
受け取るとすぐにビールをあおるワイルド少女…日本じゃ絶対に見かける事はないな。
「さっきから食べまくってるが、どれも上手く調理しているな。あのエルフ娘、只者ではないな。猪もあの世で喜んでる事だろう。それに、この柚子胡椒……これは不思議な調味料だ」
「そう言って頂けると嬉しいですよ。今後もよろしくお願いいたします」
「それがな、頼まれている猪なんだが、今後は獲れないかもしれない」
エミリーは肉を頬張りながら言う。
「どういう事なんですか」
食材が仕入れられなくなるのは困る。
「山にモンスターが出るようになったんだよ。しかも強さがハンパじゃねーんだ。アレがいなくなるまで猟はできねぇな」
「モンスター…いるんですか」
いるんだモンスター。流石異世界。
「そこにモンスターがいるなら私達で倒しましょう」
そうは言ったものの、さて、どうしようか……勇者プリーズ……。




