28話
「リリィさん、窓口業務は大丈夫なんですか?」
このリリィさんて人は、斡旋ギルドでテキパキと仕事をこなしてくれた。そんな人が、ギルドの仕事から派遣の仕事に変わっても大丈夫なのだろうか。
「うちのギルドは人材が豊富ですから、通常業務に差し支えはありませんよ。それよりも、その……ケンジさんに依頼されてから、どうしてもお店で働きたかったんです」
「働いている間は飲めませんけど?」
「嫌ですわ。流石の私でも仕事中に飲んだりはしませんよ。ただ、エールをまるで別物にした人がいるお店に凄く興味があったのです」
そう言ってキリッとした表情になった彼女は、僕の目をじっと見つめてくるのだった。何だか初対面の印象と違ってかなりしおらしくなったので、何だかとっても可愛いく思えてしまう。
「スンスン……御主人さま、はつじょー?」
「うわっ、フク、いつの間にっ」
「何となく予感がしたから早目の出勤ニャよ。そしたら予感的中ニャ! 誰ニャ! この女!」
僕の膝の上に乗り、リリィに威嚇し始めるフクだった。
「こらフク、この人はリリィさんと言って今日から働いてくれる人なんだぞ。威嚇しちゃダメだろ。フクは偉いから、誰とでも仲良くできるよな? それじゃあ、あっちでリリィさんに仕事内容を教えてくれるかな?」
「むー、仕方がないですニャー。フクは先輩ですからニャ」
切り替えの速さは猫で良かった。
「そんなワケでこの子は見た目通りに猫ですので、言動などはあまり気にせずに、温かい目で見てやって下さい」
さて、今日は通常出している豚肉の代わりに、熟成させた猪肉を出す日だ。
ラムによると、獲ってきた猟師は必ず卸した先に食べに行くらしい。獲ってきた獲物をきちんと料理できるかチェックしているのかもしれない。
ナターシャにはいつも通りに調理してと言ってある。こういった場合は変わった事をするよりも、いつも通りに丁寧な仕事を心がけた方がいい。
後は日本の鍋料理が通用するのかどうか、猟師の舌ではからせてもらうかな。
この日は遂に、口開け前に待つお客さんの列が形成されました。
酒場のキャパが小さいから、口開けからすぐに満席になる事が多いので、お客さん達も早め早めに来るようになった結果かもしれない。
それと、冒険者や商人の口コミの力もあるはずで、ラムや僕は密かに喜んでいるのでありました。
うちはマイヤーズさんの店と繋がっているので、自然と雑貨店の外周に沿って列が出来ていたので、近隣からの苦情も考えなくていいのが嬉しい。
その列を眺めていると、ケイティが自前のメイド服姿でやって来た。
「私のお気に入りなんですけど、どうですか?似合ってますか?」
そう言って、ひらりと回ってみせると、口開け待ちの男達から歓声が上がった。
この娘、短期バイトじゃもったいないわ。
何故かマイヤーズさんも顔を紅潮させているし。
「マイヤーズさん、商店街の店は道のどの辺まで使えるんですか?」
「店先二、三メートルかなぁ」
「そうですか、ありがとうございます。そうすると結構スペースが取れるなぁ。よし!立ち飲みテーブルとしてワイン樽を置いてみよう」
店の裏手にあったワイン樽を四つ持ってきて、今までの二つと合わせて飲める場所を広くしてみた。
中が空くまでのウェイティングテーブルだ。
そろそろ口開けの時間なので暖簾をかけて、提灯に明かりを灯しますか。
予想通りに店中はあっと言う間にお客さん達で埋まってしまった。
僕は女の子達からのオーダーに合わせて、どんどん新エールをジョッキに注いでいく。
店を気に入って何度も飲みに来てくれている人、初めての来店で新エールの美味しさに驚いている人、それぞれの表情が見れて、酒場のオジサンの注ぎは神がかかったようにリズムを刻んでいく。
「リリィさん、ちょっと手伝ってもらえるかな?」
手伝ってもらって空の新エール樽を入れ替え、同時に秘密の樽もサーバーに繋ぐ。
「あれ? ジョッキじゃなくてグラスに注ぐんですか?」
ラムに言わずに修道院で密造させていた下面発酵の『ビール』を、ドイツビール祭りで見かける大き目の縦長グラスに注ぐ。
「ケンジさん……それって新エールじゃないですよね……黄金色をしたお酒……」
リリィが驚きの声を上げたものだから、客もつられてこっちを見て目を丸くしている。
「とりあえず飲んでみそ」
リリィにグラスを渡す。
「仕事中なのにいいんですか!?」
そう言う割にはニヤけてるじゃないの。
「味見してもらわないと売れませんからね。ほら、僕も飲んじゃいますんで乾杯しましょう」
自分の分として二杯目を注いで、リリィさんと軽くグラスを合わせた。
黄金色の液体は程よく冷やされ、強めの炭酸が喉越しよく、ほのかに甘い香りがして、いつまでも飲み続けられるビールに仕上がっている。
「うまっ!予想以上の出来だぞこれ!」
遂にこの世界にビールが誕生した。
というか、させてしまった。
でも、ここにいる理由が新しい酒文化の構築だし。
隣のリリィさんを見ると、既に飲み干して小刻みに身体を震わせていた。
「何ですかこれっ! 見た目はエールの様だけど……口にするとエールじゃなくて……新エールも美味しいけど、これはまた、別の美味しいお酒だわ」
周りの客達はゴクリと喉を鳴らしながら何事かという目で見守っている。
「リリィさん、これはビールと言うお酒です。どうですか、美味いでしょ?」
「美味いなんてもんじゃないですよ!ビール?喉越しが最高に美味いです!」
目をキラキラさせて身を攀じるリリィさん。
「はい、お客様、注目ー! 立ち飲みチコリでは今から黄金色の美酒、ビールを振る舞います!新たな酒の歴史を喉で感じて下さい!」
ビールの振る舞い酒は大盛況で大正解だった。
次から次へとオーダーされるビール。そして、新エールも相乗効果でオーダーされていく。
この街は進化した新エールに加えて、新たな酒、ビールも手に入れたのだ。この安価で気軽に飲める酒はすぐにこの世界に広まるだろう。喜ぶラムの顔が浮かぶぜ。
「ん」
「チコリちゃん、どうした?」
「んー」
「詰んできてたブルーベリーで作ったジュースかい」
「んぅー」
「それは泡は立たないからね……ビールみたいに泡立たせたいの?」
「ん!」
仕方がないのでブルーベリージュースの上にビールの泡を乗せてみた。
「………フルーツビールもありだな」
チコリはぴょんぴょん飛び回って喜んでいたけど、泡は苦くて美味しくなかったらしい。ポカポカされた。




