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Students  作者: OKA
3/30

夏風のささやき


右側にはきれいな砂浜と限りなく広がる海が。左側には活気にあふれる様々な店が並ぶ。

普段よりも賑やかなこの通りは私たちが毎日のように通う登校道。

絶えることなく鳴き続ける蝉の声はこの季節の象徴であり、同時に私たちの聴覚を強引に刺激する。

歩道に直線的に植えられた樹木がつくる日陰をえらびながら、私たちは学校へと歩いていた。







「あ~っつー。今日はいったい何℃まで上がるのよ…。」

「えーと、たしかねぇフライパンで目玉焼き焼ける温度までいくってよ~。」

「ミレア…、黙りなさい。」

自分の顔面を必死に扇いでいる夏バテ気味の麻美ちゃんと、異様にテンションの高いミレアちゃんが私の前を歩く。

私は鞄の中からタオルを取り出し、汗をふきとる。

「…そういえば、はやみさんは今日部活がある日だっけ?」

「ううん。今日は違うんだ。昨日の夜に白川先生から電話がきて呼び出されたんだ。ちょっと話があるって。」

ミレアちゃんの問いかけに私は微笑みながら答えた。

しかし、白川先生が電話をしてくるとはめずらしい。というか、初めての出来事である。いつもなら部活が終わった後に伝える人なのだが…。急用なのだろうか?

「白川先生って変わった人よね。夏だっていうのに、学校では常にジャージだし。絶対、暑いでしょうに。」

「どちらかというと天然キャラだよ。さりげなく、ノーブラの生ジャージだからっ。」

くすりと笑いながら麻美ちゃんに真実を伝えるミレアちゃん。私もこのことには気が付いていた。高校1年生の時から私は白川先生と毎回部活で顔をあわせているが、あの危険な服装はいまだに変わっていない。学校では、トレードマークになっている。

「…えっ。つまり、角度によっては見えちゃうじゃない!」

驚愕と唖然が入り混じる反応をする麻美ちゃん。彼女はどうやら初めて知ったようだ。

白川先生は胸がおおきく天然でかわいい。このスペックに騙され入部した男子生徒も多く存在する。

だがしかし、あの先生のつくる練習メニュは地獄に等しい。入部から数日もたたずにやめていった生徒を私は幾人も目撃している。







一歩また一歩と歩くたびに横からの冷たい風が私たちの体を癒す。夏休みで客足も多くなり繁盛する店の数々。

ファミレス、ゲーセン、スーパー、喫茶店…。

商店街の中、人の動線が私たちに、これらの店からの冷風を与えてくれる。

潮の香とともに、海風が私たちの髪を揺らす。

「ねぇ、アサみんっ。今日は園歌そのかは補習ないの?」

「…な、なによアサみんって…。園歌なら今朝メールがきて、体調が悪いから出れないらしいわ。」

園歌ちゃん、麻美ちゃん、ミレアちゃんの3人は、夏休み中は補習を受けに学校へ行っている。これは今年だけのことではなく昨年、一昨年も同様の夏を彼女たちは過ごしている。

「もう、おかげで数学恐怖症だよ。授業内容は難しくないんだけど、授業中に必然的に寝ちゃうのが敗因かな〜。」

「というか、授業の構成がいけないのよ~。毎年のように数学の前に体育があるからダメなのよ…。」

2人の気持ちは今ちょうど同じであるに違いない。彼女たちは空を見上げ、入道雲よりも遠く彼方をみつめている。

そう。細田先生の授業は比較的にやさしい問題しか出題されなく、教え方も上手い。だがしかし、白川先生の無情な授業により細田先生の授業は無効化される。

白川先生本人は気が付いていないが、あの授業をすべてこなせれば軽々100kmマラソンができる…と思うぐらいに激しい。

体育の授業を放棄するという方法があるが、封じられてしまう。

なぜならば、先生の授業方針を少しでも否定するだけで白川先生は涙目になり生徒たちをせつない顔で見つめてくる。これが授業をやらざるを得ない雰囲気をつくる。

よって、天候が雨などになり体育館になる以外は授業を受けることになってしまうのである。







陽炎な太陽の日差しは白い校舎に反射し、より一層強い光となって広大な海へと差し込む。

話をしながら歩いていると、いつの間にか私たちは高校に着いていた。

補習開始前のせいか、校門周辺は大勢の生徒であふれていた。

「あ〜あ。着いちゃった。もうちょっと話していたかったな〜。」

口先を無邪気にとがらせながら呟くミレアちゃん。終始、彼女は異様にテンションが高かった。

彼女は、その透通る碧い眼で麻美ちゃんの肩を熱心に見つめ、爆笑していた。

「とりあえず、補習が終わったら一応、速さんに連絡するから一緒に帰れそうだったら返信頼むわね。」

体を燃やす陽気に耐えながら笑顔でいう麻美ちゃん。

私は、やっと気が付いた。まだ爆笑している彼女がなにをしたかということに…。

「…なにをさっきから騒がしい。ほら、さっさといくわよミレア。教室まで結構あるくんだから。」

まだ気がつかない彼女を私は救出することにした。

彼女の耳元で「肩を見て」と、(ささや)く。

自分の肩にのっているカサカサとした茶色い物体をまじまじと見つめ、数秒間硬直したあと絶叫する麻美ちゃん…。

「…………………………。きゃあ~~~~~~~~~~~っ!!!」

頬を真赤に染め、熱を吸収した地面の上にうずくまる。このかわいい叫び声で周りにいたすべての男子生徒を見事に振り向かせた。怒りと涙が交じるその目はミレアちゃんの両目を耽々《たんたん》と睨みつける。

「ムフゥ~ン。アサみん萌え~っ。」


ミレアちゃんは蝉の抜け殻をのせていたのである…。







後のミレアちゃんの話ではあれから麻美ちゃんの説教を校門前で受け、結局2人は補習に遅刻して出席したという。
















…今日の患者入居率は群を抜いている。

次々と来る生徒達の症状はすべて軽度の熱射病。夏休みというのに、わざわざ学校まで来て部活で体調を崩すというのも皮肉なことである。

大会に向けての猛練習だとしても、顧問の先生方はもう少しやさしくしてあげればいいのにと思う。

「コンコンッ」

保健室特有の消毒液や湿布の匂いに囲まれ、俺は新たな訪問者の対応をするのであった。

今度は野球部かサッカー部か。それとも陸上部か…。

「はーい、どうぞ!入ってきていいよ〜。」

ドアが開いた瞬間、大柄な女がズカズカと突入してきた。

しかし、なんでコイツがこんな時に来るのだろうか?

「よ〜お。島田(しまだ)先生!ちょっと、空いてますかね?」

職員室にいるはずの長原が何のようだろうか?俺は今、忙しいというのに…。

「なんだよこんな時にー。見たとおり忙しいんだ、帰れ!長原っ!」

「せめて、長原先生帰っていただけますか?だろっ!」

長原とはもう高校生の時からの付き合いだ。俺とコイツ、細田と白川は同じこの職場(高校)を卒業した…。

俺がこの高校で保健室のお兄さんをやり、残りの3人はそれぞれ教師をしている…。

「まあ、見たところ本当に忙しそうだから戻るかな。今日も暑いからなぁ〜。」

「結局、お前は何をしにきた?いやがらせか?いいなぁ!仕事がない奴は!!」

「いーや、わたしもちゃんとあるからね。詳しいことは後でメールするから。」

保健室の状況を把握した長原は手で軽く挨拶をし、立ち去っていった。

たまにここへ来たかと思うと、仕事の邪魔だけして立ち去る。

ったく。嫌な性格をしているぜ…。


「コンコンッ。失礼します。」

時間の無駄だ…。保健室のお兄さんを再開することにしよう………。







この日の夜、長原から一通のメールが送られてきたのだった。

















窓のブラインドから外を覗くと、すっかりと暗くなっていた。

いつものことではあるが時間の感覚というものがすっかり狂ってしまっている。

大きなあくびをし、目尻が湿っていることを確認した俺は気分転換にシャワを浴びにくことにした。

白衣をカルテが散乱している机の上に放り投げ部屋を出ようとした瞬間、ブラインドが振動するほどの轟音が聴こえてきた。


「ドドンガドン、カッカ、ドドンガドン」

再び窓際に歩み寄り、外の様子を観る。

まず、目に入る景色は白い高校の校舎。それもそのはず、この病院が高校の裏にある丘陵の上に建てられているためである。そのため、海や街を一望することができる。音は海辺の方から聴こえてくる。

「ドドンガドン、カッカ、ドドンガドン」

暗闇の中、目を凝らしてみると海辺で提灯ちょうちんの灯りを確認することができた。

俺はようやく音の正体に気がついた。これは、大太鼓の音である。きっと明日開催される夏祭りのリハーサルをしているのであろう。このあたりの地域では、海と街を共有して祭りを行う。また、近隣の学校も共同で屋台を構える。

なんといっても、海辺から上がる打ち上げ花火の迫力は格別である。

毎年この祭りは開催されているが、この花火が俺の仕事中に容赦なく仕事場を揺らしてくれる。距離があまり離れていないため、一発また一発と花火が上がるたびに対応をしなければならない。

よって、繊細な手術をどうしても緊急にしなければならない時以外は、祭りの期間は手術はしないようなしている。

俺自身、ここ何年もこの祭りには行っていない。最後に行ったのは高校生の時である。まあ、仕事が忙しいこともあり、祭りに行ける機会が少なくなってしまったこともあるのだが…。


俺は外の景色を見納め、シャワを浴びに行った。







シャワを浴び終え再び部屋に戻ると、白衣の中に入れてある携帯のランプが点滅していることに気がついた。

どうやら、誰からかメールがきているようだ。

















今日はおもいきって学校を休んでしまった。決して仮病ではない。今朝、いつもどおりに反復的に鳴り響くベル静め、制服に着替えようとした。

薄い生地でできた夏用のパジャマのズボンを脱いだ瞬間、その症状は起きた。

片足で立ち、片方の足からズボンを脱いだ時、急に景色が黒色に変化した。ジワジワと目を侵食してゆき何も見えなくなる。バランスを崩した私はベッドの上に尻もちをしてしまった。

もう一度立ち上がりズボンを脱ごうとする。ベッドの反発で反動をつけ立ち上がる。立ち上がった瞬間、再び部屋の景色が黒色に侵食される。

私はこの原因を、白川先生のせいにすることにした。

思い返せば、夏休みに入る前の体育では走る動作しかした記憶がない。たぶん、この暑さと疲労で貧血にでもなったのであろう。

というわけで、いま私は光のない部屋のベッドの上で休んでいる。補習に行かなくていいことは嬉しいが、することがなくなってしまった。暇に暇を重ね、退屈を極める。ずっと眠り続ける行為は私には不可能に近い。

天井があるであろう上を向きボーッとする。


「ビィーン。ビィーン。ビィーンッ。」

枕元にある携帯の振動とともに、メール受信を示すランプの点滅が部屋に色を与える。

「FROM:貴殿院 麻美

 あんた、体調大丈夫?みんな心配してたわよ。

 明日のお祭りに行ける?毎年行ってるから一応連絡したんだけれど…。

 体調が良くないんなら無理せずに断っていいのよ

 なんでもいいから連絡ちょうだいね。 じゃあ」

このメールで私は時が経つのは早いものだと感じた。

麻美と一緒に私は小さな時からこのお祭りに出ている。毎年、この日が来ると夏休みが消えしまってゆくのを惜しむのと同時に、学校が始まることを共によく嫌がっていた。


「コンコンッ。入るわよ~。」

ドアをノックする音とともに、部屋の明かりをつけ、様子を伺いに母親が入ってきた。







浴衣の行方を母親に尋ね、私は携帯を手にとった。












何色ものかき氷を食べ合い体を震わせ笑い合う。

共に夜風を感じ、夜空を見上げる。

淡く燃える花の色が、一夜の記憶を紡いでゆく。

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