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AWAYOKUBAーギャルゲは異世界で  作者: 成瀬葵
第一章  激動
9/11

第一章  8『プロローグの終幕』

さて、少年探索部隊は中都に入り相変わらずの難航を見せる。かと思いきや意外にもここで俺が役に立つという展開が待っていた。


「ここが・・・アスナロが言っていたコウリョ。何て言うのか、田舎町っていうのか緑がいっぱいな場所だな。」


 目にまず飛び込んできたのは家々にまたがる緑で生い茂る草木たちだ。どれもきれいに手入れされていて意図的にそこにあるというのは明白だった。先ほどまでの王都とは違い家と家の間隔も広いし、人通りも少ない。何て言うのか、俺が求めていた最高の場所じゃないか。


「・・・王都に比べれば貧相に見えるけど・・・ここはかなりいい街。」


 彼女がそう称すには訳がある。

 もちろんそれは食べ物がらみのことだ。ここの料理は超が付くほどの絶品ものなのらしい。王都のものとは違いここのはすべて地産地消のもので野菜は新鮮でみずみずしく、肉類は丁寧に飼育され身が程よくしまっているらしい。

 俺はそんな話をコウリョに行く間ずっとアスナロから話されていたのだった。


「・・・で、君が言うように食べ物はおいしいんだろうけどまずは聞き取りからする?」


「まずは腹ごしらえ。」


 即座に彼女から返事が聞こえた。今まで会話をしてきた中で一番早い返事。いつもはところどころ言葉の間に少し時間が空くくせに今回に至ってはそれが嘘のように素早かった。

 『どんなけ食べるつもりなんだ!』っていうツッコみよりも『どんなけ食べたいんだよ!』っていう方のが瞬時に生まれた。それを口に出そうと喉の奥まで来たところをぐっと飲み込んで。


「ここに来る前も腹ごしらえ・・・してなかった?」


「・・・別腹、だから。」


 とにかく彼女は引くつもりはない様だ。そこんところは俺の方が根を折ってお金を出してあげるべきなのか否か。って、なんでアスナロのお父さんみたいな思考めぐらせちゃってるんだよ!

 娘のためならお金に糸目はつけないってか⁉どこかのマフィアのボスかなんかですかお父さん。いや、そこでこんなたとえが出てくるのは映画の見すぎか。

 とりあえず彼女が言う腹ごしらえについてだけど


「今がいいの?」


「・・・うん。」


 首が縦に揺れて返事を目にする。

 まぁ、この返答が来るのは薄々感づいていたけど。彼女が行きしなに言っていた通りここの料理とやらがどこまでおいしいのかそれなりに興味がある。だが、お金のことも考えてここはどうにかしてアスナロにこの話から身を引いてほしい。

 だけど

体をソワソワ動かしながら妄想でもしていたのか口からはよだれをたらしているアスナロがちらりと目に映る。

 この様子だと簡単にはいかなさそうだな。


「ちなみにアスナロは何が食べたいの?」


「・・・これ。」


 言って懐から一枚の紙を開く。カラフルなデザインに身を包んだ広告雑誌のようなものが目に映った。

 そこにはたくさんの料理がずらりと載っていた。おそらくあれだ。アスナロのことだから『町の特産物詰め合わせ本』みたいなその町々の名物品が記載されているものかなんかだろう。

 そこに映る一つの料理をアスナロは指さした。


「えーと、悪魔ミーター?って言うのかな。名前を聞く限り悪意を感じるネーミングだけど、料理の方はなかなかうまそうだな。」


なぜかはわからないがこの本の文字はすべて読める。ここでようやく翻訳スキル発動か⁉とか思ったら、なんかそういう魔法が施されているものなのらしい。そんなの初耳だし魔法がただの便利道具になっちゃってるぞ。


 話は戻して、それはお肉と一緒にチキンライスのようなものが皿に乗る料理だった。

 きっと写真が載っていなかったら変な勘違いでも起こしてそうなネーミング。おそらく悪魔とかいうのは俺のいた世界とはまた違う意味合いなのだろう。もし仮にそうじゃないとしたら製作者のネーミングセンスが皆無か、悪魔を連想させるようなおぞましい料理なのか。

 例えば悪魔の持つ槍で刺されたかのような辛みがあるとか、じつは悪魔のお肉を使ってますとかそんな感じのもの。まぁ、さすがにそんなもんじゃないだろう。


「見た目じゃわからないけど、実はとても辛くて・・・名前の通り悪魔のお肉が使われてる。・・・斬新な料理だから、食べてみたい。」


 鮮やかなフラグ回収だなぁ、おい!

 マジの悪魔の肉とか、そもそもどうやって手に入れてるんだよ。悪魔ってかなりの強者だと思うんだけど。ほら、人間の七つの罪のモチーフが悪魔なんだから、そんなの食べたらお腹も下しそうだぞ。


「悪魔って、食べれるの・・・?」


 苦笑しながらアスナロにそう問いかける。悪魔のことを考えて少し身震いする中で。


「・・・うん。悪魔と言っても下級の悪魔を食用として狩ってるだけだから、手に入れるのもあまり難しくないし、例えるならゴブリンみたいな感じ。」


「ああ~、なるほど。」


 ゴブリンならなんとなく割と序盤のダンジョンで出てきそうな感じがするわ。そこら辺のレベルなら食用として扱われる理由もつくか。


「・・・てか、悪魔っておいしいの?」


「それを今から確かめる。・・・ほら、行くよ?」


 アスナロ自身も食べたことのない代物。なんだか興味のひかれる料理だな、とは思う。正直言って食べたくなってきたには確か。だが、彼女にのせられっぱなしの俺、イツキ・ミゾラではない!俺は今後のことも考えてお金は極力使いたくないんだ!

 王都にいるときは少し甘やかしすぎた。バンバンお金をアスナロに使いすぎた。だからここは彼女に我慢してもらうことにしておこう。

 って、またなんでお父さん目線でものを言ってるんだよ俺。アスナロとあってまだ全然時間が経ってないのに、このポジションが根付いちゃった感じ?


「いやでも、聞き取りは?少なくともこれだけはしてさ、アスナロの言ってる悪魔ミーターだっけ?それを食べに行こうぜ。頑張った後のご飯はとびっきりおいしいって言うし。」


「・・・・。」


 彼女は俺の言葉を聞いて何やら考え始めたようだ。お決まりの考えてますよ!っていううポーズをとりながら。

 俺の揺さぶりはそれなりに効いているようだ。彼女にとったら『頑張った後のご飯はとびっきりおいしい。』っていう言葉が悩ませる原因になってるんだろう。食べることが好きなアスナロにとったらこの言葉は聞き捨てならないはず。

 このまま『うんわかった。聞き取り、頑張る。』っていう言葉が聞こえたらベストだ。


「どれくらい・・・おいしくなるの?」


「えっ・・・⁉」


 アスナロからの問いかけに言葉が詰まってついつい動揺してしまった。

 どれくらいおいしくなるか、と問われればどう返事をしたらいいんだろうか。某アニメの戦闘力53万ヤロウが第一形態の強さから最終形態の強さになるくらいずば抜けておいしくなるんだぞ!とか言ったらいいのかな。

 いや却下。まず翌檜がそいつを知らない。

 じゃあセミみたいな緑ヤロウが人造人間を吸収する前から完全態になるくらいおいしくなるぞ!って言うことにしよう。

 却下。一度そのアニメから離れようか。

 変に考えずに、『そのままの意味だよ』っていう言葉で濁すこともできるけど、そんなのじゃ納得してくれそうにないし。

 結局―――


「例えばまんまのやつが一とすれば頑張った後に食べるやつは百ぐらいになってるんだ。それぐらいおいしくなってるってこと。」


 たどり着いた答えは誰でも導くことのできるであろう超普通な答え。自称独創的な男、イツキ・ミゾラとしてはとても悔しい答えとなった。

 アスナロの方を見つめて彼女は何やらまた考え込んでいる。しかし、今回は先ほどよりも短くて。アスナロの口が小さく開いた。


「だったら・・・聞き取り、頑張る。」


 その一言を待ってましたとご機嫌に言った。


「じゃあ、それが終わったらご飯を食べに行こう。その時はアスナロの食べたいやつ、言ってたやつだけじゃなくてもなんでも食べていいからさ。」


 その言葉を聞いた刹那、アスナロの顔は柔らかく溶けていった。俺の言葉を聞いて嬉しくなったのか想像が膨らんでいるのか。

俺は食べ物がかかわると無表情な顔も変わるんだな、と心の中でくすっと笑った。



     ※



「むむっ⁉俺の妖怪アンテナが立ってるぞ!つまり、今から向かう家には必ず有力な情報を持った人がいる!」


 風によって立ち揺れるアホ毛を上目に俺は痛む足と心をよそにそう言った。

あの王都とは違う和やかな景観と空気に身を浸しながら。


「・・・妖怪アンテナって、何?」


 アスナロはいつもよりも小さい声で訊いてくる。


「ええっ⁉あの某アニメの妖怪アンテナを知らないだなんて。説明するとだな、こうやって髪が立ったら妖怪アンテナが立つって俺んところの国では言うんだよ。なんかこうやって髪が立つと何かが起きるよって暗示してる気がするんだよな。」


 まぁ、こう言うのは俺だけかもしれないんだけど。妖怪アンテナ、久々に使う単語だったぞ。最近は画面の中の人としか会話をしていなかったからな。あれ?今思うと俺、結構やばい人じゃんか。今では笑い話・・・笑えないけどね。


「・・・あくまで気がする、なんだ。それだったら、全然確証、ないじゃん。」


 疲れましたと全身が言っているかのようにアスナロは気だるげにそう言った。彼女が疲れているのは事実だ。実は俺も彼女のように意外と疲労がたまっていたりする。

 今はコウリョへと探索場所を変えて早三時間。すでに空は夕焼け色に染まり始めていた。聞き取りに次ぐ聞き取り。何件も周り回って足は痛みの声を上げ始めていた。いわゆる筋肉痛の前兆みたいなものだ。これだと明日は筋肉痛だな。

 アスナロに至っては俺に比べて疲れもたまっている。その理由と言えば俺は付き添いのようなもので、初対面の人と話せない俺の代わりに慣れない聞き取りなんかしたから精神的にも肉体的にも疲れているのだろう。

 極力話したくないと言う彼女にとったらかなりの苦痛だっただろう。そんなアスナロを見て途中俺も勇気を振り絞って聞き取りをやってみたのだけど、会話にならないのでアスナロが長いため息とともに結局代わりにやってくれたことが少し気残りなくらい。っていうか気残りっていうか、かっこ悪すぎ俺。

 女の子の前で、しかも俺が攻略するギャルゲなヒロインなわけで、二度もかっこ悪いところを見せたのは痛手だ。そこんところの精神的ダメージ込みで俺の方も実は疲れてしまっているのだった。

 それに加えて今現在有力な情報は一つもない。尋ねても尋ねても返ってくる答えは『知らない』の一択だった。そもそもの話、探している少年がどこの都市出身なのかも知らないし根本的に考えて、アスナロが少年を探す理由って何なんだろう。

 実は私の弟で・・・、とか。親族がらみな気もするけど、それはあくまで俺の推測だ。彼女にとって少年を探す理由とはいったい何なのか、知ってみたくなった。


「疲れてるところ悪いんだけどさ、そういえばアスナロはそもそも何で写真の男の子を探してるんだ?」


 歩きながら、何の気もなしに俺はアスナロの方を見据えて言った。

 その瞬間アスナロの足は止まった。

 考えたところでなんの埒もあかなさそうだったので口に出して聞いた。ただそれだけの軽い気持ちだったのにアスナロの目と言えば、一点の『無情』それを表すに等しいほど瞳が、濁っていた。

 何かを思い返すかのように微動だにせずある一点だけを見据えている。その見据えているとは、見るという行為を放棄し、ある一つのことに集中してしまっているというような感じだった。

 例えるなら時々考え事をしてしまっているときにボーとする時のようなもの。

 そんな彼女は俺の言葉に沈黙を作り、一つ見えたのは彼女の口が少しだけ動いているように見えたことぐらいだった。


「・・・アスナロ?」


 名前を読んでも応答がない。聞こえていないのか聞き流しているのか、おそらく前者の方が濃厚。それをふまえて俺は先刻よりも大きな声で言った。


「アスナロ!」


「・・・・⁉」


 俺の方をきれいな金色の目が射貫く。さっきまでの目が嘘だったかのように、彼女の瞳は美しく輝いていた。

『少年を探す理由』それに対して何をアスナロは思ったのか、俺にはわからない。ただ、何かがこの子にはある。何かを少年に対して感じている。そのような気持ちは引きこもりだった俺にも感じ取れた。

 アスナロは「ごめん」と一言いって俺から視線をそむける。顔を下に向け、長い横髪のせいで彼女の顔は見えなくなった。


「・・・大丈夫か?」


「うん・・・。」


 視線を下に向けたままアスナロは小さな声で返事をした。

 何かがひっかかる。でも、俺が干渉してはいけないような気がした。



 結局何も有力な情報はなし。少年の名前だとか、その子の現在住んでいる家だとかそういうのは全く上がらなかった。ただ、強いて言うなら最後に聞き取りを行った家には手がかりとなる内容が聞けた。

「十五歳になっていきなり家を出ていった。結局今日の収穫はそんなもんか。」

 暗くなった空を見上げ俺はため息のようにそう言った。

 十五歳に家出となると思春期真っただ中だからあり得そうなもんだけど、そのまま帰ってこなくなったっていうのは気になることだ。俺だったらもって三日だ。それを思うと家を出ていってそのままっていうのはあり得そうにないんだよなぁ。


「・・・ううん。今日はいいことを聞いた。ミゾラの妖怪アンテナ?ちゃんと役に立ってたね。」


 ありがとうとでも言っているかのようにツンデレ気質な彼女はそう言った。


「アスナロがそう言うんだったらいいけど、妖怪アンテナのおかげで一様俺も活躍できたわけだし。」


 まさかここで俺が役に立つ展開が待っているとは!

 気分の良くなったまま俺は続けて


「んで、外も暗くなっちゃったし体も心もつかれたということで、アスナロお待ちかね、晩ご飯を食べに行こう!」


「・・・・。」


 無言にアスナロは俺の方を見つめる。

 なにた言いたげな様子もない。言うなら無表情かつ無感情を感じさせるような顔。

 嬉しくないのかな?アスナロのことだからてっきり『やったー!』とか何とか言ってくると思ったんだけど。ほら、ここで聞き取り始める前に行きたいって言ってた店に行こうとか思ってるのに。当の本人がこの調子だなんて、俺ちょっと寂しいぞ。

 黙りながら俺は少し佐是ずんでいた。そんな俺をよそにアスナロは言い始めた。次はきょとんと不思議そうな顔、ではなく色々ま知り合った複雑な表情を見せて。


「・・・・なに黙ってるの?行くんでしょ、早く行こう。」


「お、おう。」


 スタスタと俺の前を歩き始める。その状況を理解するのには彼女が俺の前を先に歩き始めて約三秒後のことだった。

 もしかしてアスナロ、言葉にできないほど嬉しく思っちゃってるやつ⁉

 あの複雑な表情は嬉しいのといつもの表情がごっちゃになっちゃったやつじゃないのか⁉


「なるほどな。やっぱりアスナロの考えはわかりにくいな。」


 息を吐き出すかのようにこぼれたそれを言い残して彼女のもとに歩み寄った。肩を並べて一緒に歩いて。



      ※



「ここで・・・あってるんだよな?」

 地図というのは苦手だ。それは方向音痴な俺にとって全く役に立たないものであり、たいてい地図を使った方が逆に時間がかかる、そう言った経験が多かったからだ。まぁ、最近は外に出てなかったからっていうのもあるけど。


「大丈夫。その本に書いてる通りに来たんだから・・・。」


 アスナロにそういわれても・・・と内心思いながら俺は「だよな。」と不安げに言った。

 お互い全く土地勘がないわけで加えて俺は地図があっても道を間違えるわけで。アスナロに至ってはずっとご飯のことでも考えているのか上の空だった。つまりここの地理を全く知らない俺たち二人にとってお目当てにたどり着くということはそう簡単なものではなかったのだ。

 だが、今回に至っては意外とすんなりと言って逆に不安になっているのが心境だ。


「じゃ、じゃああけるぞ・・・。」


 ご飯を食べに来た、ただそれだけなのになんで俺の心臓はこうも早く動いてるんだよ。緊張で心の中がいっぱいだなんてアスナロに死んでも言えねぇ。


「・・・早く開けて。」


 会うアスナロから催促の声が入り緊張は一気に抜けていった。なぜなら、その時のアスナロの声がとても冷たく感じたからだ。食に関すると目がないんだな、本当にこの子は。

 扉を開けるとすぐ目に映ったのは木のテーブルと木の椅子だった。さすがは中世風の文明。木で何でもかんでもできてるな。その片隅にはカウンター席も配備。とても良心てきだなと思った。

 おしゃれな雰囲気とは違い誰もが入れる一般的な料理店って感じだ。今のところ店主は見当たらないけど、おそらく店主の方も良心的なんだろうな。

 お客さんも他に二グループほどいた。意外にも店の中は大きくてほかの客は当目でしか見えなく、はっきりとは分からなかった。

 ただ不思議に思ったのは全員一言も喋らないでうつむいているということ。おそらくここの料理がうますぎて黙々と食べてるんだろう。それなら期待がわくな。


「いい感じの店じゃないか。アスナロ!カウンターの方に座ろうぜ。俺、こういう店に来たこと一回もなくてよ。」


 抱いていた緊張はどこへ行ったやら、まるで子供のように俺ははしゃぎ始めた。俺にとってレストランという類は苦手だった。人としゃべらないといけないっていうので。だが、今はアスナロもいるし、ここの料理は本を見る限りおいしそうだし。


「・・・はしゃぎすぎ。わかったから、ちょっと待って。」


 一足先に椅子に腰かけようと身を前に倒す。すぐ目の前にはたくさんの酒瓶が棚に並べられていて、その右端には野菜やら肉やら木のまな板に乗っていた。

 今からご飯だ、アスナロの言っていたやつを食べよう。そう考えながら無意識にカウンターの中が目に映った。―――そんなときだ。


「ん?」


 不意に視界の端に映る違和感に俺は椅子に座る動作を止める。いつもに比べて見えにくいな、もしかして目が悪くなったのか?というような違和感ではない。むしろはっきりと見えた。―――赤い何かが。


「なんだ?」


 自然と言葉が口から洩れる。カウンターの中というのは未知的な場所が多い。一度はのぞいてみたいところであり、たいていは店主に怒られる。だが、違和感に身を躍らされ、俺は『気になる』ただそれだけの気持ちでカウンターの中をのぞいた。

 そこに違和感の原因があった。


「・・・・えっ?」


 思わず間抜けな声が出て俺は違和感の正体を確認した。

 店内を照らすランプのおかげでしっかりと目に映った。まず最初に見えたのは血で真っ赤に染まった『腹』だ。清々しいまでに一突き。服に血液がにじみ、だらしなく開いた口からは血反吐が白い歯を覆っていた。腹に刺さる短剣が恐怖の塊で、途切れかける理性を必死で繋ぎ合わせようとしながらそこにある『死体』の全体を目にした。



 ―――腹に突き刺さった短剣が目立つ、筋肉質な男性が。



「は」


 その死体に気付いた瞬間俺は気の抜けた声とともに尻から地面へと落ちていった。そのままカウンターに置いてあった椅子をのけ払いながら一心にその死体から離れる。

 うまく言葉にできない。歯ぎしりがやまない。全身を悪寒が襲っている。腰が抜けて体を起こそうにも起こせない。

 限りなく前進にめぐらされるのは『恐怖』というよりかは『白紙』、頭の中が真っ白になって今まで綴っていた感情が一気に消えていった。思考のすべてを奪い去り、真っ白な紙という心を作り出した。


「ミゾラ・・・⁉」


 俺の異変に気付いたアスナロは声を上げすぐさま俺のところに向かう。そのまま「どうしたの?」という言葉に対して俺は身震いが止まらない中で、カウンターの方を指さした。

 アスナロは俺が指さす方向へと向かった。そこはカウンターの中、同じように彼女も男の死体を目にした。

 一瞬動揺したかのように肩を小さく震わせた姿が見えたものの、俺のように腰が抜けるなんてことはなくいたって冷静そうに見えた。それが後姿の見え方であって、振り返った彼女の表情は何かにとらわれたかのように冷たく鋭かった。

 そして、アスナロの口が開く。


「―――ミゾラ!早くここから逃げて!」


『えっ』という言葉が空気のように吐き出され、彼女の言葉の意味が理解できないまますぐ上にあったランプが勢いよく割れはじける。そして、視界は一気に闇の中へと包まれた。

 アスナロの今までにない声を張り上げた言葉。今の現状が俺にとって最悪なものというのは明白なことだ。『逃げる』『とどまる』といった選択肢が何回も頭の中を交錯しながら真っ暗な世界の中、彼女を必死で探した。

 うまく頭が回らないのは事実。うまく今の現状を理解できていないのも事実。ただ、彼女を、アスナロを置いて逃げるというのだけは脳裏の片隅にもなかった。


「アスナロ!」


 声を荒らげて言う。彼女はすぐそばにいたはず、なのに彼女がすぐそばにいる感覚がない。代わりにあるのはアスナロのものではない違う何か、好奇な視線だった。


「―――あーあ。見つけてしまったのか。だったらしょうがないよね。殺されたってしょうがないよね。」


 男、の声だった。それも高い声。

 どことなく楽しげに聞こえるその声はひどく何かを連想させた。


「ぐあっ⁉」


 動く暇さえなかった。

 声がした方に顔を向けようとした瞬間、俺の体は不意の衝撃に吹き飛ばされた。それも首が捻じ曲がるかのような強烈な一撃が側頭部に直撃。

 おそらくカウンター席であろうか。その壁に叩き付けられ右肩も負傷。要するにとてつもない力で殴り飛ばされた。嫌な打撲音と衝撃音が店内に響き、肺にあまり空気が入っていない時を狙われたからかとっさの声も出なかった。

 だが、俺の意識はそんなことに向いていない。俺の意識を支配したのは


「・・・アス・・ナ、ロ?」


 一人の少女を取り囲う『赤』だった。

 視界を奪う。それは戦いの中で最も有効かつ最善な手だと思う。どんなに剣が立つ男だって目が見えなければそれはただのお荷物に過ぎない。俺は目が見えなくても相手がどこにいるか察知できる、とかいう奴は置いといての話だ。

 基本、人間何も見えなければどうにもならないんだ。


 暗闇になれるには多少の時間がかかる。俺は若干暗闇になれた目で遠く向こうにうつぶせでうなだれる―――少女を見た。

 真っ赤な血が遠目でも見える。体が徐々に血の海に沈んでいく姿が見える。白くて繊細な髪が、赤で塗りつぶされていく。


「おい・・・こんなの、ないだろ・・・。」


 ようやく出てきた言葉をさえぎるかのように吐血。そのまま咳き込んで強烈な側頭部の痛みと肩の痛みにあえなく言葉を失う。

 一心に感じるのは痛みだ。

 首が、側頭部が、肩が、心が、全部が痛い。

 それでも俺は残る力を振り絞り、彼女のもとへと向かった。何かがここにいる。そんなことはどうだっていい。アスナロのことを考えるとこの際どうだっていい。今は、この現状なんてどうでもいいんだ。


「・・・アスナロ、だよな。」


 彼女のそばまで来て思わず言葉を失った。

 アスナロは瞼を閉じ、唇が重なる隙間から少しの血をたらしながら、仰向けで寝ていた。首には刃物で切られたんであろう切り傷、それに加えて胸部には一本の短剣が刺さっていた。

 目に映ったのはどうしようもなく信じたくないもので、自分の力のなさに思わず絶叫してしまうほどだった。


「どうしてだよぉぉぉぉ‼」


 アスナロを抱え込みそのまま意味もなくただただ絶叫し続けた。まだ暖かい彼女のぬくもりに俺の頭の中で彼女と過ごした一日が思い浮かぶ。いいところなんて一つも見せれていない。ましてやかなり足手まといだったかもしれない。まだ、なんのかりも返せていない。

 色々な感情が混じり合ってのそれをごまかすかのように大声で叫び続けた。


 ―――後ろからのあふれんばかりの殺気に気付きながらも。


 でも、それでも、最後に愚痴ぐらい聞いていくれないだろうか。届かなくてもいい。聞こえなくてもいい。なんだっていい。無慈悲な現状に抗いたい。

 だから―――、


「はぁ、ほんと―――」


 ―――この世界はクソゲーだわ。


 その瞬間、俺の視界はまた黒色に染め上がった。




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