第一章 3.『鉄の煙』
なんでこんなことが起きているんだろう。うずくまる俺に一筋の光を照らしてくれたのは一人の少女だった。
おろしていた腰を上げて、無様に殴られ蹴られる俺の姿を見て何を思ったのか、彼女は小さな声を上げた。
初めて顔を目にした。一言でいうなら『可愛い』の一点張りだった。
腰まで届く長い白色の髪に、澄み渡る瞳がこちらを見据えている。一見クールな見た目はまるで錆び付いた鉄のようで、それでもどこか可愛らしい面差しと美しさが混合していた。
身長は百六十センチもないほど小柄で華奢な体つき。黒や灰色などをベースとした服装と羽織ものは華美な装飾はなく逆に言えば少し貧相な感じも匂った。ゆういつ目立ったのは彼女の首にかかる一つのペンダントだった。それは金色の光沢に高価さを感じさせる。だが、そんなものさえただの添えものに過ぎなかった。
発揮し言って反則級。ナンパされる理由も明白だな、これは。
「それ以上は・・・さすがに、やりすぎ。」
再び彼女の声が聞こえたかと思うと俺の震えるような感動に襲われた。こんなにボコボコにされて、挙句の果てには助けようとした女の子に助けられる。これほど惨めなことはないけど、先刻思った気持に比べればまだマシだった。
ただただ、彼女の存在に感謝した。
「なんだ?俺たちと遊びに行く気になったっていうのかよ、うん?」
獣人が彼女の小さな声、でも甘く、鼓膜を心地よく流れていくそんな声。を聞いて調子よくそう言った。俺のことなんかもうどうでもいいかのように彼らは少女を見つめている。
そもそもな話、この獣人たちは少女をナンパしていたわけだ。それを俺が邪魔しに来た事。彼らにとって俺なんてどうでもいい存在で、目的は少女とどこか遊びに行くことなのだ。だから、少女からの一言に期待を実らせた。
「いや、遊びに行く気にはならない。・・・でも、人が傷ついているところを見て放っておけるわけにもないから。」
「なんだお前。この無様にうずくまるこいつに同情でもしたのかよ。」
「・・・同情はしてない。でも、助けてほしいって、言ってるような眼をしてるから。」
小さな声のくせに、重い何かを感じた。
少女の言葉は俺にすらよく理解ができなかった。少女は純粋に助けたいというわけでもなく、ただ、『俺の眼が助けてほしいって言っているようだから』何て言う曖昧な理由。これはいわゆる、分かりにくいツンデレなのか?そうなのか?
痛みを自分をちゃかしながらこらえた。幸い獣人たちは彼女に集中していて追撃攻撃はない。ひと時の安心に浸った。
「なんだよそれ。 意味わかんねぇことばっか言いやがって、まぁいい。こちら側から条件を出してやろう。お前がこいつを助けたいなら、この条件を受け入れることが最善策と言えるが?」
獣人から出された条件、それは、俺を助けたければ一緒に来い。というものだった。
っていうか俺めちゃくちゃ足引っ張てるじゃん!めちゃくちゃこの子の邪魔してるじゃん!
助けようとして助けられる。何てかっこ悪いんだろうほんと。そもそも俺は、この世界では最強設定なんじゃねぇのかよ、めちゃくちゃ最初調子よくて変にばったばった倒せると思ったらまさかのタダノまぐれな感じのやつってか?
変に期待させやがって、それがわかってたら別に助けに行く理由にもならなかったのに。
まぁ、一つ気になることがあるとすれば・・・あの女の子、めちゃくちゃ翌檜に似てない?ってことだな。
翌檜、その名前は俺がこよなく愛するギャルゲのヒロインだ。この世界に来た経緯を話すと、翌檜という少女を攻略しようとしていた時に異世界へと召喚されたのだ。
ただギャルゲをやってたら異世界に来ちゃったんだ。その功略しようとしていた翌檜が、なんでなんかは知らんが、この女の子にめちゃくちゃ似ているんだけど。
髪の色から瞳の輝き、身から漂う雰囲気、声の小ささ、ここまで当てはまるってどういうことなのよ。
「条件は・・・のめない。さっきも言ったけど、私は、あなたたちと遊ぶつもりは・・・ない。」
「そうか、交渉決裂だな。だったら、力ずくでもお前をその気にさせないとな。」
そう言って、ニタニタと笑い始める。視線は自然と、俺の方に向かっていた。
あ、これは、俺を使ってあの子をその気にさせる気だ。少しばかりまずいかもしれない。
「いまから、この男を嬲り殺す。」
獣人が懐に手を伸ばしたかと思うと、長さ数センチほどの銃が露わになった。
少し錆付いていて、手入れなどはされていないようだ。
「はぁ⁉銃とかそんな物騒なもんはやめてくれよ!」
初めて見た生の銃口。それが今、俺に向けられた。真黒な空洞から銃弾が飛び出してくるのかと思うと怖くてたまらなかった。
「今からこいつの体をこれで撃ち抜く。そうだな、まずは足から、その次は腕、肩、こいつが痛みで絶叫する醜い姿を見てまでも俺たちと一緒に遊びにいかない、なんていう選択肢を選べるわけがないだろう?」
おいおいおい、それはちょっとヤバいだろ。ていうかナンパに人の命をかけるとか、何ていう考え方してんだこいつは。ナンパのためならどんな手段も惜しみませんってか?
「いや待て待て。それはちょっと意味が分かんないって。」
俺が焦り混じりに抗議の声を上げる。目の前には銃口があるんだ。安心してられるわけもない。
「意味がわかんないだって?・・・こういう意味だ。」
「・・・なっ⁉」
痛みと銃声がほぼ同時に体を襲った。一瞬の出来事にとっさの声も上げられない。まず初めに目に映ったのは、煙を吹かす銃口だった。
「あ、足が・・・足が・・・。」
足から感じる熱湯のように熱い赤色の液体。それは無慈悲に地面へと流れ始めた。その光景を見て、うまく思考がまとまらなくなって、気が付くと猛烈な痛みにうなだれていた。
「ぐわああああああぁぁぁぁぁぁ!」
あ、足に撃たれた、獣人の握る銃で。痛い、痛すぎる、痛すぎる。
今までに感じたことのない猛烈な痛みが足一点を襲った。今まで受けた傷も、全てがこの足の痛みの糧になっているかのような、全てを足しても足りないほどの痛みだった。
俺の絶叫がこの路地裏に響いた。そんな声なんてないように平然な顔をして獣人が言った。
「さあ、時間はないぜ。選ぶなら選びな。自分のことを優先するか、うなだれるこいつのことを優先するか。」
「・・・・・・。」
少女は何も言わなかった。
それを獣人は事実上の拒否とみなしたのか、恐怖の銃口を俺へと照準を合わせた。次来るならおそらく腕。痛みと恐怖でおかしくなりそうだった。
「また痛い思いをするが、恨むならあいつを恨め。」
そう言い残して、引き金がゆっくりと引かれるのが目に見えた。来る、また来る、痛みが、来る。そんなことしか考えられなくなって、仕舞には力強く目をつむった
『ドンッ!』
大きな銃声が、耳の中へと鼓膜を震わせて舞い込んだ。
だが、先ほどのような痛みが感じられない。銃声が聞こえたというのに、何も感じない。これはどういうことなんだ?
疑問のあまり俺は恐る恐る目を開けた
「・・・・・・⁉」
「っく、この・・・・クソあま・・・が・・・。」
目の前には力なく倒れこむ、獣人がいた。俺が殴っても全く歯が立たなかったあの獣人が、口から血を流して膝から崩れ落ちていった光景がそこにはあった。
「・・・な、なにが起きてるんだ・・・?」
残りの二匹も驚きのあまり声が出ない様子だ。いったい何が起きたというのだろうか。それを理解するにはさほど時間を必要としなかった。なぜなら、
「・・・・・まじ、かよ。」
手には一丁の銃。それも小型のハンドガンだ。そんな銃を右手に持ち、無言で獣人たちをにらみつける少女の姿が見えた。
銃からは灰色の煙が上がり、銃口の向きは間違いなく地面に倒れこむ獣人へと向けられていた。
間違いない、彼女が撃った。この獣人を、口から血の泡を吹いたこの獣人を。
「・・・・・・。」
無言に少女は銃を下す。
獣人たちは驚愕のあまり、ついつい後ずさりしてしまう始末だ。まさか、ナンパしていた女の子が実は銃を持っていて、いつでも殺せる準備万端っていうのは想像もつかなかっただろうからな。
もちろん俺も想像が付かなかったんだけどね。何て言うのかな、ちょっとばかり獣人たちに同情してしまいそうなほど驚いてる。
足の出血が少しばかり収まってきて、同時に痛みも少し和らいできてはいるものの、痛いのには変わらない。つまり、この場からは動けないんだけど、この後の展開が全く読めないぞ。
少女は銃を下した。つまり、あとの二匹には何ら殺意はないっていうことで間違いないんだろう。あくまで推測だけどな。
「って、てめえ!何てことしてくれるんだ。これはれっきとした犯罪だぞ!」
一匹の獣人が若干汗ばむ手を握りながら言った。自分がやってきたことなんてそっちのけで、ひきつる顔を見せながら。
「・・・・正当防衛。」
少女は言い切った。
全くの正論だったが故に、獣人の方は『くっ』とついつい息を漏らす。
そもそも先に銃なんて物騒なもんを使い始めたのはここに寝転ぶ獣人なんだから、言い返す言葉もないだろう。現に俺は足をぶち抜かれて負傷した。これが動かぬ証拠となるのは必然的なことだ。
っていうか、女の子の方も何で銃を持ってるのか、とても気になりますけれども。
なに?この世界では女の子でも老人でも関係なく必ず一丁は銃を持ってますよ、的なやつなの?なんて物騒な世の中なんだ、と俺は痛む足を抑えながら思った。
俺なんてボッコボコにされた挙句には足を撃ち抜かれてる身だからな。ほんとにこの世界にきてまだ全然時間がたってないのにここまで傷ついてるのはあまりにも異世界さん。冒険者に厳しすぎませんかね?
「俺から言わせてもらうけど、もうお前ら逃げ道なんてないんじゃねぇの?現にこの場にはおそらくお前らよりも強い少女が一人。俺はもうとっくに戦力外通告受けちゃってるからあんまり気にせんでいいかと思うけど。」
獣人が歯を食いしばって額から流れる汗に一瞬目をやった。明らかにまずい状況、それは彼らにもわかっているようだ。
かわいい顔してるくせに右手には一丁の銃。不意打ちだったのもあるけど、大柄で筋肉質な獣人を一撃で戦闘不能状態に陥らせることのできる的確な攻撃。
毎日ゲームばっかしていた俺でもわかった。
この女は半端なく強い
「わ、わかった。この件は俺ら側に非がある。このような状況になった以上、素直に手を引くことに・・・する。」
「・・・・わかった。」
少女は獣人からの敗北を表す言葉を聞いたやいなや、手に持っていた銃を懐の中へとしまった。
「ふう。なんとかなった、のかな?」
ここだけの光景を切り取ると、なんともまあ呆気ないことだったんだろうと思う。獣人はでかいし強い。そんな彼らから白旗を上げさせるとは何て言う奴なんだよあの子。
さいしょっからこんなことが出来るんなら、はなからナンパされるなよ!と、後悔に身を浸らせた。何ていうか、無駄骨っていうやつなのかな、これ。
「お前ら、覚えとけよ。」
険しい顔に歯を食いしばったことで露わになったするどい牙をきらりと光らせて、獣人は昏倒する仲間を担ぐと路地裏の外へと出ていった。なんとも『次ぎ会ったら殺してやる』とでも言っているかのような言葉を吐き捨てて。
それきり、この路地裏に残るのは足に傷を負う俺と、少女だけになっていた。
「・・・・大丈夫?」
体の痛みを忘れて体を起こし、とにかく礼の言葉を。そんなことを考えていた俺に対し、少女は心配してくれているのかそんな声を上げた。聞き取るには難しいほどに小さな声で。
彼女の瞳は先刻のように鋭いものではない。だが、その銀色の瞳には生をなしていないかのように『死んだ目』、それを思い浮かべてしまうほど暗かった。
だが、その瞳はやっぱり美しいという言葉が似合った。美少女慣れしていない、ましてや大好きなギャルゲのヒロインにとてもよく似た容姿をしているのだから、思わず顔を赤らめて目をそらしてしまう。
そんな俺の行動を不審に思ったのか少女は無表情のまま言った。
「・・・・何で目をそらすの?」
「き、君が見つめてくるからだよ。」
思ったように言葉も浮かばない。目の前に美少女がいるっていうのはこんな感覚なのか。なんともまあ新鮮な感じというよりかは緊張の方が濃いな。
「ぶふぇっつ⁉」
足の痛みのせいで立ち上がれない俺は、かがみこんでこちらを見てくる少女の胸元を見て息が吹きあふれた。
まさかの服が垂れちゃって女の子の谷間が見えちゃう展開来ちゃったようぅぅぅぅ!
そう心の中でガッツポーズを決めながら多少の罪悪感に苛まれる。これは見ていいやつなのか見てはいけないやつなのか。そんなやましい気持ちが頭の中で何回も転がった。
「・・・・・どうしたの?」
息を吹いた俺を見て疑問に思ったのか、彼女は首をかしげて言う。かしげることによってさっきとはまた違う彼女の顔が見えたかと思うと、俺の理性は爆発しそうなほど膨れ上がった。
足の痛みなんてもうとっくに忘れちゃって、今は自分の天使と悪魔と葛藤中だ。
こんなシュツエーションがあっていいのだろうか。いや、これは多少なりとも体を張った自分へのご褒美としてとらえてもいいんじゃないのかな?
まぁ、相手は一様自分を助けてくれた恩人に当たるわけなんだけど。
「い、いやあ?・・・・何も?」
「・・・・なら、別にいいんだけど。」
自分の欲望と葛藤する俺の理性を復活させるにはどうすればいいのか。そんなことさえ考え始めたとき、俺は彼女の一言に理性を元に戻すこととなった。
「・・・た、助けてくれて・・・ありがとう。」
「・・・・え。」
唐突の感謝の言葉に何を言えばいいのかわからなくなった。俺は助けに行って、無様に殴られて、助けようとした彼女に助けられたというのに、それなのに彼女は俺にお礼を言ってくれている。なんていい子なんだろうか。
一言余計だけどな
「かっこ悪かったけど。」
「そういうの言われるとめちゃくちゃ胸が痛い!まるで心臓を撃ち抜かれたかのような感覚ぅぅ!」
正論。それ以外の何ものでもなかった。
あぁ、何であんなに大口叩いて乗り込んでいったんだろう。後悔の方が満足感より百万倍も大きい。そもそも満足感なんてあるのかな?いや、ほぼゼロに近いけど少しはあるような気がするぞ。
自分が人を助けようと頑張ったことには変わりないもんな。
「・・・・それで、その傷のことなんだけど・・・・痛い?」
「そりゃあ痛くないわけがないだろ。銃で撃たれるのってこんなに痛いんだなっていう嫌な収穫付きで。」
血は止まっている。だけどそれは一時的なものだ。少しでも衝撃が加えられれば、ぱっくりとまた開いちゃう感じ。血もごっそり持っていかれちゃってるから少し貧血気味だし。
「その傷は、私のせいできちゃったやつだから・・・何とかする。」
「なんとかする、ってどうするつもりだ?」
俺の質問を聞いたやいなや、彼女は懐から一枚の布きれを取り出した。ハンカチっていうのかそこら辺の類のもの。それを無言のまま俺の足へと巻き付けた。割ときつめに巻かれたもんで、少し息が反射的に漏れた。
「・・・これで止血はできてると思うけど、このままじゃまた傷が開いちゃうかもしれないから・・・すぐに医者の方にかかった方がいい。」
「お、おう・・・。」
魔法とかなんかでちょちょいと直したりしてくれないのかな?そういえばこの世界にきてまだ魔法ってやつを見てないし、まさかここは魔法ってものが存在しないとかないよな?さっきみたいに銃が主流なのかな?
「それと・・・立てる?」
彼女がそう言って手を差し伸べてくる。白くて繊細な手だ。触ったこともない女の子の手、そんなものを俺なんかが握ってしまっていいのか。そんな疑問さえ抱いた。だけど、彼女のことを見ていると、自然と手は伸びていった。
「あ、・・・ありがとう。」
若干戸惑いながら、彼女の手を握って立ち上がった。小さくて暖かい感触が俺の手を覆う。初めての感触に頭の中は綺麗に片付いていった。
そんなこととは裏腹に、気持ちだけじゃどうにもならない部分があったらしい。
足の痛みを忘れていた。プラスで殴られたことによる体全体の痛みと、ごっそり持っていかれた血のせいで
「ごめん、やっぱ・・・・む・・り・・・。」
頭が重くてふらつき、彼女の手から力なく感触を失っていく。結果、さっきまで寝ていた地面へと逆戻りだ。二度寝のような感覚で、体を地へと捧げた。
受け身ゼロ。顔面から落ちて鋭い痛みに意識を持っていかれる。
「・・・・あっ。」
遠のいていく意識の中、彼女からの『やってしまった』とでも言っているかのように小さな声が漏れたのが、わずかに聞こえた。
何ていうのか、目の前はぼんやりするんだけど彼女の可愛さははっきりと目に映るんだな。さすがは異世界ファンタジー、ヒロインの可愛い設定は当たり前ですってか。
「・・・・しっかりして。」
心配してくれているのかそれっぽい声が聞こえる。可愛い女の子が俺を心配してくれている?いや、そんなことが現実であり得るわけもないか。これは都合のいい空耳ってやつだな。
そんな消極的な結論を出しながら、俺の意識は段々、段々、遠くへと向かう。
「・・・・・ど、どうしたらいいのかな・・・。」
おろおろと辺りを見回す彼女の姿が、ぷつりと意識が途切れる前に見えた。
そんな抜けてるところも可愛いとか、異世界さんぬかりがないなぁ。
そんな感想を最後に俺の意識は闇の中へと消えていった。