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AWAYOKUBAーギャルゲは異世界で  作者: 成瀬葵
第一章  激動
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第一章  2.『現実世界か異世界か』

 ・・・よし、状況を理解しよう 


 

目の前の光景を見ると全くもってさっきまでいた空間の面影はない。

 代わりにあるのは太陽に照らされた活気にあふれる見知らぬ場所

俺の目にはどう見ても近所の街並みではないこの場所が見えていた


「え、なにこの展開」


 目の前を毛むくじゃらの男が横切っていく。服を着ていて、身長なんて人間のサイズではない。見上げないと視線を合わせられないぐらいに大きい。

 あ、いわゆる獣人、てやつなのかな

 あの異世界冒険もので出てくる感じのキャラクター。

 いやいやいや、そんなのが俺の前にいるわけがないだろ。

 

 さらに、俺の目の前を今度はカラフルな髪色をした人間たちが楽しそうに会話を弾ませながら俺を横目に通り過ぎていく。

 赤や青、黄色や、紫や、橙や、見事に虹ができるほどだ。


 まあ、赤と黄色とかは見たことがあるよ。金髪にしている人とかも多いし、赤色の髪色も近所のおばちゃんがそうだったし。

 でもさすがに、その他の色をした人なんて見たことねぇぞ

 なに、その紫って。近所にそんな人がいたら『え、何かの罰ゲームなのか?』

って思っちゃうよ。色々と感違いを生む髪色だよ、ほんとに。他の色ももちろんそれに値する。


 そんな彼らは、俺のことを『珍奇』なものでも見ているかのように視線を送っている。なんとも不可解な色が濃い

 まあ、当然と言えば当然の話。

 なんせ、俺の周りには誰一人『黒髪』も『パーカー姿』のものはいないのだから。

 髪色に関してはさっき目にした通りだ。

 そして、格好と言えば鎧やら踊子風の衣装やら赤一色のローブやらその他もろもろ、はっきり言って俺が『場違い』なもんだ


 無遠慮な視線を浴びながら俺は一つの言葉が頭に浮かんできていた。

 もう納得するしかないだろ


「えーとつまり、獣人がいて、髪色も服装もみんな違うくて、街並みは俺の知る近所とは全く違うくて・・・」



あっここ異世界だわ



そう思ってしまうにはさほど時間を必要としなかった。

そして、息をぐっと吸い込んで、灰の中の空気をごっそり持って行って、大声で叫んだ


「異世界来ちゃったよ俺えええぇぇぇ!」


 辺りにいた獣人や町の人の視線はより痛々しいものになったが、こうやって叫ばないと混乱で頭がどうにかなりそうだった


 いや、こんなアニメとかゲームとかでよく見る世界に来ちゃったら誰でもパニクるからね。

 いつもと全く違う世界にいるんだから

 これは、異世界召喚もの、っていうものなのだろうか。それだったらどこその誰かが『あっ、やっちゃった』みたいな軽いノリで魔法とかミスっちゃっだよねこれ!

 だって俺を召喚するとか絶対、配役間違えてるよ。

 

 動揺が隠せないのは認めよう。

 俺もアニメみたいに可愛いヒロインに出会えることを刹那に願うことにしよう。

 ハーレム生活とか、あわよくば・・・



       ※



 さて、自分の勝手な妄想は隅っこの方に置いといてだな、これからどうするべきか。これは最重要観点だな 

 先ほどまでの好奇の視線を浴びていた通りから身を移し、誰も通らなさそうな人気のない路地裏に腰を下してる

 地面を見ると塗装もしっかりとできている。現代日本と比べれば仕事は雑だがなかなか悪いものでもない


「あの光景を見る限り、ここの文明はお決まりの中世風ってとこかな?見たとこ機械はないし、建物もレンガや木材でできてるし」


 異世界ファンタジー、俺が言うには異世界冒険ものの類ってやつだ。

 先刻まで目にしていた光景をもう一度、頭の中へと映し出す。

脳内ファンタジー、そんな妄想なんかで出来上がる風景ではなかった。もっと味があって、映像で見るよりも現地に行ってみたものの方が美しい、そんな感覚を覚えた。


 だからこれは、マジのやつなんだ。

 マジで俺は異世界へと召喚されてしまったらしい。


「まず冷静に、この時代のことをしっかりと知っておく必要があるな。」


 ここで異世界物のギャルゲが役に立つ。

 転生した主人公になりきってハーレム生活をする、っていうギャルゲの内容のおかげで異世界の文明状況には何となくだけど把握できた。


 現代日本の文化とこの世界を比べるとしたら、衣食住の差。物理的なものの見方の違い。そして何より大事なのが、この世界に生息している『獣人』とコミュニケーションをとるのが可能かどうかだ。

 獣人って何かとでかいし、強そうだからこの世界ではそれなりの地位にいるだろう、という勝手な推測が出来上がった。


「よし、いいぞ俺。伊達にギャルゲしてねぇぜ。この世界の文明レベルの確認はこんなもんにしておいて、お金は十円玉だけしか使えないけど腹は数日満たせるな。ついでに店主とも話せたし言語の方も問題なし、と。」


 召喚されたと気づいて真っ先にお腹が大きく鳴った。こんな時でも俺の腹は余裕たっぷりだとでも言っているかのように。

 腹が減っては戦はできぬ。まさにこのことだと感じた俺は、真っ先に食べ物を買いに行くことにした

 そこで『カエル?』みたいな肉を一匹買おうとして日本円を見せると十円玉しか取り扱ってくれなかった。ここでの通貨は金貨、銀貨、銅貨、といった種類で、十円玉を銅貨として店主は見てくれた。


 何ていうのか、ここでは硬貨に値する金属を見せればお金がなくても問題なく買い物が楽しめるらしい。

 まあ、異世界ファンタジーものとすれば、少し特殊かもしれないな。


「なんか適当だな、ここのお金の感覚。」


 そう呟くと横目に、また頭部に角の生えた馬の馬車が通り過ぎていく。砂埃が盛大に待ってるくせに周りの人間は日常茶飯事な光景なのか、全く見向きもしない。


「大気を汚す車に比べれば、こんくらいの砂埃はまだましか。そういや鳥とか外に出りゃあ見かけるような身近な動物を見かけないなぁ。」


『ユニコーン』的な扱いになるのかな、あれ。羽毛は白一色じゃないけどあの角見ればそう感じるよね。もともと空想の中の動物なだけに違和感がすんごいな。


「ていうか、獣人って何かと怖そうだよな。見た感じ猫耳、犬耳のか弱そうなのもいたけど。」


 結論的に言って『亜人』っていう類に入るもんなんだろうけど『リザードマン』とか、変わり主は見た感じはいなかった気がするからここでは『獣人』とくくっておいた方が妥当だろう

と、言うことで、ここで一つ考えることのできる世界観が浮上するわけだ。あんまり考えたくない内容なんだけど


「えーと、つまり。ジャンルは異世界ファンタジーもんで、文明はお決まりの中世風で、獣人が存在するってことは冒険ものが入ってる。動物はまあ、多少の違いはあるけど役割に関しては同じってとこか・・・」


 異世界きて冒険ものとかマジで嫌なんだけど。異世界と言ったらハーレムを作るのが当たり前だろ!

 せめて何か能力とかあるんだったまた話は別だけど、格好もまんまで放り出された俺にそんなものがある気がしないな。


「まあ、異世界にまで来たんだから、まあ、それなりの能力とか、ひょっとしたら、あるんじゃね?」


 さっきまでの言葉と矛盾してるけど内心は期待に胸を膨らませてるんだよ。現世界で拙い存在だった俺がここで『俺TUEE』展開とかあるんじゃね?って思うんだよね。

 それだったら夢のハーレム生活も自動的に達成できそうだ。


 まあ、こんな世界にはどうせ『魔法』なんて言うぱちもんがあるんだろうけどな。

 仮に、それがあったとすれば現代世界の戦術なんて何の使いもんにならない。異世界ファンタジーのお約束要素と言っても過言ではないだろう。


「まあ、魔法がすべてじゃないだろうけど。それも異世界ファンタジーのお約束要素だし。さしあたっての問題は・・・」


 俺を召喚した意味ってなんだ?

 まさか本当にどこその誰かが『あっ、やっちゃった』みたいな軽いノリで魔法とかミスっちゃったやつ?

 それだったらもう激おこだぜ?俺

 考えながら改めて俺は所有物の確認をした。


 まず携帯(画面はバッキバキに割れてるけど充電はたんまりある)

 なぜかなぜかのポケットからバンドエイド数枚(使い道なし!)

 さっき買ったカエルっぽい肉(おまけでもらったみかん?もある)

 所持金四百五十円をいれる財布(小銭とポイントカードだらけ)

 愛着している黒のよこしま模様のパーカー(未洗濯)

 使い古したスニーカー(三年もの)

 

 以上。言うなら


  初期装備がくそすぎる


 いやいやいや、これは異世界さん冒険者に厳しすぎませんかね。

 何の武器もなしにこれから頑張ってきてね、って言ってるようなもんじゃん。


「これでどうしろっていうんだよ。」


 弱音と泣き言がこぼれて早くも心が折れそうだ。

 親不孝者、っていうのに分類されるんだろうな、俺って。学校にも行かなくなって、毎日ゲームばっかして、ご飯だけ食って、その付けが今ここに現れているようだ。

 俺に天賦の知識や運動能力があれば、ここまでひねくれなかったのかな。ふがいない限りだ。


 そういうことでもちろん引きこもっていた俺にコミュ力なんてあるわけでもなく、最近話したのはゲーセンの店員ぐらいだ。


「とにかく、当面は生きる一択の選択肢だ。・・・こんな俺でやっていけるのか」


 これがゲームならばやめたいときにササッとセーブして終わることができるのにな。

 不安な今後に足をせわせわと動かす俺。


 「とりあえず、何かいいもんがないか探しに行くことにするか。」


 そう言って、路地裏を後にした。



      ※



  これはまずいことになった。


 路地裏から出て数分。大通りに出るとそこにはやっぱりたくさんの人間と、獣人がいた。

 最初見た時よりはやっぱり慣れてるけど、獣人に関しては画面越しでしか見たことがなかったから現実にこうしているとなると、貫禄がすごい。にじみ出るオーラっていうのかね?そこんところから俺と力の差がありすぎるっていうことがわかる。


 あの太ももと何ら変わらない腕の大きさは尋常じゃない。ついつい二度見してしまうレベルだ。

 んで、だ。何で急に獣人の話をしたのかというのかだな、


「おう、ちゃん姉。俺たちと一緒にどっか遊びに行こうぜ。」

「いい雰囲気の店、俺たち知ってるんだぜ?」


とてつもない状況と選択肢を強いられているからだ。


 俺はふつーに、この世界を散策してたんだよ。まだまだいろいろと推測だけで片付けてた部分があったし。

 この世界で生きていくために俺なりに色々と考えていた矢先のできごとだったんだよ、これがまた。

道を歩いているとそこにはまた違う路地裏があった。さっきまで自分も路地裏にいたから、自然とその道を除いてしまったんだ。

そこで俺が目にしたものとは・・・!


 路地裏に三人ほどの毛むくじゃらな物体。それがたった一人の少女に群がっていた。取り囲むように、逃げ場を塞ぐかのように。

 高身長なうえにその見覚えのある体毛。色々な種類がいるんだろうと確信させる多様な体つき。


「獣人って、ナンパとかすんの・・・?」


 これはゆゆしき事態だ。女の子が獣人というとてつもなく強そうな人種にナンパされちゃっている。この状況を見る限り、女の子は恐怖と不安で胸がいっぱいだろう。俺がどうにかして助けなくちゃならいシュツエーションじゃねぇか。


 と、女の子がナンパされている光景を路地裏の入り口からこそこそと除きながら思っていた。

 このまま勢いに任せて出ていったって、返り討ちにあってワンチャン殺される可能性もある。ていうか単純に怖い。これがマジの方の本音。


 どちらかというとこのまま見過ごしてこの場から消えてしまいたいぐらいだ。

 周りには人が道を目まぐるしく行きかっているが、以外にも路地裏の存在には気づいていなさそうだ。っていうことは、もちろんこの獣人のナンパ光景も知りません、ていうことだな。


 よし、このまま見過ごしても周りの人からは痛い視線は浴びなくても済みそうだ。この光景は見なかったことにしよう。

 この場から逃げても俺はただ目撃したということだけで、何の罪もないだろう。

 気ままに、またこの世界ついての散策を再開しよう。


 さて、この場から戦力外通告を受けたわけだが、やっぱり何かと罪悪感は残るな。これから異世界ライフを楽しもうというところなのに、心残りになるのはなんか胸がむかむかする。

 っていうか、あの場面は女の子を助けるついでにこの世界での俺の能力を知るいい機会なんじゃないのか?


 そうとなれば話は別だ。俺は異世界召喚されてここに来たんだ。こういう手の主人公って何かとチートスキルとか持ってるやつだろう。例えば、この世界に存在する魔法全てを使いこなすことができるとか、実はこの世界の重力は地球の十分の一で、ものすごい身のこなしができるとか。

 そう思うとなんか自信がわいてきたぞ!拙い俺が、今この世界にきて最強の男になる日が訪れたんだ。この機を逃すわけにはいかない。


「俺は樹美空。この世界で最強になる男・・・のはず!」


 俺は自信満々にナンパ現場へと飛び込んでいった。


「おいおいそこの獣人君たち。こんな真昼間から女の子を囲むなんて何をやっているんだい?」


 緊張のあまりいつものように言葉が出ないのは見逃してくれ。これでも最初は見て見ぬ振りをしようとしていた身なんだから。

 獣人たちの見た目と言えば、おそらくナンパをしてるっていうことから二十代~四十代。老けているとかいうのは、体毛のせいでよくわからないから年代的に言えばこのぐらいの間隔だろう。

 それに加えて、薄汚い身なりと、内面からにじみ出る卑しさがそのままの雰囲気として漂っている。・・・どう見ても善人、ではないな。


 ナンパ、と言っても種類はたくさんある。悪人がやればそれは犯罪につながるし、ただの遊び目的の奴なら絡んできてもよっぽどのことがない限り対処ができる。だけど、

 こいつらは悪人よりもたちが悪そうだ。


「なんだよ兄ちゃん。邪魔すんのか?」

「あぁ。ばりばり邪魔しに来た。」


 絡まれていた少女の顔なんて見るほどの余裕なんてない。目の前の三体の獣人。そいつらに喧嘩売ってると思うと、彼らの方しか見れなくなっていた。


「なんだお前。死にたいのか?」


 はい出ました、殺人予告!

 この言葉が出てきたっていうことはかなり危ない状況なんじゃないのかな。今更だけどやっぱりかっこつけずに逃げてたらよかったって後悔してるよ。

でも、そんな気持ちをかき消してくれたのは一滴の希望だった。


「悪いけど、俺にそんな口の聞き方しちゃっていいのかな?この感じだと俺無双タイムにお前らを招待しちまうことになるぜ?」


 自分でも何言っちゃってるのか、とにかく恥ずかしいことを言ったのはわかってる。

 だが、心なしか体は軽いような気がするし、今なら俺、マジでこの獣人たちを倒せるんじゃね?

 心なしか小さいのとスマートなのと、筋肉質な奴と、

 クリア条件は敵の殲滅と少女の救出。敗亡条件は俺の死、みたいな感じか。

 背中を悪寒が駆け抜けるのを俺は全身に力を入れてかき消す。開き直って自分のこの世界での力をお披露目するとしようか。


「なにぶつぶつ何言ってんだよお前。」

「ちょっと痛い目みねぇと現状の優越がわかんねぇのか?」


 気分が結構盛り上がってきたっていうのに気分を害すようなことしか言ってこないなこいつら。俺がガツンと差を見せてあげるしかないようだ。


「調子こいて言い張ってられるのは今のうちだぜ?悪いが、俺はギャルゲでこういうシュツエーションは何百回と経験積みなんだ。ちょちょいと勝負をつけてやんよ。モブキャラどもめ!」


「何言ってるのかわかんねぇけど、どうやら本当に死にたいようだな。ぶち殺してやる。」


「んなの・・・そのまま返すぜ!」


 言い切って獣人たちが動くよりも先に俺の先制攻撃が入った。

 懐に飛び込んでそのまま渾身の右ストレートが炸裂。まず小さめのやつをノックダウン。カンカン、とゴングが鳴り響いているかのような感覚だった


「って・・・結構殴った方も痛ぇし!」


 ギャルゲの主人公が毎回どんな感じで女の子を守ってきたのかが身に染みて感じられているようだ。毎回勝負に勝っても、かなり体を張ってるんだな。

 そのまま感情に任せてもう一人のスレンダーな獣人にも腹部へと


「食らえ!樹家(いつきけ)奥義(おうぎ)、絶対粉砕ドロップッキック!」


「ぐはっ!」


 弧を描くように獣人の後頭部に直撃。そのまま地面に叩きつけて二匹目を悶絶させる。

 思いのほか好調な戦いぶりに俺の中で『この世界での俺は最強説』はほぼ確信へと変わろうとしていた。俺の無双タイムに手も足も出ないようだな、と小さく鼻で笑った。


「やっぱり俺はこの世界で最強設定のやつか。これは俺の圧勝で勝負がついちゃうなぁ。」


 若干相手を挑発しつつ、最後の獣人に視点を合わせる。見るからに強そうのは一目瞭然だ。鍛えられた肉体が服の上からでも確認することができる。

 だが、俺には助けないといけない人がいるんだ。そもそも俺は獣人にナンパされていた少女を助けに来たんだ。今も彼女のことを緊張のせいでいまいち見れてないけど、助けるに越したことはない。

 しかも俺はどうやら最強設定のようだ。かっこ悪く負けるなんてこともあり得ない。


「さあ、あとはお前だけだぜ?まあ、お前もここに無様に寝転がってる奴らと同じようになるんだろうけどな。」


 かなり強気で、先刻殴った二匹の獣人を指さした。いまだにうずくまってうなだれている姿が目に付く。


「お前、俺を怒らさない方がいいぞ。もちろんだが、俺はそこで寝転がっているような雑魚とは格が違う。調子こいたことを抜かしてやれるのは今のうちだぞ。」


「強がりもいいところだぜ。お前の顔に『うわっ、なにこの強い人。こんなのと俺が戦ったら命がいくらあっても足りないぜ。』ってくっきりと書いてあるぞ。」


 アドレナリンだばだば、かつ今の俺の調子は超絶良い。だから


「お前何て瞬殺してやんよ。」


「ほざけっ!」


 言い切って先刻のように俺の攻撃が先に獣人の頬に炸裂した。伝わる肉の感触と、自分への少しばかりのダメージ。だが、驚くほど感触は良かった。最初に倒した二匹の獣人よりもはるかにだ。

 明らかに勝利を手にしたと感じた。だから、この状況はヤバくね?


「話にならないな。」


 俺のこぶしが頬に炸裂したというのに獣人は平気な様子でそう言った。まるで俺の攻撃なんて、虫が肌にとまった時のように微力だとでも言っているかのような顔をして。


「・・・・・。」


 そんな光景を見て俺の中で少しばかりの空白が生まれる。言葉を出そうにもうまく状況が整理できなかった。

 え、何でそんなに平気な顔してんの?俺無双タイムのはずだよな。この世界最強の俺の攻撃を食らってダメージほぼなしってどういうこと⁉


「あの・・・許してくれたりとかしません?」


「あぁ、許さん。」


 急に恐怖という二文字に体全体を支配された。目の前に筋肉質な獣人に後ろにいつの間にか復活した、倒したはずの獣人。それぞれ鼻血をたらしたり、頭を抑えたりしているけど、それ以外は何ら元気な様子だ。

 嘘、と言ってほしかった。ナンパされていた少女を助けようとしたら、結局このざまだ。何てかっこ悪いんだろ。


「ま、まぁ女の子の方は俺たちがドンパチしてる間にどっか逃げてくれてるはずだから別にかっこ悪い姿を見せずに済む・・・」


 取り囲むようにいる獣人の後ろにナンパされていた少女が、路地裏に腰を下ろして座っていた。

 って、何でまだいんだよ!

 ここは俺が『俺のことなんてどうでもいいから早く逃げろ!』っていう雰囲気ばんばん出してたじゃん!空気を読んでくれ少女よ!


 長い髪の毛のせいでいまだに顔がはっきりしない中、俺は心の中で抗議の声を上げた。

 が、今はそんな少女のことよりも


「楽に逝けると思うなよ?俺の顔面にけりを入れやがって」

 スレンダーな体つきをした獣人が怒り心頭にそう言う。

「虫が止まってたから退治してやっただけだよ?」

 場を和ますかのように言った。額に汗を流しながら。

「てめぇっ、ふざけるのもいい加減にしろよ!」


 そういわれた瞬間目の前に一色の黒が見えた。それは間違いなく獣人の身に着けていた靴の色だった。


「・・・⁉ 」


 のけぞるように側頭部から地面へと叩き付けれた。もろに顔面に食らって倒れる瞬間に鼻からあふれる鮮血がくっきりと目に映った。


「痛っ!」


 必然的にそう口から言葉が漏れた。それとほぼ同時に顔面のあまりの痛さに鼻を抑える。あふれる鮮血に、顔面全体を覆うように襲ってくる痛みに悶絶した。


「あたたたたた!」


 声を出して痛みを抑えようとしたが、そんなことお構いなしでうずくまる俺に獣人たちが蹴りを腹部、肩、狙えるとこ全てに攻撃を加えた。

 おまけに顔面を上から容赦なく踏みつけてくる。痛い鼻面を地面に押し付けられ嘆くように声を荒らげた。


「痛い痛い痛い痛いって!」


 先に攻撃された彼らにとってもちろん手加減なして攻撃してくれるわけもなく、ましてやここは異世界だ。このまま殴り殺されるなんてことも十分にあり得る。

 そんなことが頭をよぎった。いっそのこと逃げるって言う手も全然ありだけど、なんか知らんが少女はのんきに座ってるし、重症間近の俺に逃げ切れるほどの余裕なんてものが残っているわけもない。かといってこのまま死ぬのは俺のプライドが許さない。


「このさい女なんてどうでもいい。すぐに楽にしてやるよ。」


「できれば殺すのだけはやめて欲しいんだけど・・・?」


「それ相応のことをお前は俺達にしたんだ。殺されることを恨むなら自分を恨みな。」


 どうやら、これはマジでやばいかもしれない。この状況、どう考えたってこの獣人達は俺のことを殺すつもりじゃん。まあ、調子乗って減らず口をたたいたけどもさ、それはちょっと不条理すぎるだろ。

 頭の中でこの状況にケチをつけるようにそんな言葉が浮かんだ。痛いし、血はいまだに止まらないし、もうじき俺、マジで死んじゃうんじゃねぇの?


 まともに人生を全うできたのかと問われるともちろんできてるわけもない。親不孝なこともいっぱいしてきた。なら、これは当然の結末なのかもしれない、そう思った。が、それでもこんな終わり方は嫌だ。少女をナンパから救った、初めてといいていいほどの人助けだったんだ。だから、こんな結末は嫌だ。

 痛み、じゃない。死に対しての恐怖でもない。ただ、それ以上にあふれる思いが水になって目からこぼれそうになった。

 ここで何もかもが止まってしまうのが耐えられなかった。


「・・・・・そこまでに、してあげて。」


 その声はこの場の空気も、獣人たちの凍てつく殺気も、俺の荒い呼吸も、全てをかき消すかのように路地裏に響いた。

 おろしていた腰を上げて、少女が俺の真正面に立っていた。もちろん先刻の声の主も彼女だ。初めてその姿を見て、自然と言葉が口から漏れた。


「・・・・翌檜(あすなろ)?」


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