プロローグ 『始まりのゲームオーバー』
「―――ミゾラ!早くここから逃げて!」
『えっ』という言葉が空気のように吐き出され、彼女の言葉の意味が理解できないまますぐ上にあったランプが勢いよく割れはじける。そして、視界は一気に闇の中へと包まれた。
アスナロの今までにない声を張り上げた言葉。今の現状が俺にとって最悪なものというのは明白なことだ。『逃げる』『とどまる』といった選択肢が何回も頭の中を交錯しながら真っ暗な世界の中、彼女を必死で探した。
うまく頭が回らないのは事実。うまく今の現状を理解できていないのも事実。ただ、彼女を、アスナロを置いて逃げるというのだけは脳裏の片隅にもなかった。
「アスナロ!」
声を荒らげて言う。彼女はすぐそばにいたはず、なのに彼女がすぐそばにいる感覚がない。代わりにあるのはアスナロのものではない違う何か、好奇な視線だった。
「―――あーあ。見つけてしまったのか。だったらしょうがないよね。殺されたってしょうがないよね。」
男、の声だった。それも高い声。
どことなく楽しげに聞こえるその声はひどく何かを連想させた。
「ぐあっ⁉」
動く暇さえなかった。
声がした方に顔を向けようとした瞬間、俺の体は不意の衝撃に吹き飛ばされた。それも首が捻じ曲がるかのような強烈な一撃が側頭部に直撃。
おそらくカウンター席であろうか。その壁に叩き付けられ右肩も負傷。要するにとてつもない力で殴り飛ばされた。嫌な打撲音と衝撃音が店内に響き、肺にあまり空気が入っていない時を狙われたからかとっさの声も出なかった。
だが、俺の意識はそんなことに向いていない。俺の意識を支配したのは
「・・・アス・・ナ、ロ?」
一人の少女を取り囲う『赤』だった。
視界を奪う。それは戦いの中で最も有効かつ最善な手だと思う。どんなに剣が立つ男だって目が見えなければそれはただのお荷物に過ぎない。俺は目が見えなくても相手がどこにいるか察知できる、とかいう奴は置いといての話だ。
基本、人間何も見えなければどうにもならないんだ。
暗闇になれるには多少の時間がかかる。俺は若干暗闇になれた目で遠く向こうにうつぶせでうなだれる―――少女を見た。
真っ赤な血が遠目でも見える。体が徐々に血の海に沈んでいく姿が見える。白くて繊細な髪が、赤で塗りつぶされていく。
「おい・・・こんなの、ないだろ・・・。」
ようやく出てきた言葉をさえぎるかのように吐血。そのまま咳き込んで強烈な側頭部の痛みと肩の痛みにあえなく言葉を失う。
一心に感じるのは痛みだ。
首が、側頭部が、肩が、心が、全部が痛い。
それでも俺は残る力を振り絞り、彼女のもとへと向かった。何かがここにいる。そんなことはどうだっていい。アスナロのことを考えるとこの際どうだっていい。今は、この現状なんてどうでもいいんだ。
「・・・アスナロ、だよな。」
彼女のそばまで来て思わず言葉を失った。
アスナロは瞼を閉じ、唇が重なる隙間から少しの血をたらしながら、仰向けで寝ていた。首には刃物で切られたんであろう切り傷、それに加えて胸部には一本の短剣が刺さっていた。
目に映ったのはどうしようもなく信じたくないもので、自分の力のなさに思わず絶叫してしまうほどだった。
「どうしてだよぉぉぉぉ‼」
アスナロを抱え込みそのまま意味もなくただただ絶叫し続けた。まだ暖かい彼女のぬくもりに俺の頭の中で彼女と過ごした一日が思い浮かぶ。いいところなんて一つも見せれていない。ましてやかなり足手まといだったかもしれない。まだ、なんのかりも返せていない。
色々な感情が混じり合ってのそれをごまかすかのように大声で叫び続けた。
―――後ろからのあふれんばかりの殺気に気付きながらも。
でも、それでも、最後に愚痴ぐらい聞いていくれないだろうか。届かなくてもいい。聞こえなくてもいい。なんだっていい。無慈悲な現状に抗いたい。
だから―――、
「はぁ、ほんと―――」
―――この世界はクソゲーだわ。
その瞬間、俺の視界はまた黒色に染め上がった。
初投稿です
これからもよろしくお願いします




