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第30話 サーシャ

 

 私は、追ってくるゴブリンを仕留めながら、重い体を必死に動かしていた。

 折れ曲がった左腕を右手で抑えながら、前から迫るゴブリンを足技でいなし、残った力で逃げる。

 もうその体はボロボロで、おまけに獣強化のスキルを使い続けた為、体力はガンガン削られていた。

 しかし、サーシャは不屈の精神で体を動かし、洞窟の先に見える明かりを目指して、岩壁に寄り掛かりながら一歩ずつ地面を踏みしめて進んでいた。



 やがて──。

 私はようやく洞窟を出ることができた。

 数時間しか経っていないはずなのに、凄く長いこと洞窟内にいた気がする。


「はぁ、はぁ、やっと出てこれた。でも、まだっ」


 洞窟の入り口がゴールではない。

 この情報をギルドに届けて助けを呼ぶまでが、私の使命。

 そう考え、今度は森の中をよろよろと歩く。

 あの一本道に出さえすれば、時々馬車が通るから気付いて貰えるはずだと信じて。


 そうして、やっとの思いで森を抜けた。

 ラメアまで続いている一本道を見つけて、それを視線で辿っていくと、遠くから馬車がやってきているのが確認できた。


「やっと……」


 私はそう呟くと、地面にうつ伏せで倒れていた。




 地面から伝わる足音を感じ、ぼやける視界でなんとか前を見ると、道に馬車が停まっており、人がこちらに近付いてきているのがわかる。

 この人に状況を伝えなきゃ──。

 そう思い、必死に顔を上げて口を開こうとした瞬間、私は自分の間違いに気付いた。

 この世界ではむしろ善人の方が少数だという、そんな当たり前のことが頭から抜けていたのだ。


「ほぉ。獣人だからもしやと思ったが、ビンゴだ。"疾風の三角形"の武闘家、サーシャ。このルックスで、獣人というアドバンテージがある。ふふ、前から目をつけていたが、ようやくチャンス到来か。お仲間はどうした?……まぁ、今のお前を見る限り、なんとなく想像はつくが。弓術士のリオラも欲しかったんだが、しょうがない」


 私の前に立った男がそう言ったのだから──。



「お前は──どこかで」


 震える声でそういう私を無視して、その男は左手に持つそれを見せつけてくる。

 紛れもなく隷属の首輪であった。


 ここにきて初めて、サーシャの目に怯えの色が混じる。

 そのサーシャの様子に、男は舌舐めずりした。


「なんだ。私のことを忘れたのか?ふん、まあそれはどうでもいいか」


 その男は、力任せにサーシャの頭を押さえると、あっさりと首輪をはめた。

 当然サーシャも、暴れて逃れようとしたのだが、今の状態では焼け石に水であった。

 ゴブリンとの連戦連戦で、サーシャの体はとうに限界を越えていたのだから。

 肘を立てて、体を引きずるぐらいしかできなかったのだ。


「ライム、こいつを私の馬車に乗せろ」


 男の後ろから、全身黒ずくめの男が気配もなくやってきて、ヒョイッとサーシャを担ぐと、馬車の中へ放り投げた。


「グッフ……」

「ふふ。なかなか下品な声を出すじゃないか。そういうのがいいんだよ。これは高く売れそうだ」


 サーシャを奥へ押し込み、肥え太った男と黒ずくめの男が幌の中へ入ってきた。

 その後すぐに、馬車が動き出した。




 私は、歯を砕きそうな程、強く噛み締めながら男を睨む。


「ん、、お前、こんなことしてどうなると思ってる。これは、違法奴隷化」

「ふふ。やはり獣人は知能レベルが低いようだ。違法かどうかなど、バレなきゃなんの意味もなさない」

「バレる、よ。たとえ他国へ行ったとしても、ギルドがある」


 私がそう言うと、男は腹を抑えて大声で笑いだした。

 な、なにがおかしいの。

 私が訝しげな目で見ていると。


「ぐはは。愉快愉快。愉快だな、サーシャ。私が向かっているのは、そんなちゃんとした場所ではない。そうだな、この大陸の最南端、と言えばわかるか?」

「ンッ!?ま、まさか……」

「そうだ。闇延国(あんえんこく)、ダークレギオン。無法者が集まる、なんでもありの最恐国家だ。当然、ギルドなど存在しない」


 私も噂程度でしか知らないけど、人間国家の"魔界"とも呼ばれている場所。

 治安は当然のように最悪で、至るところで重犯罪が行われている。

 強ければ何をしてもいい、というとても国とは思えない思想を掲げて、やりたい放題している大陸最南端の国。

 それが、闇が蔓延る無法国家、闇延国ダークレギオンだ。


「そ、そんな……」


 私は、近く来る未来を想像して、絶望感にうちひしがれる。

 自分の不運を呪い、虚ろな目になる。

 そこにはもう、どんな困難も乗り越えるというような強い瞳をしたサーシャはいなかった。

 このまま私は、ダークレギオンで奴隷として放たれ、玩具にされて、壊れるまで弄くられるのだ。

 私が、そんなどこまでも悲観的なことを思い始めた時だった。


「ザブンさん!ゴブリンの群れだ!ここで停めて応戦する!」


 外で護衛をしている男が、そう叫んできた。

 そして馬車が停止し、無数のゴブリンの鳴き声が聞こえてきたのだ。

 その直後、護衛の男たちとゴブリンどもの激しい戦闘音が聞こえ始めた。



 ──ゴブリン?

 このタイミングということは、まさか洞窟からここまで追って……?

 どちらにしろ、この騒ぎの隙に逃げるチャンスなのかもしれないけど、今の私では到底ゴブリンからは逃げられない。

 やっぱり、私の運命はここまで──ん!?


 気が付くと、外の音が止んでいた。

 不気味な程静かで、外の様子が気になった私は、目を細めて幌の隙間から覗いた。

 そこで、私の目に飛び込んできたのは──。



 漆黒とも言うべき黒髪を微風に靡かせ、草原に佇むひとりの少年だった。



 ゴブリンの方を向いている為、顔を確認できないけど。

 血気盛んな冒険者連中と比べると、あまりにも華奢で弱そうな体躯。

 でも、なぜだろう。

 決して大きくはない背中なのに、見ていると凄く安心できる。

 こんな気持ちは凄い久しぶり。


 そうして、彼、いや、彼と横に並んでいる可憐な少女が、ゴブリンどもを一掃した。

 あんな強力な魔法を扱える者は、ラメアの冒険者でもほとんどいない。

 あの少女はいったい、何者なんだろう。


「おい、サーシャ。何を見ている。お前は大人しくここにいろ。ライム、見張ってろ」


 男──ザブンはそう言うと、馬車を出ていった。



「おい!何をグズグズしておるんだ!魔物の掃除が終わったならさっさと出発せんか!」


 外からザブンの怒鳴り声が聞こえてくる。

 まずいっ。

 なんとかして、彼らに助けを求めなければ。

 でも、隷属の首輪の効果で、主に背けないようになっている為、大声で助けを呼ぶことはできない。

 だとすると、ここから出るしかないけど……。


 私が、ライムと呼ばれた全身黒ずくめの男の様子を伺うと。

 その男は、ニヤリと笑って初めて口を開いた。


「やめておけ。その体では、うっかり殺してしまう」

「ッ!!」


 真正面から抗いがたい絶望感を突き付けられたような、そんな低い声だった。

 だからだろう。

 少しでも出ようとすれば、この男は間違いなく自分を殺す。

 恐らくライムの主人であるザブンの奴隷を殺すことはないだろうというのに、私はそう確信して動けなくなったのだ。


「それに、お前が出ていけば外にいる女もザブン様の奴隷になるだろう」

「なッ!!」


 それは……ダメ!

 もしかしたら、助けてくれるかもしれないけど、この男は間違いなく別格。

 ザブンと護衛だけならなんとかなっても──。


「フフフ。実力差がわかってしまうのも考え物だな」


 ──どうしようも、ない。

 あのザブンに見つかってから、私の運命は潰えていたのだ。


 くっっそ……。

 自分が無力すぎて、くやしくてくやしくてたまらない。

 握った拳からは流血し、自然と涙が出てくる。


「ユアン。リオラ。ごめん……」




 ザブンが戻ってきて、出発した瞬間にまた馬車が停まった──。


 私はもう心ここにあらずといった感じで、ただ大人しく座っていた。

 だから、馬車がまた停まったことなど気付きもしなかったのだ。

 しかし、突然前方から叫ばれたよく響く声が、強烈に私の耳朶を打った。


「出てこい、奴隷商人。その幌の中を見せろ」







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