第31話 闇延国の元殺し屋
「出てこい、奴隷商人。その幌の中を見せろ」
僕がそう言っても特に動きはなかったので、ここは強硬手段に出ることにした。
「みっつ数えるうちに出てこないと、馬車ごと斬る」
紫怨を馬車へ向け、軽く殺気を放つ。
前にいた護衛の3人は、至近距離でそれを浴びて泡を吹きぶっ倒れた。
その様子を見たふたりの少女は、慌てて僕の後ろに移動する。
「ひとつ、、、ふたつ、、、み──」
僕が紫怨を振りかざした瞬間、馬車の後方から小さなナイフが飛来する。
それは驚くほどに静かで、正確に僕の首元へ一直線に迫ってくる。
普通の人間ではまず知覚できない速度で、音もなく迫るその凶器を、しかし僕は何事もなく空いている左手で掴んだ。
毒が塗っていない持ち手の部分を。
「つ、掴んだ?」
馬車の後方から、困惑の声が聞こえてきた。
僕は掴んだナイフを地面に投擲し埋めた後、一言呟いて紫怨を振り下ろす。
「みっつ」
自身の体から直接、魔力を紫怨へ流し、風の性質へと変換した。
魔法の基礎行程を無視し、直接魔力へ働きかけ自由に操作する。
それはまさしく、魔法大国・レイザード王国が長年独占してきた魔法技術に他ならなかった。
ケイの並外れた身体能力が、この世界の戦い方に自然とシフトし、簡単な知識と感覚のみで技を会得していく。
振り下ろした紫怨の斬撃が、虚空を突き進み、ぶるぶる震えている二頭の馬の間を通りすぎて、馬車を上から下へ一刀両断にする。
軽い衝撃が起き、馬車の幌は綺麗にふたつに別れた。
幌の隙間から、驚きに目を見張る3人の人物を見据えて、僕は口を開く。
「どうして出てこない?お前に聞きたいことがあるんだよ」
だが、近付いてきたのは全身黒ずくめの男だった。
「これは驚いた。飛ぶ斬撃。もしや、小僧、アヅチの出身か?」
この男の相手をしないと、ろくに話しもできないだろうと、僕はため息を吐くと、仕方なく応じる。
「そういうあんたは、殺し屋か何か?」
「ふん、元だがな。しかし、腕は鈍っちゃいねぇぜ。てめぇ、なにもんだ?俺の投げナイフを掴まれるなんざ初めての経験だ」
眼光鋭くケイを観察するライムに対し、ケイはライムなど眼中にないといった風に、幌の影に隠れている男を睨んでいた。
「そうなんだ。随分狭い世界で活動してたんだね」
そう挑発した次の瞬間、タンッと軽く地面を蹴ったライムの姿が残像を残して掻き消える。
流れるような独特の歩法で、ケイたち3人の背後に回ると、大仰な身振りで魔法を発動する。
「闇重縛魔法。ダークミスバインド!」
地面から大量の黒くて太い蔓が伸びてきて、ケイたちに殺到する。
それは四方八方から迫り、逃げ道を塞ぐと共に、3人の体に巻き付こうとしてくる。
「ケイ様。これは、高度な闇属性の魔法です。斬っても斬ってもすぐに再生し、まとわりついてくる拘束系の魔法です」
「さすが、エンリだね。ありがとう」
「ど、どうするの?ケイ」
「うん?斬るだけだよ。ふたりはそこから動かないでね」
ふたりに釘を刺した僕は、再び紫怨の刀身に風属性を纏わせ、無造作に振るう。
リーザに迫っていた蔓を両断した。
本来なら即座に再生して再び襲ってくる所だが、そうはならなかった。
その初斬を皮切りに、紫怨の刀身が虚空を縦横無尽に駆け抜ける。
適当に振るっているようにみえて、その実計算されつくした刀の軌道を描く。
ケイの軸足は一歩も動いてはおらず、そこで全ての蔓を再生した瞬間に斬り伏せている。
踊るように斬撃が舞い、一切の無駄がないケイの動きは、見る者ことごとくを魅了し、敵からは多くの隙を誘い出す。
ライムも例外ではなく、唖然として突っ立っていた。
しかし、ケイはその大きな隙に気付いているにもかかわらず、そこから動く様子はなく紫怨を振るい続けている。
そもそもケイがその気になれば、ライムが現れた瞬間に打倒できたし、隙を作らせる必要はない。
今もその場で剣舞を披露している理由は、その表情にあった。
「すごい………楽しそう」
幌の中から出てきていたサーシャの呟き。
その呟きはリーザとエンリにも聞こえ、まさにその通りだと思った。
普段見せるいつもの優しい笑顔ではなく、刀を得たときに近い無邪気な子供のような笑顔だった。
3人の少女は、その表情も含めてケイの剣舞を美しいと思った。いつまでも見たいと思わせられる、ケイの"魅せる型"。
しかし、空気を読まない醜悪な男が割り込んできた。
「お゛い!いつまでやってんだ、ライム!さっさと殺せ!闇延国から逃げてきたお前を、いくらで雇ったと思ってんだ!」
「ッ!!申し訳ありません、ザブン様。すぐに、この小僧を──」
ザブンに怒鳴られ我に返ったライムは、規格外の剣舞を披露する少年に視線を移し、しかし、そこに目当ての人物はいなかった。
そこにいるのは、仲間の少女ふたりのみ。
いつの間にか、再生を続けていた闇の蔓はしおれて地面に横たわり、その機能を有してはいなかった。
──無力化された!?いったいどこに……。
そうライムが思った瞬間、背中で鋭敏に感じた。
──死の気配を。
ピタリ──と。
自身の首横で制止した刀の気配を捉えて、脳が最大限の危険信号を発してきた。
今すぐ動かなければ、いや、動けたとしても高確率で致命傷を追うと。
だが、体が動かない。
脳の命令に反して、体は諦めてしまったのだ。
長年死線を潜り抜けてきたこの体が、この少年には勝てないと判断した。
そうして生を諦めたライムの背中に、幼くも力強い声がかかる。
「僕と戦うには、お粗末すぎる。まぁ、さっきのやつは少し楽しかったよ。ありがとう」
最後は優しい声音で感謝をしたケイの声を聞いた瞬間、首筋に強烈な衝撃を受けた。
ゆっくり意識を失う直前にライムが見たのは、血が吹き出し、キラリと光る刀の刀身ではなく、鞘に納まっている刀で振り抜き様に見下ろす黒髪の少年だった。
「………納刀……して、、か───」
ドサリ──と倒れたライムから視線を外し。
僕は紫怨を腰に差すと、驚愕に目を見開いている奴隷商人へ向けて歩きだした。




