2/承 - 下3
この作品は「オチなし」「ストーリーなし」の作品です。ただ、文字が羅列してあるだけです。
これは、ゲームセンターに青春を捧げた男の、ちょっと頭の悪い妄想劇
千代の通う学校から、まっすぐに道路を歩くと、住宅地がある。密集する住宅群のなかには、大きな屋敷のようなものも存在しており、高級住宅街、などと言われることもあるらしいが、実際、そういったところには普通の民家なども多数存在している。ただ、金持ちの家だけが、大きく、そして印象に残りやすいと言っただけだ。
住宅地を抜けると、また大きな通りに出る。都会から外れた場所だが、関東圏とはそういったものである。アクセスの良さを実現するために、そこらじゅうに大通りは存在している。千代の住んでいるこの辺りも、同じだ。
車の通りも多く、また、近くに駅もあるため、歩いている人間も多い。駅からは、果ては埼玉の中心都市部へ、そして逆走すれば新宿にたどり着く。アクセスは一見よくみえるが、残念ながら、速度のある電車は、この辺りには止まらない。各駅停車なら、止まる。
小学校から歩いて、しばらく。やっと、自分たちの住む住宅地にたどり着く。車の通りも多いので、ここまで来るのに何回か赤信号に引っかかってきた。
「じゃあね」
「ばいばい」
友人と手を振って別れると、千代は、早足で、自分の家の方角へと向かう。先ほどまでは友人と話していることもあって、歩くスピードをそちらに合わせていた。ここからはひとりなので、気にすることはない。
早く帰ろう。
その念だけが頭を支配していた。
いつもなら、途中、寄り道するスーパーも、本屋も寄らず、まっすぐに、家へ、家へと向かう。
……いつもであれば三〇分ほど掛かるその道も、今日はたった一〇分で家の目の前までたどり着いていた。元々、まっすぐに家を目指せば、それぐらいでたどり着ける場所にあるのだ。友人と別れた場所から、ここまで一〇分で、別れる地点から学校までまた一〇分ほどなので、合計二〇分と言ったところだ。
家の扉を開けて、なかに入ると、庭のほうに目をやる。いつもなら、仕事の終わった母親が既に庭で花に水をやったりしているところであるが、どうやら今日はまだ仕事中らしい。
玄関の扉には鍵は掛かっていなかった。家には居るのだろう。家の中に入って、靴を脱ぎ、綺麗に揃える。背中に背負ったランドセルを下ろして、片手で持つと、リビングに向かっていく。
「ただいま……」
そう、口にしながら中を見ると、そこには誰もいなかった。
テレビもついていない。ソファの上のクッションもそのまま。
「お母さん?」
台所に目をやるが、そこにも居ないようだ。となれば、今日は珍しく自分の部屋で仕事をしていることになる。
ランドセルを一度、リビングのテーブルの上に置くと、冷蔵庫の前へと歩く。とりあえず、家に帰ってきたら飲み物と、今日のおやつをひとつとっていくのが流れだ。
すると、冷蔵庫に付箋が貼ってあった。
『いま、お仕事してます。おやつは冷蔵庫にプリンがあるので、食べてね』
なるほど、と、千代は頷いた。今日の夕食は、父親が帰ってきてから悩むとしよう。
時計を見ると、時刻はまだ一五時二〇分ほど。父親の仕事が終わるのは、一八時で、電車に乗って家に帰ってくるのは、早くても一九時半と言ったところ。遅ければ、二二時ぐらいにはなる。まだ、ひとりで自由にできる時間はあるらしい。
これはチャンスだ。
外国と違い、日本の家はひとつずつの部屋に鍵はない。もちろん、例外は存在しているが、そのようなものを設置しているのは、それこそトイレと風呂ぐらいであろう。この家も、その通りであり、母親の仕事部屋、父親の部屋以外は、基本的に、鍵は掛かっていない。
が、父親の部屋は、父親が家に居るときにしか、部屋に鍵は掛かっていないのだ。つまり、まだ帰ってきていないのだから、いまは、部屋に鍵は掛かっていない。
PCを使うのであれば、いまである。許可は、あとで取れば良い。使ったか、使わないかは、具体的なところまでは解らないだろう。最近知った、閲覧履歴、とやらを削除すれば、ばれはしないだろう。
冷蔵庫のなかのおやつを取り出して、それを左手に持ち、右手にはランドセルを持って、千代は急いで階段を上がる。千代の部屋は二階だ。だが、父親の部屋は三階にある。
―――千代の住む家は、三階建である。とはいえ、三階には父親の部屋しかなく、外見としては二階建てに見える。父親の部屋は、父親の趣味嗜好のためにあるに過ぎず、しかし、仕事のために部屋にこもることもある。
二階には、千代の部屋と、寝室、そして母親の仕事部屋がある。
千代の母親はデザイナーをしている。インターネットを使って、仕事を受けおり、メールでやり取りをする、などと聴いていたが、千代にはさっぱり理解できなかった。簡単に説明すると、洋服の柄などをデザインしていると言われて、ようやく理解が及んだ。自宅で仕事をしている分、いつも家には居るのであるが、たまに、今日のように忙しくて部屋にこもっているときもある。
部屋の扉を開けて、自室に入る。壁には、ファッション雑誌についてきていた女性のポスターもそうだが、男性アイドルグループのポスターも貼られている。壁に掛けられたボードには、プリントしたシールが貼られていたり、友人と撮った写真なども張られている。特に、趣味らしい趣味はないのであるが、ファッションや、音楽には興味はある。あくまで、興味程度であるが。漫画などの部類はあまりおかれていない。母親が昔読んでいた漫画がいくつかおいてあり、暇なときに読み返している。
勉強机にランドセルを置いて、いつもならそこから今日のプリントや、連絡物の整理、母親へ渡すことなどがあるのであるが、今日は後回しだ。宿題も、予習、復習も、今日はすべてあとにしてしまおう。
なにはなくとも、まずは父親の部屋に行って、PCの電源を入れなければならない。
二階の端にある階段を登ると、すぐに扉が姿を現す。母親にばれないように、ゆっくりと、廊下を歩き、そして階段も足だけではなく、手も使って、慎重に、ゆっくりと、登る。
上までくればこちらのものである。少し、扉を開けて隙間を作ると、素早くその隙間に体を滑り込ませる。部屋の電気を点けると、父親の部屋の内容がよくみえる。
部屋の中央には、ガラス張りのテーブル。それを囲むようにおかれた黒いソファ。部屋の端には観葉植物と、背の高い本棚。そして、ギター。もうひとつ、大きなテーブルが設置されており、そこには白いモニターが設置されている。椅子のほうから見れば解りやすいが、足元に、学校にあるPCと同一のタイプの機器が設置されている。なお、その横には小型冷蔵庫が設置されているが、中身は酒と、ジュース。しかし、飲むことは許されていない。
幸いなことに、今日のおやつの付け合わせのアップルジュースがあるので、それで我慢するとしよう。楽しい時間に、美味い飲み物は必須だ。
椅子に腰を掛けて、ひとつ、息を吐くと、PCの電源を入れる。PC自体には、パスワードが掛かっており、勝手にいじれないようにはなっているのであるが、この間、千代専用のアカウントなるものを作ってもらい、千代が好きに出来るようになった。
パスワードは忘れていない。「kotori」、だ。特に理由はない。
ようこそ、の文字が現れたあと、しばらくして、情報の授業で見慣れた背景が現れる。ここまでくれば、楽なものだ。
インターネットに接続し、検索画面を開くと、お気に入りに登録された「YourTobu」を開く。特に興味はないが、最初からお気に入り登録されていた。まさか、こんなところで使うことになるとは、千代自身も、思ってもみなかったことだが。
YourTobuのメインページが開かれたところで、検索欄にて、目的のワードを入力する。
「タケオカ」
口にしながら、入力。
そうして、検索結果を待つこと数秒。そこに現れたのは、一〇万件を超える検索結果であった。
「すご……」
とはいえ、最近では、こんなものは小さな数字に過ぎない。アイドルグループや、有名な人間もこの動画サイトを使い始めたこともあって、そちらのほうには一〇万を超える公式・ファン動画が存在している。
そうだとしてもだ〝たかがテレビゲーム〟で、ここまで動画があることに、千代は驚きを隠せなかったのである。
ひとつずつ、項目をクリックしていく。そのたびに、見たことのない画面、ゲーム、そして、様々なもの。ルールは解らなくても、そのひとつずつの行動に、胸が高鳴るのを感じる。
興奮している。
自分はいま、テレビゲームの動画を見て、興奮をしているのか?
テレビゲームは、女子のやるべきものではない。男子がやるものだ。そして、たかが、遊びである。
そんな一般常識のように、当たり前に、頭のなかにあった感覚。見向きもせず、子供のものだと切り捨て、それに夢中になる男子たちを、子供なのだと、女子は笑いながら指さしていた。
―――では、いま、千代のなかにあるものは、莫迦にされるべき代物であるのか?
動画を見るなかで、ついに、見つけた。あのとき、長谷川が見ていた動画を。
あのとき、音声はなかったが、今回は父親のPCと云うこと、自宅と云うこともあって、音声があった。
騒がしい音。何人もの人間の声が混じって、なにを言っているのか解らない。目の前の巨大なモニターから発せられるゲームの音も、微かにしか聴こえない。言葉は英語だろうか、千代では理解できない言語であった。日本語でないことは、確かだ。
たった五分ほどの動画。
しかし、最後のところだ。
「―――」
大きな歓声、そこで起こった興奮。
たかがゲームなのに。
大人のクセに。
子供じゃないのに。
テレビゲームに夢中になってて、こんなに手を振りあげて、興奮しながら。
莫迦みたいだ。
しかし、千代はこの後、この動画を漁り続ける。そして、それを見続ける。父親が帰ってくる時間の近くになるまで、千代は父親の部屋で、動画を見続けるのであった。
◇
「始まりは、あの動画だったんだよねぇ」
「その動画、わたしも知ってます!」
「けど、フォース、やったことないでしょ?」
「まぁそうなんですけどね。
だけど、ゲームジャンル違うのに、知ってるのって、やっぱり凄いじゃないですか!」
「ん。まぁね」
「この動画で、この世界に飛び込んだひと、多かったのかなぁ?」
「さぁ? けど、少なくとも、私はこの世界にいるしね。これがきっかけで、私はゲームの世界に足を踏み入れたし、アイツとも―――」
◇
「……」
疲れた顔をしている。自分でも解る。
「千代? どうした? 眠れなかったのか?」
朝、父親がそんな様子の娘を見て、心配の声を掛ける。
「ん。なんか、目が冴えちゃって」
「そうか。夜遅くまでテレビを見ると、目が冴えて眠れなくなるらしいぞ」
また、なにかテレビが雑誌の知識だろうか。流行りものにはすぐに目が行き、ある程度は続くが、必ず飽きてしまう。それが、千代の父親であった。
朝の早い時間。まだ、父親も仕事に行かずに、寝巻き姿のままである。それは千代も同じで、朝食を食べて、家を出る時間近くになったら着替えて出かける。小学生ともあり、登校時は何人か、地域にいる同じ小学校の人間と登校することになる。
七時半には、目的の場所に集合すれば良いので、まだあと三〇分はある。ゆっくりと支度をしていても問題ない具合だ。父親のほうも、まだ出るには早い時間だ。彼に至っては、娘である千代を見送ってから出るのがいつものことだ。
ちなみに、母親のほうは、今日の朝も部屋から返事はなかった。昨日、遅くまで仕事をしていたのだろう。寝かせてやろうとのことで、朝食は父親が作った。パンを焼いて、ジュースを置いただけだ。特に、難しいことはない。
テレビを呆、と眺めながら、いつもなら入念にチェックするコスメ情報や、占いなども特に確認することもなかった。
とにかく、眠かった。




