2/承 - 下2
小学生にとって、給食の時間とはなによりも楽しいものである。
空腹の腹を満たす食欲の時間であり、その後の休み時間でなにをして遊ぼうか考える。遊べる時間は一時間ほどと限られてはいるものの、その間で楽しめるだけ、子供たちは純粋なものなのである。
食事に楽しみを見出すのは、なにも、男子だけではない。女子ですら、それは同一である。だが、男子ほど一喜一憂するほど酔狂ではない。そのあとの休み時間ですら、女子にしてみれば楽しくはあるが、退屈なものでもある。
男子のほとんどは、プラスチックのバットを持って、外に出てしまうだろう。内気な男子ですら、図書室にでも向かうために部屋の外に出てしまう。女子は、一部は教室に残り、昨日のテレビの内容や、雑誌の内容などの会話を楽しむ。もちろん、なかには同じく図書室で本を読みにいくもの、または勉強するものも居る。
千代は、どちらかといえば、教室で会話をするタイプである。
図書室などで本を読むのも嫌いではないが、めぼしい本はすべて読んでしまっている。あとは難しい話のものばかりで、敬遠している。かと言って、外に出て男子と混じって野球やサッカーをするほど、運動好きではない。
そうとなってしまえば、千代の行動は自然とひとつの結論に達する。教室のなかであれば、多くの女子は残っているし、会話の種は様々なところにある。ここにいるだけでも、話に混ざれる機会は多いし、事実、そういった人間がこの教室に残っているのである。
―――しかし、今日の千代は違っていた。
給食を早々に食べ終えると、片づけも済ませる。すぐに、男子顔負けの速度で教室から出ると、早足で、職員室のほうへと向かう。
なにせ、あの教室の扉を開けるのは、教師だけなのだから。
職員室は、校舎の一番下の階層に存在しており、正面玄関のすぐそこにある。言わば、登校してくる児童、下校していく児童、外に出る児童を監視しやすいためだ。特にそれが機能しているところを千代はしらないが、学校をさぼって抜け出そうとするならば、すぐにでも親に連絡がいくのだから、誰もしない。
扉をノックすると、しばらくして、扉が開く。なかからは、あまり見覚えのない男教師が、食事の途中だったらしい、口にものを含んだ状態で現れた。
「……どうかした?」
口のなかのものを飲み込むのに若干の間があったものの、男教師が来訪者の児童に言葉を掛ける。
「あの、忘れ物をしたのと、あと調べ物があるのでPC教室の扉を開けてもらいたいんですけど」
「ちょっと待ってね」
どうやら、今回は聞き分けの良い教師だったようである。普通なら、いまのような適当な理由だと断られるのであるが、真に受けてくれたようである。
「それじゃあ、行こうか」
「ありがとうございます」
これで、部屋の扉を開けてもらえることはできるようである。問題は監視であるが。
PCを触っている間は、教師が基本的に監視している状態である。ともあれば、なんとか、教師が見ていない時間を作る必要がある。が、そんな高度なことを、若干一一歳の少女には難しい相談であった。
あくまで、調査を目的。とりあえず、適当に歴史のことなどを調べつつ、教師がなんらかのタイミングで居なくなったところを見計らって、確認するとしよう。そんな時間が、たった一時間の昼休みで訪れるかどうかは、また別として。
乾いた音、扇風機でも回っているのかと勘違いするような音。PCより発せられているのは、そんな音たちである。それに加えて、千代が動かす「マウス」と呼ばれる機器の音がする。それが、このPC教室の特徴であった。
予定通り、部屋の扉を開けてもらうことはできたが、案の定、教師は部屋の入り口で立ったまま動かない。こちらから予想するに、自分の体が邪魔でモニターの様子を確認することができないとは思っているが、油断はできない。
奥の座席に座れば、入り口からはモニターが監視できない位置ではあったが、教師が座るPCを決めたために、仕方なく、入り口に近いところのPCを操作している。
本当に、教師が席を外す瞬間が訪れるのだろうか。そんな不安を抱えながら、千代は、ひたすら歴史の案件について調べる。興味はゼロではないが、いまはほとんど頭に入ってきていない。前述の通り、ノート、ペン類は持ち込み禁止なこともあって、完全にモニターに映っている文章を眺めるだけの時間である。
給食のあとと云うこともあり、眠気も襲ってきている。男子ではないので、授業中に居眠りすることはない。が、こうも、いまのように退屈な時間が続いていると、眠気はさらに強くなってくる。
〝早くどっか行け、早くどっか行け、早くどっか行け、早くどっか行け〟
まるで呪詛のように、心のなかで唱える。しかし、そんなことで、教師が席を外せば苦労はしない。
しかし、必死の思いは伝わると云う。どこかの、誰かの言葉を、千代は思い出した。
「……ちょっとすまん、トイレに行ってくる」
「え、あ、はい……」
絶好のチャンスは、昼休み終了一五分前に訪れた。
望んではいたものの、まったく予期しない事態に、少し呆けてしまったが、すぐに行動に移す。―――とはいえ、時刻も時刻だ、口にした食事が排泄物となって外に出ると云うのは、生理現象的には間違いではない。
「えーと」
言葉で確認しながら、千代は、PCを操作する。まだ、このキーボードとか云うもので文字を打つことに慣れていない。なんどか間違えたあと、ようやく検索に掛けることができた。
検索ワードは三つ。
「ゲーム」「白服」「拍手」
出てきた検索結果を確認しながら先に進むが、思うような結果は得られない。どれも、あのとき見たものではなかった。後ろを振り返って、教師が帰ってきていないかを確認する。教師のトイレは、教師専用トイレがあり、そこまで行っているので時間が掛かる。足す用がどちらかにもよるが、早ければそろそろ戻ってくる時間である。
急がなければならない。しかし、目で見ただけの印象を書き足しても、検索用語のなかには出てこない。ともなってくると、お手上げ状態なのである。今日、家に帰ってから、父親のPCを触らせてもらうしか他がないかもしれない。
いますぐにでも、この心のなかの靄のようなそれを晴らしてしまいたい。そんな気持ちが、いまある。あのとき見た光景を、それを、思い出してみる。
よく、解らなかったのが、第一印象。しかし、なにか、頭のなかに残っている、その光景。
テレビゲームなど、男子のやっているものである。女子のやるような代物ではない。それに、ゲームばかりをしていると、莫迦になると言われ続けてきた。
禁止されていたからこそ、そこに対する興味は大きくなっていく。男子がやるものだから、と言われて、遠ざけていたからこそ、やってみたいと思う。
もう一度、あのときのことを思い出してみる。
確か、隣に座っていた男子が動画を視聴するサイトで視ていた動画を探して―――
「あ」
思わず、小さく声を出していた。
そこで、さらに気づいて自分のうかつさを呪った。
通常の検索サイトで検索しようとするから見つからない。そもそも、前提が間違っていたのである。千代が探すべきは、このような汎用検索サイトではなく、最初から動画に特化しているサイトである。
「YourTobu」。
前述の通り、いま、クラスの男子の間で話題になっているPC上のサイトである。
本来は海外のサイトらしく、サイト内では英語が飛び交っている。馴染みのない言葉であるがゆえに、その内容を知ることはできないが、それでも、男子たちはこぞって、このサイト内の面白い動画を探し当てては、それを自慢しあっている。
英語、ともなれば、検索用語は英語なのだろうか、と言われれば、そうではない。実際、このサイトを利用している日本人も数多く存在しており、また検索エンジンも日本語に対応しているため、日本語で検索しても大丈夫である。
千代は日本語で検索しても大丈夫なことを知っていた。というよりも、随分前に、クラスの男子の会話のなかで話題になっていたことを覚えていた。しかし、たったそれだけのことで、莫迦騒ぎができるのだから、平和なものである。
さて、動画サイトの名前自体は知っているが、千代自体も、英語にそこまで強いワケではない。知識ゼロ、ではない。昔、両親に英語の塾に入れられていたこともあり、多少は解っている。
とりあえず、動画サイトにたどり着くまでは、この検索サイトを使うことにする。最近知ったことであるが、前から使っていた検索サイトは、子供向けに検索結果を絞られたものであり、本当に知りたい情報が出てこないとの話であった。これもまた、男子から訊いた言葉であり、定かではないが、確かに、そもそも検索のページに大きく「子供向け」の文字があるのだから、そうなのだろう。
検索蘭に「ゆあとーぶ」と入れる。確か、こんなイントネーションだったはずである。
しばらくの読み込み時間のあとに、検索結果の上から三番目ほどの位置に、それは出現した。
クリックしてみると、自分が予想していた画面が開かれる。
「これで……」
先ほどと同じ三つのワードで検索してみる。
が、結果は思うようにはならなかった。
確かに、動画サイトなだけあり、ゲームに関する動画はいくつか出てきたが、それらしいものはヒットしなかった。あのとき視ていた動画らしきものも、それに似たようなゲームのものも、見つからなかった。
一体、あれはなんだったのだろうか。
落ち込む暇はない。もう、時間だ。時計を見れば、昼休み終了まで二分を切っている。
動画サイトのウィンドウを閉じて、PCの電源も切ってしまう。切り方は、最初の授業で習っている。
そうして、一息ついたところで、後ろから男教師がやってきた。
「ごめんごめん。そろそろ昼休みも終わりだし、部屋の鍵、閉めちゃうよ」
どうやら、長いほうのトイレだったらしい。おかげで、長い時間、調査に費やすことができた。
「解りました」
それだけ言って、教室の外に出る。
結局、目当ての動画を見つけることは出来なかったが、それでも、千代には最後の手段があった。
◇
「長谷川くん」
帰り際、目当ての男子に声を掛ける。
「え、あ? はい?」
相手は驚いているようである。それもそうだ。正直なところ、複数の生徒が、接点のないそのふたりの組み合わせに驚いている。
長谷川、と呼ばれる少年は、このクラスのなかでは比較的おとなしいタイプの男子になる。友人関係は悪くないのであるが、どうにも内気で、自分から前に出れない人間である。いじめの対象になっているとの話は聞かないし、噂にもならない。女子から見ても、控え目な男子は一瞬だけ噂や話題になっても、すぐに忘れ去られてしまう。可もなく不可もなく、なんとも、この時代にしてみれば丁度いい具合の人間であった。
彼と話をするのは、今日で二度目。最初は、授業中に、そしていまである。
問いかけの内容は、当然、彼が授業中に視ていた動画の話である。
……とはいえ、このままでは拙いこともある。なにせ、女子が男子に話しかけることなど、この年頃の人間たちのなかで言えば意識をし始める頃合いと云うこともあって、敏感である。妙な噂を拡げられても困る。なので、手短に。
「ちょっと、今日のことで質問があるから」
手で、ついて来いと合図する。
いまの言葉だけでも、充分、誤解を生むものではあったが、咄嗟ではそれぐらいしか出てこなかった。とりあえず、話だけ聴ければ、あとは自分でなんとかなる。
廊下に出ると、少しして、長谷川が追いかけてくる。なにも言わずに、歩いて図書室のほうへと向かって行くと、図書室の前で、足を止める。他の人間が後ろから来ていないかのチェックである。少し、その素振りがあったが、こちらから視線を向けると、自分の教室に戻って行った。
とりあえず、一安心だ。本題に入るための状況にはなれた。
「あの、質問って……?」
足が止まったことで、長谷川が口を開いた。話があると言って、歩き始めて、足を止めたのだから、なにかあるのだと思ったのだろう。
本題に入ろう。
「今日の、情報の授業でのことなんだけど」
「えっ」
「視てた動画の話よ」
どうやら、別のことを想像していたようである。接点もなにもない人間に、好意を抱かれるほど、世の中甘くはない。
「今日の、動画?」
「ほら、なんか、白い服着たキャラクターがなんかしてたヤツ」
「…………あーっ。タケオカ動画のこと?」
「竹―――?」
突然、予想もしていなかった言葉を出されて、混乱してしまった。
「タケオカ。カタカナで、タケオカ」
今度は一文字ずつ、長谷川がゆっくりと口にする。
タケオカ。
聴いたことのない名前であるが、どうやら、人名のようである。
「ゲームのカリスマ、なんだって」
「なんだって、ってことは、あまり知らないのね」
「まぁ、俺、格闘ゲームあんまり詳しくないし……」
「格闘、ゲーム」
どうやら、あのときモニターに映っていたのは、格闘ゲームと言うらしい。
なるほど、人間同士が殴り、蹴りをして、相手をノックアウトさせるゲーム。それが格闘ゲーム。一対一の、他人と対戦するゲームのことを指しているらしい。
「……解ったわ、それだけで充分」
「え、あ、うん」
これで、探していた動画は見つかりそうである。家に帰ったら、父親のPCを失敬するとしよう。許可が本来いるが、今日は父親も、母親も帰りが遅いと聴いている。先に使わせてもらっても構わないだろう。どうせ、そこまで時間は掛からない。
長谷川の前から立ち去って、教室の目の前を通ると、いつも友人が後ろから着いてきた。
「なんの話してたの?」
どうせ言われると思って、それは用意していた。
「ん。ちょっとね。情報のときに気になるもの視てたから、それの話を聴きたかっただけ」
「ふぅん。なんの情報?」
「漫画」
「あぁ。あれ? 千代ちゃん漫画好きだっけ?」
「ううん、けど、気になったから、ちょっと読んでみたかっただけ。ま、結局、あいつも知らなかったんだけど」
「ネットはそっこら中に色んなものがあるって、男子が言ってたよ。そのひとつだったんじゃない?」
「かもね」
そこで、その話は終わり。次からは、また他愛のない、ファッションとか、背伸びをした化粧とかの話に戻っていった。
ただ、千代だけが、少し、別のことを考えていただけだ。




