第二話 ビー玉のような瞳
雨の日にやってきた隣人はどうも若い男の子のようだった。最初に聞こえた声は両親らしく、引越し屋が引き上げてから一時間くらいで出て行った。
隣に人が住むようになってから一ヶ月が過ぎた。漏れてくる生活音も、最初は不快感があったが今では人の気配に安心する時さえある。平日は朝7時に目覚ましがなる。さちは6時半からゆっくり起きるのを習慣にしているので、ちょうど朝ごはんの準備を始めたころだ。10分おきに2.3回目覚ましがなり、8時前には出て行く。部屋がシンと静まり返り、テレビを着けて身支度をして会社に向かう。その生活が当たり前になってきていた。
いつものように7時前に起きて、朝ご飯用の目玉焼きを焼いてパンに乗せる。目覚ましの音が聞こえてこない。今日は休みかな。ぼんやりそう思いながら、いつも通り支度をして部屋を出た。
外につながる階段を降りようとした時、男の子が下を歩いているのが目に入った。階段を降り始めるとその男の子がさちを見上げた。ビー玉のようなキラキラした丸い目だ。ジッと見たかと思うと視線を泳がせて俯きがちになる。軽い会釈をされたので、つられてさちも会釈を返した。
まだ幼い面影の残った、きっと高校生くらいの男の子だ。Tシャツにジャージを履いていた。少し背が小さめだけれど、顔が小さくて身体が細い。もっともビー玉のようなキラキラしたあの目が深く印象に残った。
その週の土曜日、さちが昼食を作っているとチャイムが鳴った。火をとめて玄関を開けると、この前すれ違った男の子が立っていた。
「あの、隣に引っ越してきた、佐藤章というものですが…」
目鼻立ちがはっきりした顔、それにやっぱり目がキラキラしている。思わずジッと目を見ていると、慌てたように袋に入ったお蕎麦の乾麺を差し出してきた。セブンイレブンのマークがついている。
「それで、えぇと、そばを…もってきたんですが」
しどろもどろにそう言って心配そうな表情をする。
「あ、はい。ありがとうございます。」
思わず笑みがこぼれる。若い彼なりの巡らせた考えでの行動なのだろうと想像できたからだ。章は少しほっとした表情を見せた。
「岡本さちです。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
にこっと笑った顔は、やはり少しあどけなさが残る。
「えっと…、いくつ?ですか?」
「18です。高3」
思った通り。若い。
「あぁ、高校生3年生。ひとりで大変ですね」
つい、少し探り口調になってしまう。
「いや、大丈夫…です! あ、でも…」
言葉を続けようとしてさちの目を覗き込む。
首を傾げて応答すると、小さい声でもごもごと何か言ったようだった。
「(やっぱりまだ、、)」
不思議そうにするさちに軽く頭を下げる。
「じゃあこれで、あの、また」
照れ臭そうに笑う章につられて、さちも笑顔を返す。
「じゃぁ、また」
帰っていくのかと思って章を見るとニコニコしている。ドアを締めるタイミングがわからなくなってしまった。思わずペコペコと頭を下げて、さちがドアを締めた。
章はほんのり熱くなった頬に両手をあてて、そのままコンビニに向かった。




