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フォードとエヴァ③

灰色の砂に覆われた灰鋼砂漠には、雨というものは無い。

強すぎる太陽光が、大地を焼き、水分の一滴までも絞り尽くしてしまうからだ。さらに、水蒸気を含まない大気は気温を調整することはなく、昼は日差しで目玉焼きができるほど熱くなるが、夜は0度を割り、浮浪者の凍死すら珍しくはない。しかし、これはあまりにも酷い有様だ。

今朝のラジオは聞いていないが、今日もしたいは増えるだろう。

「あーあ」

空は広く、雲の一つもない。抜けるような青に吸い込まれるような錯覚すら覚えて、フォードは、倦怠を含んだ声を漏らした。エヴァは耳聡く聞き咎め、陽気な笑みを向けてためらうことなく日光と、影の境界線を飛び越える。灰色の砂が舞う。フォードは、馬鹿にされた気分になる。50度の気温が何だ。

足を進めた。

人が消えた街角のビル。エヴァの住処から一歩踏み出すとそこはもう地獄だった。

陽炎が揺らめくと平坦な地面の、所々深くひび割れたところが目立つ。頭を下げてばかりいるから、はっきり見える。太陽は敵だった。足が遅れる。できるだけ歩きたくない。道の端を歩くようにする。張り出した建物の構造がなけなしの影を作っている。しかし、期待はできなかった。

道端の商店もシャッターが目立つ。売り子は影もない。どのみち、今日はハズレの日のようだ。

道の脇には雑多なものが溢れている。小さなものは果物の種から、大きなものはトタン壁の一部まで。

街中だというのにこれだから、今日は本当にいい日ときたものだ。あるいは相棒の言う通りに依頼でも来ているかもしれない。頭の茹だった馬鹿や電気麻薬のジャンキーが。

よくあることだ。ここでは。

黒興は、地中深くから掘り出される資源によって栄えた都市だ。名前をつけた奴は知らない。

中央には、巨大な採掘坑が聳えて日がな一日動きを止めることがなく、この街の住民の4割方がそこで働いている。

もともとそのために作られた都市は区画整備がなされ、きっちりきっかりと分割されているのだ。それでもゴミ溜めはできる。

灰鋼砂漠の地中深くに泥油が大量に埋まっている事が分かってから、誰もが知っている今通りになった。遥かな昔はオアシスを中心とした商業都市で交易で栄えていたとも、争いが絶えなかったとも聞く。昔の話だ。人は去って残骸が残った。

そして古代の都市の残骸は重機で一掃され、舗装され、コンクリの山で埋め立てられた。

他の資源開発都市も似たようなものだ。黒興、白天、把葉.......。それらの資源開発都市は幾つかの小都市を中継する行路で結ばれ、円滑な運送を可能にしている。採掘された泥油は精錬され北方の連邦や共和国へと運ばれ、利益を今尚あげ続けている。増え続ける需要が値段を釣り上げ、採掘坑を所有する資産家はさらなる高みを求めて互いの採掘坑の権利を奪い合う。

そこでは、なんでもありだ。それこそ暴力だろうが、金だろうが。持っているものが全てだ。

黒興には、8本の採掘坑がある。四人が権利を持っていた。

今は三人。

二人消えて一人やってきた。

フォードは、犬も同然だ。その金持ちが顎で動かす奴らに、金をもらって顎で動かされる。契約内容は簡単だ。金をもらっているのだから働け。一行20文字もいらない。どうなろうが知ったことではない。金持ち同士が大々的に表立って動くわけにはいかず、だから使い捨ての道具が使われ、そしてフォードは金さえもらえれば道具になる。間違いではない。正しすぎて、気持ちが悪い。

なるほど、簡単にはここには順応しきれないものだった。

それがこんな時には鼻に付く。どうしようもない時に。

フォードは頭を低くし、日差しを避けるように歩いた。炙られた空気が眼球を根こそぎ焼こうとする。服にフードをつけておけば良かった、とフォードは後悔を垂れ流しにしながら足を進めた。事務所は数ブロック先にある。エヴァは、数メイル先を歩いている。殆ど肌を露出したような服の上からフードつきのゆったりした生地を羽織っている。影が地面に染み付いたみたいに黒々としていた。日差しが強くなるほど薄らいだ輪郭が個体の質感を持ってくる。街中には静寂が満ち溢れている。時々向こう側や背後から思い出したように人が現れるが、連中この気温ではフードを揃いもそろってかぶり、同じように黒い影を引きずって、足早に行き過ぎる。フードの中にも黒い影が立ち込めている影がちっとも重くないというように速く。

「遅い」と、エヴァは立ち止まって、のろのろと引きずるような動きながらのフォードが追いつくまで待つと、「やってられねえ気分にさせられるのさ」とフォードも速度を速めて抜き去った。影は重い。フォードが生まれたのは事務所があるブロックに着くまであと10分くらい。そこから五分くらいかけて、細い路地を抜けて、その一番奥のビル。金持ちどもが住んでいる緑と水いっぱいのきれいなおうちから一番離れた地区にあるというわけだ。影が後からついてくるので、歩いてもなかなか縮まらない道のりに苛立った。腹は減っているが、そんな気分はめっきりと消えている。少し大きな通りだから、先がはっきり見えて、引き伸ばされた時間をじっくり味合わされる。手のひらで汗を拭き、背中からのしかかる高熱から意識をそらそうとしてもできるものではなかっく、沈黙の合間に相棒が挟んでくる声がやたらと気に触る。ヤスリで神経をすり潰す振る舞いだ。皮ブーツに入った砂がじゃりじゃりと足に食い込む。先に進む。角を曲がる。

「いい天気だ。そう思うだろ、フォード」相棒は、微笑みながら「きっといいことがあるのさ、こんな日には、きっと」エヴァは、どこまでも呑気な調子だった。他人の事情を斟酌しないことが何かの信念であるかのように。こちらが顔をしかめると白い歯を見せる。なんということはない。何時ものことだ。誰も彼も同じように振る舞うエヴァは確かに優れた甲殻乗りだが、酷く同業者には避けられている。仕入業者とは反対に。

金を、甲殻の部品や素材には惜しみなくばらまくのでそのぶんそちらからの受けはいい。対して関わらなければ、ただの上客なのだ。エヴァが、単なるカモには成り下がらないと知っているから、皆そうする。それで、エヴァは満足している。望みが満たされているからだ。フォードはエヴァが相棒でいてくれるだけ感謝しなくてはなるまい。分け前は半分。守る限りはお互い相棒でいられる。

とんでもないろくでなしはお互いさまさま、だ。

そのエヴァが言う。

「だらしない、お前は。なあ、フォード」これは、ガキにでもわかる言い草だ。

「うるせえな。静かにしろい」と、フォードはエヴァを見ないようにする。

「こんな暑さがどうしたんだ、てことだ」

「お前が熱いのが好きなだけだ。頭を焚き火の中に突っ込んでくるといい。きっといい気分がするさ」その返答に笑う気配がした。

「それよりもうすぐ事務所だ」フォードは笑えもしない。「喉が渇いた」

後はもう、路地に入ってすぐだ。手前まで来ている。事務所は、ここよりは涼しい。水が飲みたかった。乾いた喉が、砂粒混じりの風に表れていがらっぽく、湿らない舌を口の中でこね回した。

さらに何か言ってくるエヴァの声が遠ざかっている。余計な事を考える気分になった。しばらくは、夢でも見たい。金がないのが全ての原因なら、金を作った奴はどんな悪党だったのだろう。酒や、上手い食物を腹に詰め込むのにいくらかかったのか、考えるだけでも、後悔が追いかけてくる。その酒や、食べ物がどうしたのだ。なにも、ならない。

甲殻にでもつぎ込んでおくほうがマシだったか。

フォードは、自分達がなんと呼ばれているか知っている。「ろくでなしのクソ野郎」だ。いつだって、どこだってそう呼ばれる。エヴァは、気に入っている。素敵なあだ名だと、よく似合うとフォードも思っている。喉が渇いてる。事務所のあるビルに通じる細い路地が見えた。

ふと、人影が見えた。

立ち止まって長い影を伸ばしている。男か。男だ。左手に何か持っている。

こちらを見ていた。見据えている。



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