普通にしているだけなのに
【前書き】
第七話です。
今回は現場での一日。
特別なことをしているわけではないのに、少しずつ“違い”が見え始めます。
どうぞお楽しみください。
朝。
美南――いや、今は岩田は、作業着姿の自分を見下ろしていた。
(……ほんとに行くのね、現場)
鏡の中には、相変わらずゴツいおっさん。
(昨日までモデル。今日は現場作業員)
(人生、振り幅おかしくない?)
小さく息を吐く。
(まあいいわ)
(やるしかないもの)
ヘルメットを被る。
「岩田さん、行きますよー!」
外から若い声。
「……今行く」
低い声が自然に出た。
(この声、まだ慣れないんだけど)
そう思いながら、現場へ向かう。
◇
資材が積まれ、鉄骨が並ぶ現場。
朝の空気は慌ただしい。
「おはようございます!」
若手が元気よく頭を下げる。
「……おはよう」
短く返す。
(なるほど、こういう雰囲気ね)
周囲をざっと見る。
人の動き。
導線。
荷物の置き方。
(……ちょっと危ないわね)
一瞬で分かった。
その時。
「うおっと!」
若い作業員が、重い資材を無理な体勢で持ち上げようとする。
(それはダメ)
思わず口が動く。
「その持ち方だと腰やるぞ」
「え?」
若手が固まる。
「……あ」
手元を見る。
確かに、無理な姿勢だった。
「こうだ」
岩田は近づく。
軽く位置を直す。
「重心を落とせ」
「……あ、軽っ」
持ち上がる。
さっきより明らかに楽に。
「すげ……」
思わず声が漏れる。
(基本よ)
(無理な体勢は全部アウト)
内心で頷く。
「ありがとうございます!」
「……別に」
短く返す。
だが。
その様子を、少し離れた場所から見ている連中がいた。
「なあ……」
「なんだよ」
「あの人、今日なんか違くね?」
「……あー」
視線が岩田に集まる。
無駄がない動き。
余計なことを言わない。
でも。
必要なところだけ、ちゃんと見る。
「……なんつーか」
ヤンチャそうな若手が、ぽつりと呟く。
「ちゃんとしてるっていうか」
「今さらかよ」
「いや、そうなんだけどさ」
少し考えてから。
「……あの人、ちょっと違うわ」
言い方が変わる。
「……あの人」
その一言で。
周囲の空気が、ほんの少しだけ変わった。
一方で。
「……?」
岩田本人は、まったく気づいていなかった。
(なんか視線多くない?)
(気のせいかしら)
その時。
「岩田さーん!」
別の声が飛ぶ。
「ちょっとこれ見てもらえます?」
呼ばれて向かう。
(はいはい)
(今行くわよ)
内心で返事をしながら。
歩き出す。
その背中を。
何人かが、じっと見ていた。
「……なあ」
「ん?」
「俺さ」
ヤンチャな若手が、小さく呟く。
「ちょっと分かるかも」
「何がだよ」
「……あの人のこと」
「……」
一瞬の沈黙。
「……やめろ」
「変な方向いくな」
すぐにツッコミが飛ぶ。
だが。
「いや、違ぇよ!」
慌てて否定しながらも。
視線は、まだ岩田を追っていた。
そして。
その頃。
(……この現場、意外と楽しいかも)
岩田は、そんなことを考えていた。
第七話をお読みいただき、ありがとうございました。




