#1
俺がこの仕事を始めたのはほんの少し前。目が覚めるとどこかの天井が一番最初に見えた。...当たり前か。
そこは病院であった。しかし、俺は自分の名前が思い出せずにいた。医者によると頭部外傷による記憶喪失。
しかし、自分の職業と自分が「三郎」と名乗っていたことだけは覚えていた。退院後、携帯に一通のメールが来た。読んでみるとどうやら仕事の依頼内容のようであった。
地図を頼りに用意された車と鍵、写真を受け取りエンジンをかける。
「ん?」
三郎は気づいた。ハンドルとシフトレバーが妙に手に馴染む。彼の癖であろうか。
手が勝手に動く。
「これは...」
シフトレバーの握り方がとてつもなく不自然であった。下から鷲掴みにするような握り方。とても不自然なはずだった。――しかしほかにどう握ればいいのかわからなかった。
午前5時。都心から少し外れた街灯の少ない道をある一台の黒いバンが走っていた。吐く息は白く、アスファルトにはまだ夜の雨が水たまりとして残っていた。
運転席の男はある写真を見つめる。今回の「ターゲット」であった。カーナビなどこの車にはない。すでに切ってある。それに、これに「こんな道」は教えられないだろう。
その職業は近年、”ある伝説”がら始まった。
轢き屋。銃も刃物も毒も使わない。事故死に見せかけ、殺す。それが仕事内容であった。標識の名前も、標的の名前も、何もかも、覚えていない。
歩道でおそらく出勤するところを見つけた。イヤホンをしている。何を聴いているのだろうか。しかし何をしていても最期に聞くことになるのは自分が撥ねられた音であろう。
ブレーキは踏まない。ただまっすぐにアクセルを踏む。俺は記憶を失っているはずだった。しかし目の前の男を轢き殺すのに何も抵抗はなかった。
仕事終わりにコーヒーを飲む。自分はいったい誰なんだろう。記憶は戻るのだろうか。ボケっとしているとまた一通のメールが来る。
依頼内容を読み上げる。
「護衛...か...期間は...1カ月。」