#2
「初めまして。
あなたの評判を耳にしました。信じるべきか悩みましたが、他に頼れる者はいません。
私は来月、大きな商談を控えています。成功すれば、私の人生が変わります。
ですが、同時に多くの敵を作ることにもなります。
期間は一カ月です。お願いです。私の家族――妻と娘を、守ってください。
報酬は、誠意をもってお支払いします。」
自宅の位置情報、脅迫文の画像が送られてきた。
「自宅を見るに相当な金持ちだなこりゃ...」
豪邸というよりお屋敷のようであった。
三郎の頭のなかにとある疑問が浮かぶ。
「こんな金持ちそうなのになんで警察に出さないんだ?」
依頼人の自宅にたどり着く。事前に見ていたがやはり肉眼で見るとかなり衝撃である。
「日本にこんな屋敷があったとはな...」
当たりを見渡していると依頼人らしき人物が来た。
「こんにちは。今回は依頼を受けてくださりどうもありがとうございます。」
初老の男性は深々と頭を下げた。
三郎は軽く会釈した。
初老の男は気まずそうにしながら門扉を開けた。
男「中へどうぞ」
案内された客間はとても綺麗であった。
畳に一切のほつれがなく、座椅子に座った瞬間、井草のにおいが鼻に触れる。
柱は黒光りするほど磨かれていて、水墨の掛け軸には滲んだ山の絵が描かれていた。
お茶を出されたあと、男が口を開いた。
男「初めまして。尾島と申します。」
ん?尾島?そう思っていると名刺が渡された。
尾島グループ 代表取締役 尾島 慶蔵
尾島グループ。戦前は「尾島財閥」として、重工・鉱業・運輸・金融を中核に据えた五大財閥の一角を占めていた。
もともとは江戸中期から船大工として創業した「尾島屋」。御用船や廻船の建造で名を上げ、明治維新後は造船と海運を核に、近代産業の黎明期を牽引。
当時「海を支配した」といっても過言ではない財閥まで上り詰めた。財閥解体を経ても再統合し、「海の上で船と時代を動かす」のスローガンを掲げ、造船・物流・金融の三本柱を中心にさまざまな分野に事業を拡大している。
三郎(え、あの尾島グループ?)
とんでもないところから依頼を受けちゃったな...
慶蔵「さて、本題に入ります。私は一か月後に国際的な商談を控えております。これが成功すればわが社はより飛躍するでしょう。しかし、どこから情報が漏れたのかあの脅迫状が届いたのです。」
三郎「聞きたいんだが...なぜ警察ではなく、俺に?」
慶蔵「すでに警察に通報はしました。しかし、その翌日、我が娘が誘拐されかけました。間一髪、娘に持たせておいた非常用端末でなんとか防げました。」
三郎「つまり...警察に内通者がいると?
」
慶蔵「断言できませんが…もうそうとしか思えません。ここ最近気が気ではありませんでした。」
慶蔵「しかし、そこで…」
三郎「俺を選んだわけか」
慶蔵「裏社会で色々探るのは大変でしたが…あなたの腕は凄く良いと評判でした。それに、こういう護衛の任務を何回か受けたことがあるそうで。」
さて、ここで記憶喪失のことを話すべきか…
第一、俺は自分が何してきたか全く覚えていない。いや、そんなこと言ったらかえって混乱させるか。必死で掴んだ蜘蛛の糸がこの様じゃパニックになる。
三郎「ああ。任せてくれ。」
慶蔵「その言葉を待っておりました。それでは一カ月、何卒よろしくお願いします。」
慶蔵は深々と礼をした。
さて、一カ月か…ふと、庭の松の木に目がいく。風に揺られきれいに剪定された木々がかすかに鳴っていた。しかし、その木々の向こう、枝の隙間から異質なものが見える。黒いバンが数台。門の外には制服姿の警察が十数人。チャイムが鳴る。
三郎「待て、出るな」
厄介なことになったな…




