8.リンチ
暴力表現注意です。
「やっと大人しくなったな」
痙攣を続ける星羅を手に、影たちはくつくつと笑う。
「新田! お前、非能力者に雷とか正気か⁉」
「あー?」
同級生らしい生徒の声に、新田と呼ばれた影が返す。
「知らねえ」
「は……?」
絶句する。姿が見えなくても、にたりと残忍な笑みを浮かべているのがよくわかった。
「さて、まずは仲間の分をお返ししないと、なっ!」
鈍い音とともに、星羅の顔が右へ勢いよく振られる。血が数滴、地面を汚した。
歓声が悲鳴に変わる。
「おいおいおい、グーパンとかありかよ⁉」
「ひどい……!」
体がボールのように、空高く投げられる。重力に従って落ちてくるその体の真下に立ち、
「おらぁっ!」
勢いをつけて振り上げられた拳が、鳩尾に直撃した。
「がっ――ごぶっ」
「おわっ、きったねえ」
口から、未消化の吐瀉物が大量に吐き出される。影は難を逃れたが、星羅は受け身も取れずに白いそこへ倒れ込む。
「おーい、しっかりしろよ?」
「お前が汚したんだからお前が綺麗にしろよな」
ぎゃはははは、と汚い笑い声がアリーナに響く。
頭を踏みつけ、なじり、唾が吐かれる。
外野は完全に沈黙していた。
鍵は壊されていて助けに入れない。強引に突入できても、姿を消す〝アーツ〟の力で逃げられたら手に負えない。なにより、こんな暴力的な場所へ飛び込む勇気がない。
女子が何人か、口元を抑えて走り出す。残っている生徒たちも皆顔色が悪い。
金網を掴む誰かの手が、力任せに針金を歪めた。
ああ、アア、嗚呼‼
今この場で最も許せないのは、ただカメラを向けているだけの自分自身だ‼
動かなきゃ。助けなきゃ。でも、暴力の矛先を向けられるのは怖い。
「……くそがっ」
誰かが自分に向けた罵倒は、そのまま全員に当てはまった。
怖い。助けたい。でもやっぱり怖い。
怖くて、怖くて、怖くて。頭がどうにかなってしまいそうだった。
星羅の体が宙に浮く。服に歪なところはない。首を掴まれているのか。
バレッタがひとりでに動く。なにをしているのか、と目を細める。
ばりっ
そんな音がしそうな勢いで、バレッタが引きちぎられた。
ひゅ、と誰かの喉が鳴る。
「おい、おい……おい!」
「なにやってるんだ、バカ‼」
「正気⁉」
「よせ、やめろ!」
一人の声を皮切りに、再び声が上がる。
バレッタが地面に落ちる。次になにをされるのか、相手の姿が見えなくてもわかった。
星羅の指が動く。動いただけだった。
「やめて‼」
後先考えずに奏は叫んでいた。同じ女の子だからわかる。身につけているものが壊される恐ろしさが。
いっそこのまま、こちらがターゲットになればいい。ああでも、やっぱり怖い。
嫌な汗が噴き出す。
――だが、バレッタにはなにも起こらなかった。
「あ?」
そして、影たちにも異変が起こる。
「え、なんだ?」
「動かない?」
それは、奏たちも同様だった。
体が、まるで一時停止したかのように動かない。
困惑の中で、しかし原因はすぐに思い当たる。
影が、伸びていた。
まるでアリーナ内のすべての影を繋ぎ合わせたかのように、影と影の間に黒い線が伸びている。
「……河原?」
奏が呆然と呟く。
「柳内さん! 樋口!」
それに応えるように、アリーナの外から声が飛び込む。
「助けに来た! 先生たちもすぐに来る!」
影たちがどよめく。
待ち望んでいた言葉に、奏たちはようやく安堵のため息を吐き出した。
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