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6.案内するよ

後半、暴力表現注意です。

「柳内さん、一緒にお昼食べよう!」

「……わかった」

 四限目の授業が終わるや否や、奏は飛びつくように星羅を誘った。勢い余って引かれただろうが、関係ない。そもそも学園の案内も満足にできていないので、それも兼ねていた。

「うちの学食、ぜんぶ無料なんだよ。だから好きなだけ食べていいんだって。あと放課後になったらオヤツも提供されるの!」

「……そうなんだ」

 能力者育成学園は、全国四十七都道府県に一つずつ設けられている。官民共営の施設であることと、子どもたちが大半の時間を過ごす場所であるため、快適さを惜しまずに作られている。

 学生寮では朝晩の食事が提供されるし、学食では昼食とオヤツ。生徒たちの教科書や体操服など、授業に必要で金がかかるものは基本的に学校から支給される。衣服や文房具をはじめとしたものは個人の管理となるため、各家庭で賄われた。

「おばちゃん、日替わり定食二つ! 私とこの子の分!」

「はぁい。あら、初めましてかしら?」

「転校生。今日来たの」

「……どうも」

「あらまあ、可愛らしいね! これからよろしく。はいこれサービス」

「え……」

「えー、おばちゃん、私には?」

「ごはんとみそ汁のお代わりならあるよ?」

「それいつもじゃん!」

 笑い合いながら奏はトレーを受け取り、呆然としている星羅を連れて席に着く。

 百人ほどが入れそうな食堂は盛況だ。教師もここを利用しているらしく、姿をちらほらと見かける。それでも満席にならないのは、総人数よりやや広く作られているためだ。

「いただきまーす」

「……いただきます」

 日替わり定食――焼き魚とみそ汁とごはん、漬物、小鉢が二つ――を前に、向かい合う形で座って食べる。星羅のトレーには、食堂のおばちゃんがサービスしてくれた小さいゼリーもある。

「どう? 美味しい?」

「……美味しい」

 味噌汁を一口飲んだ星羅が頷く。安堵しているように見えたが、気のせいだろうか。

「でしょー? 他のメニューも美味しいんだけど、私は日替わりが一番かな。食べ終わったら校内をぐるっと案内するね」

「……わかった」

 星羅は特に好き嫌いもアレルギーもなかったようだ(ただしゼリーは食べていいのか悩んでいた上に、開け方がわからず奏が代わった)。空になった食器を厨房に返し、学園を玄関からぐるりと回っていく。

 色とりどりの靴が押し込まれた靴箱。保健室に職員室、家庭科室、工作室、理科室、音楽室。

「あとは学年ごとの教室があるだけだねー。うちって人数少ないから一学年一クラスで足りちゃうのよ。柳内さんは二クラス以上の学校にいたことってあるの?」

「……ある」

「へー。最大何クラスあった?」

「……六クラス」

「おお、噂に聞くマンモス校?」

「……違うと思う」

 能力者育成学園で預かるのは十八歳まで。高等部を卒業したら、それぞれが選んだ道を進む。それは就職かもしれないし、進学かもしれない。いずれにしろ、今よりもずっと大勢の人――それも非能力者たちに囲まれて過ごしていくのだ。橋本から今のうちに進路を考えておけ、と言われているが、すでに進路を決めている人は片手で数えるほどである。

「あ、そうだ。あと体育館とアリーナがあった」

「……先生も言っていた。アリーナってなに?」

 初めて、星羅からまともな質問が飛んできた。そのことに歓喜しつつ、奏は答える。

「アリーナは、自由に能力を使ってコントロールを磨くための場所。体育館の近くだから一緒に案内するよ」

「……わかった」


 体育館はきちんとしたものだった。バスケットボールのコート二面分の面積に演説用の舞台、そして体操器具をしまう倉庫がきちんと備えられていた。3on3やバドミントンで遊ぶ生徒たちを尻目に、奏たちはアリーナへ向かう。

「これがアリーナ。基本、ここでしか能力を使っちゃいけないから、昼休みや放課後は取り合いになるんだよねー」

 それは、二重の金網で囲まれた場所だった。広さは教室一つ分。上までしっかりと金網で閉ざされており、電子キーの扉でなければ出入りはできない。むき出しの土の上に立っているため、まるでどこかの違法闇闘技場のようだった。

「……でも、誰もいない?」

 星羅がぽつりと呟く。

 そう。アリーナの周辺に人だかりはできているが、中には人っ子一人いなかった。いつもなら予約した生徒が撃ち合いなんかをしているのに。

「ホントだ、珍しいね」

 奏はアリーナに向かい、近くの上級生に訊ねる。

「せんぱーい、どうしたんですか?」

「ん? いや、私らもわからないんだよ。誰か練習してるかなーと思ったんだけど、アリーナが開かなくって。故障かもしれないから、今先生を呼びに行ってるんだ」

 そう言えば体育の時間に、橋本がアリーナは使えないと言っていた。なにかのメンテナンスだろうか。しかし、それだったら掲示板やアリーナ入り口にその旨が張り出されているはず。

「うーん……。柳内さん、どうする?」

 奏が振り向いて訊くと、星羅はまばたきを一つした。

「……どう、とは?」

「あー、このままアリーナを見てるか、教室に戻るか」

「……どっちでも」

「そ、そっか」

 一番対応に困る返答をされ、奏は考える。

「うーん、じゃあ教室に戻ろっか」

 星羅がこくりと頷いた。

 がちゃん

 金属音がしてアリーナの扉が開く。

「え?」

「開いた?」

 生徒たちがざわめく。

 星羅たちが振り向くと、見えないなにかで体を締め付けられた。

「わっ!」

「っ!」

 勢いよく引っ張られ、アリーナの中へと放り出される。生徒たちから悲鳴が上がる。

「わああっ⁉」

 盛大に滑りながら、奏は自分の腕でなんとか顔を守った。

 その横で星羅は、転がりながら受け身を取り膝立ちになって辺りを見回す。

 アリーナの中は、外から見た以上に檻に見えた。

「ちょっと、マジで⁉」

 外から焦った声が聞こえる。

「鍵は⁉」

「ダメだ、ロックされてる!」

「誰か先生呼んで来い! あと機械に強いやつ!」

 にわかに騒がしくなり、何人かが走り去る。

 星羅は全身が強張っていくのを感じた。

(久々の感覚だ)

 心臓がざわざわする。骨が軋むように痛い。

 少しでも違和感を見逃さないよう、神経を尖らせる。

「きゃっ⁉」

「っ」

 奏の悲鳴に目を向けると、彼女の姿はなかった。

 アリーナの中には、星羅ただ一人。

「ちょっと、なに、離して!」

「大丈夫、じっとしてて! すぐ終わるから!」

 ……いや。姿が見えないだけで、人の気配はする。グラウンド特有の砂色の地面には、黒い影が複数落ちていた。

「おっと動くなよ、無能」

 影の一つから声が飛ぶ。

「お友達に手を出されたくなかったら、持ってるものぜんぶ出せ」

「…………」

 星羅はちらと、奏がいるだろう方向を睨む。巻き添えを回避するためか、それとも星羅のひと睨みが効いたのか、二つの影が一歩下がった。

 アリーナの外からは続々と声が上がる。

「は? お前まさか、新田⁉」

「どういうこと⁉」

「〝アーツ〟だ! 透明化の〝アーツ〟! 保管庫から盗んだってのか⁉」

 外野の声に、透明な誰かが不機嫌そうに舌打ちする。

「チッ、黙ってろよ。おい、さっさとしろ」

 星羅は首元に手を突っ込み、鎖で繋がった〝アーツ〟を引っ張り出す。それを無造作に放り投げると、すかさずそこへ影が一つ駆け寄った。

 バチンッ‼

「いってぇ‼」

 電気がショートしたような音と光が走る。悲鳴が上がり、一瞬人の姿が見えた。若い、星羅たちよりもいくらか年上の男のようだった。

「てめっ、今なにをした⁉」

 声を荒らげる影たちだが、星羅はなにもしていない。首を横に振るが、影たちは喚き立てる。

「ふざけるな、〝アーツ〟に触れないよう細工したんだろう⁉」

「んなわけねーだろ!」

 外野から声が飛び込む。

「適合した〝アーツ〟は基本的に適合者しか触れないとか常識だろ!」

「非能力者って、今日転校してきたって子でしょ? それを集団で襲うとかなに考えてんのよ⁉」

「見損なったぞ!」

「そんなんだから能力者が危険視されるんじゃない!」

 非難囂々である。星羅が驚いたように生徒たちを見る。口をぽかんと開けたまま硬直していた。

 影の方から再び舌打ち。

「やるぞ、お前ら!」

 影が動き出す。星羅を取り囲み、後ろから羽交い絞めにされる。

「バカ、なにするんだ⁉」

「ちょっと、やめて、やめなさいよ!」

 生徒と奏の懇願が響く。星羅の目には、醜く笑う男の顔が空気中に輪郭を得て映っていた。

「――っ、かはっ」

 拳が一つ。星羅の腹を抉った。

 生徒の中から悲鳴が、影の中からどよめきに似た歓声が上がる。

「お? 意外と手応え……」

 ないな。星羅を殴った男はそう続けたかったのに、

「がっ、……⁉」

 的確に鳩尾を蹴り抜かれ、言葉と意識を失った。

 呆然とする周囲が次に我に返ったのは、別の悲鳴が聞こえた時。

「ぎゃああっ⁉」

 星羅の真後ろから聞こえた汚い悲鳴。するりと星羅の体が地面に降り立ち、軽い足取りでペンダントを取り戻す。

「ゆ、指……指がああああっ‼」

「小指くらい、すぐくっつく」

 泣きじゃくる透明な男へ、星羅は温度のない声で答える。

「……複数人で襲われた。同級生を人質に取られた。武器を奪われて拘束された」

 淡々と。一つ一つ罪状を読み上げるように、先ほどまでの事象を並べていく。

「そして、殴られた」

 鎖を首にかけ、そこから外したものが身の丈を越える大鎌となる。

「命の危険を感じたため、反撃する」

 真上の太陽を浴びて、死神の刃がギラリと光った。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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