06 転生令嬢は平穏無事に過ごしたい
慣れ親しんだ闇に包まれ、静寂に身を委ねる。
このままずっと目を閉じていたいと思う気持ちと相反するように意識が覚醒する。
ゆっくりと瞼を持ち上げると、半開きカーテンの隙間から暗い部屋に差し込む月明かりが見えた。
見慣れたようで見慣れない天井に反射する月の光、こちらの世界にも月はあるのか。
天井を見つめながら、思考を巡らす。
一回で十分だと思ったのに、人生二度目の気絶。
我ながら大分動揺していたようだ。
まぁ動揺しても仕方ないか、悪役令嬢とかマジあり得ないんで!
ここはひとつ冷静になって考えてみようじゃないか、おいでませ賢者!
ネット小説でよくあった悪役令嬢転生モノは「乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生」するものだ。
シナリオ通りに進むと婚約破棄されたり、断罪されたり、国外追放にあったり、処刑されたりする。
前世の記憶を持って生まれ変わった悪役令嬢は悲惨なシナリオを回避すべく頑張る。
結果として溺愛されたり、熱愛されたり、逆ハーだったりして、ハッピーエンド。
概ね、そのような筋書きだったように記憶している。
さて、自分の身に置き換えて考えてみよう。
「転生」「令嬢」「ファンタジー」というのは如何にもソレっぽい。
が、そもそも「悪役令嬢がいるオトメゲーの世界」とは何だろうか?
前世はガチのゲーマーだった私は家庭用据え置きゲーム機から始まり、携帯ゲーム、パソコンにスマホまで、様々なゲームを遊んだ。
RPGに始まり、アクション、アドベンチャー、ホラーに推理、ビジュアルノベル。
もちろん、喪女らしくオトメゲーマーでもあったから、少なくない本数の乙女ゲーを遊んだ。
けれど所謂「悪役令嬢」が登場するようなゲームは無かった。
それらしいキャラが登場しても、せいぜいがライバルどまりで、嫌がらせもしなければ、婚約破棄も断罪イベントも悲惨な結末もない、むしろ友情EDがあるようなものだった。
ネット小説を読みながら「悪役令嬢が登場するオトメゲー」というもがあるものならやってみたいと思ったけれど、私が知る限りはなかった。
導き出した結論は悪役令嬢転生モノは「悪役令嬢が登場する乙女ゲーム」も込みで創作だということ。
絶対とは言えないけどそんなゲーム自体存在しないんだ、と。
ピンクの髪の人がいたり、魔法があったりで、ファンタジー要素があるのはわかる。
でも、私にとってはファンタジーだけど、この世界では現実だ。
きっと普通の事で、そういう世界なんだ。
会う人会う人美形ばっかりとか、そこらへんはどうなのよ?と思うけどさ。
でも、ただそれだけ、普通のって言い方は変だけど、ただの異世界転生に過ぎない。
だとしたら「悪役令嬢」なんか存在しないし、よくある「ゲームの強制力」だってないんじゃないの。
魔法があるくらいだから、スキルやレベル、ステータスみたいなのはあるかもしれない。
いわゆるチート無双や知識チートで成り上がりとか、そんなのだってあるのかもしれない。
でも「かもしれない」だけで、今のところは分からない。
少なくとも今の私は何も持っていないし、前世の記憶はあるにしてもそれを除けばごく普通の人間だと思う。
そう、ごく普通。
悪役令嬢なんてもちろんなりたくないし、勇者にも聖女にもなりたくない。英雄譚も冒険活劇もラブロマンスも愛憎劇も見ているだけで十分、フィクションだから楽しめるのであって登場人物になんかなりたくない。疲れそうだし。
米沢芹那としての最後の記憶、コンビニに突っ込んでくる乗用車。多分あの時私は死んだんだろう。
未来に特別な期待や展望があったわけでもないけど、32歳では人生を全うしたとは言い難い。
心残りだってありありだ。あの時買うつもりだったコンビニスィーツだって食べたかったし、封を切ってない大吟醸だって飲みたかった、積みゲーだってクリアどころかいずれはコンプリートするつもりでいたし、新作を楽しみにしている小説や、続きの気になる漫画だってあった。父さんや母さんの老後だって気になるし、就職が決まった弟にお祝いだって買ってあげるつもりだったのだ。
堅実な性格が幸いして、生命保険にはしっかり入っていたから保険金は下りるだろう、私には何の責任もない事故死だったからバッチリ満額出ると思う。だったら両親の老後は心配しなくてもいいのかもしれないけどさ。
ともかく、日本人の平均寿命までは生きるつもりでいた、年金だってもらう気満々だった、それが32歳で途中退場。
なんだかもう、色々とがっかりだよ!
そう思うと泣けてくる。泣いたってしかた無いのはわかってるよ、わかってるけどさ。
幸か不幸か、転生して与えられた二度目の人生、前世にできなかったことをするチャンスでもある。
かといって直ぐに、二度目の人生頑張ろう!とか前向きになれるわけでもない。
人生やり直しって結構気力いるんじゃない? おまけに異世界だし。
そりゃ、好きなことを好きなようにして生きていければベストだけど、そうもいかないこともあるだろう。
でもせめて…途中退場はもうごめんだ。
細く長く省エネモードで構わない、目指せ天寿全う!波乱万丈ノーサンキュー!
二度目の人生は平穏無事に過ごしたい!!
かなりアバウトだけど、第二の人生のささやかな目標と今後の行動指針を定めた私は決意をもって天井を見据えたのだった。