勇者のネタ②
あけましておめでとうございます。とあるネタを調べていたら沼って年を越してしましました。
というわけで息抜きに遥か時の彼方に置き去りにしていた勇者のネタ②です。
前回の勇者のネタ①では流行の召喚勇者や転生勇者を弄りました、ですので今度は一般的普遍的な勇者をネタにします。
①勇者の定義
本来なら勇者のネタ①ですべき大前提ですが”勇者”とは何か?
”勇者”だ、と認識される要因としてぱっ、と思いつくのは――
・魔王(困難)に挑む人物
・勇者専用の装備を手に入れた(武器・道具に選ばれた)
・勇者の家系(そう文化・習慣・宗教的に認知されている)
・国家や宗教組織(あるいは神)に任命
・世界設定として職業・称号・ジョブなどとして”勇者”がある
・勇気あるもの(またはそれにより周囲に勇気を与えるもの)
こんなところだろうか? 少々数が多いのでもうちょい纏める。
・受動的勇者(国家、宗教、神、武器、血筋など本人の意思ではなく何か選ばれる)
・能動的勇者(困難に挑む、勇敢な行いをするなど本人の意思決定による)
某有名勇者作品で承認勇者や成果勇者などいろいろ分類されているのを読んだことがありますが、収斂すれば『勇者であれと何者かに選ばれた』か『勇者であろうと自ら選んだ』の二択に別れるかと。
勿論、両方の性質をもつものが勇者のこともあるでしょうが、
例:『勇敢な行動の結果、国や神に勇者と認められる』
これなんかも先ずは能動的勇者行動の結果でしょう(世界観的な勇者の定義は置いといて)。
逆に、
例:『国や神に勇者として選ばれたので勇者に相応しい行動をとるようになる』
こちらは受動的に勇者となりそれから能動的に動くパターンでしょう。
つまり天然モノと養殖モノ的な違いですね(違うッ)。
まあ、強制的に困難な状況に放り込まれ何とか生き残ったら勇者と讃えられパターンなんかもありそうですが(汗)。『勇者なんかなりたくないのに劣勢な戦場に放り込まれて無理矢理戦わされた』的な(強制受動的勇者?)。
何にせよ、なぜ勇者なのか? ――この一点だけで物語を織りなす糸の最初の一本が紡がれることになるでしょう。
ネタ:勇者にされたヘタレは勇者になりたい
弱虫な見習い騎士ヘッターレは初陣で恐怖のあまり敵前逃亡をしてしまう。しかし馬が暴走、偶然敵の別働隊に突っ込んでしまい友軍の危機を救ってしまった。一躍『一人で突撃するなんて勇者だ』と持ち上げられ騎士叙勲に憧れの令嬢との婚約と人生薔薇色へ。
しかしそんな上手い話が続くはずもない、ヘッターレの本性を知るツンな姉弟子の疑惑の目、格下の出世に嫉妬する同期たちの悪意、ヘッターレを信じる後輩騎士の尊敬の眼差し、善意から激戦区を任せる大貴族(令嬢の親)が襲い掛かる。
騎士の地位や愛する人のため、何よりザクザク突き刺さる良心への呵責に苛まれながらヘッターレは勇者であろうと震える足を踏み出し、涙を流しながら剣を握り締め困難に挑む『得たものを失う恐怖』故に。
キャッチコピーは、これはヘタレが勇者になるまでの物語――ではない。『勇者なるより、勇者でいるほうが大変なんだよ』とヘッターレは嘆く。
②受動的勇者
さてヘッターレ君の例にもれず受動的勇者に本人の意思は関係ありません。勇者を選ぶ側の思惑が重視されます。
究極的にそこら辺の食堂の看板娘(得意料理はドラゴンの活造り)でも『あんた今日から勇者ね』と選ばれてしまったら勇者なのです。竜王を倒し王子さま(29才独身)を助けないといけなくなります(……王族の婚活に使えそうですね勇者任命)。
この受動的勇者はネタにしやすいです。何せ勇者側の意志や資質なんて関係ないですから。
例えば、
人間と不倫したA神『息子やお前勇者ね』
A神と対立するB神『いえ、うちの子が勇者よ』
B神を否定するC教会『この聖女こそ勇者なり』
C教会が嫌いなD国王『俺が、俺こそが勇者だ』
D国王と一緒がいいE姫『私も勇者です』
E姫を以下エンドレス
とまあ、選ぶ側の思惑次第で極論無限に増える可能性もあります。勇者のバーゲンセールですね。石を投げれば勇者に当たる的世界も……
さらに選ばれる側の勇者の意志や資質が関係ないということは、無能や悪人なんかが混じってくる可能性があります。無論、勇者という母体数が増えれば優秀な人材が勇者になる可能性もありますが、同時にそれ以上に相応しくない人物が勇者となるでしょう。
一般的に偽勇者、なろう的にいえばかませ勇者と呼ばれるような存在です。自称勇者なんかも自分で勝手に自分を勇者と選んでいる形ですね。
箔付けを欲しがる貴族の子弟、名声を利用したい商人、勇者の名の下にやりたい放題したいだけの盗賊なんかも勇者の名を欲するでしょう。
勇者になりたがる彼らは、しかし誰かに選ばれ勇者になる存在です。受動的勇者の闇といいますか影。勇者の道具化ですね。ヘッターレ君も望まない偽勇者と言えるでしょう。
ネタ:世界は勇者に支配されていた!!
勇者の血を引くものは全て勇者とされるユウシャ国。この国では『勇者にあらずんば人にあらず』を大義名分に勇者の血を引くか引かないかで人生の全てが決まってしまう。非勇者は職業の自由は無く、勇者との結婚も認められない。勇者間でも『俺は勇者の血を4096分の1も引いている』『僕は2048分の1だ』と優劣が決められる。
しかもユウシャ国に逆らう人々は『魔王の支配から解放する』『絶対正義悪即殺』『俺たちが勇者だ正義が俺たちだ』『逆らう奴は世界を滅ぼす魔王』と勇者軍団が制圧するまさに勇者の理想郷。
そんな中『こんなの絶対おかしいよ』と立ち上がるものたちがいた。勇者の血を引きながら人を対等の存在と見做す異端の勇者たち。
国家により勇者認定を取り消された彼らは自らをこう呼ぶ……『偽勇者』と。
血統主義勇者と自称偽勇者の戦いが始まる。
③能動的勇者
さてヘッターレ君のうっかりは別として能動的に勇者になる場合でも、それを目的に行動した訳ではないでしょう。強いて言うなら認められたというべき存在です。
そもそも勇者の勇とは、危険や困難或いは恐怖や死さえ認識してそれでも挑むことです(認識してない場合は無謀や蛮勇?)。補足すると他者の勇気を呼び起こすことも勇と呼びます。ヘッターレ君は危険も死も認識してたのである意味勇者のなる資質はありますね……行動は真逆ですが(汗)。
能動的勇者の場合は本人の思惑が重心となるでしょうか? 周囲の環境(国家や宗教、或いは立場や風習)の影響は受けても最終的に勇者と見做される結果や成果を果たすその理由が彼らの基点といえるでしょう。
自己犠牲的精神の発露や愛する人を守るため或いは、職務的義務感など善意や誠意と呼べる感情からの行動もあれば一転、他者の失敗や組織の欠陥の尻拭い的立場への反発、絶望的戦況への怒りなど一種の諦観でも己の意思を手放さないのが彼らです。
……もっとも、その困難や危険――試練を潜り抜けたものが勇者とされる一方、その数倍数十倍の勇者になれなかったものがいることになります。
他の言葉に置き換えるなら、旗を振るうもの、先頭を歩むもの、道なき道を進むもの、背を以って鼓舞するもの――こんなイメージでしょうか。たとえ倒れても次の勇者が顕れてしまうからこそ勇者と呼ばれてしまう存在(敵対勢力からしたら倒した後でも面倒な存在ですね)。
能動的勇者の本質を考えると受動的勇者に比べ、自由度は高いと個人的に考えます。
暴論ですが受動的勇者は、選択者の駒でありその行動には枷があり名声は委託されたものです。対して能動的勇者は世界を掻き回す側なのです。
これはどちらが上か下かではなく性質の差だと考えます。前者は組織が保証した資格や称号であり、後者は個人の能力と実績からの認識だからです。どちらも使い方次第なんですがね。
ネタ:勇者になったヘタレは勇者をやめた
ヘッターレは義父(予定)の善意から激戦区に放り込まれ、巻き添えになった嫉妬深い同期や、呼んでないのについて来た尊敬の眼差しが痛い後輩とともに姉弟子のお陰で勝利し凱旋する。
しかし名実共に勇者となり令嬢との結婚式が迫るヘッターレは知ってしまう。最近デレてきた姉弟子の魂が魔王マネーモンに質草として握られていることを。
『勇者であること――周囲にそう認識されている縁――と引き換えなら交換OK』と悪魔ならぬ魔王の取引を持ちかけられたヘッターレは、勇者であることを選ぶか愛してるかどうか微妙な姉弟子を選ぶか決断する!!
*補足情報として作中世界でこの後”勇者”の称号は乱発され大暴落をおこします。
勇者について徒然なるままに書きましたが、皆様の勇者感を固めるのに役立てば幸いです。ぶっちゃけ普遍的と書きつつ一人一人の勇者がいるのがそれこそ普通だと思いますので。




