033
「明日さん! 明日さん!」
まろやかな微睡を、聞き馴染み始めた声が壊す。僕は瞼をあげると、心配が顔に表れているラジエルが視界一杯に映った。
視線を這わすと、辺りは暗くなって夜の山の装いをしていた。僕は節々が痛む身体を起こす。
「大丈夫ですか? 一体何があったんです?」
背中を支えてくれているラジエルの表情はまだ心配が消えない。僕は一体どんな顔をしているのかが気になったが、心配かけまいと笑っておいた。
それよりも、さっきのは夢なのか。それとも、僕の記憶なのか。未来と呼んでいた人物が、記憶にある靄のかかる人物と同一人物とはなぜか思えない。それは僕が、人殺しを肯定するのが現実ではないからだろう。
人殺しの単語に反応して、首を大きく振り返らせる。しかし、背後には誰もいなかった。
「ブラディ・ロングの死体は、荼毘にふしましたよ……」
ラジエルの言葉で、倒れた場所と違うことにようやく気がついた。ここは溜池へ来る間に通った道だ。
あれこそ夢であってほしかったが、夢ではない。あの時の鼓動、感触、におい、渇きはまだありありと身体に残っている。それは僕がブラディの命をこの手で奪った証であり、人殺しになった証でもあった。
その残酷な現実が通身し、冷えた身体を両手で覆う。
「僕が……殺したんだ。ブラディを殺したんだ」
「……はい」
寒いから少しでも体を動かしたくて出した言葉を、ラジエルは受け止めてくれる。
「事故じゃない。パージを消せば、殺すことはなかったんだ」
「はい……」
「あの人がいなくなれば、あの人がいなければって、心のどこかで思っていたから、僕は何もしなかった。だって、あの人はラジエルを殺したし、シークさんも、プラックさんも殺した。僕も殺そうとしてきた人だよ。正当防衛だよね。そうだ、正当防衛だよ。僕の判断は間違いじゃないし、罪じゃない。僕はっ」
止まらなくなった言葉を遮ったのはラジエルの温もりだった。ラジエルが僕を抱き寄せて、両手で包み込んでくれる。僕の頭はラジエルの拍動する胸へと置かれた。
「明日さんは、正しいことをなさったんです」
頭上で聞こえた優しい声色に、喉の奥がギュッと縮まる。
「武力で人の命を奪うことを、正当化しちゃいけない……」
震えた声で正しいことを言ったが、あまりにも滑稽で苦しかった。
「言葉に殺されてもいけませんよ。彼らが拒み続けるなら、手段は限られます。明日さんは、正しいんです。私はずっと、明日さんの味方ですからね」
ラジエルの抱擁する力が強くなった。あまりにも胸の奥が苦しくて、枯れたはずの涙が嗚咽とともに漏れだす。僕は安心するラジエルの匂いに纏われながら、忍び泣いた。
僕はこんなにも弱く、一人じゃない。
「オジさんは?」
ひとしきりラジエルの胸で泣いたあと、僕は礼を言って立ち上がり、大きく深呼吸して、状況を整理するために尋ねた。
「オジさんはドラゴンを追いました。明日さんの体調が優れないなら、聾丹で合流する予定です」
「ドラゴンはどっちの方角へ飛んでいったの?」
「西へ飛んでいくのを目視しましたが、大丈夫なのですか? 顔色が優れていませんよ」
「ラジエルのおかげで十分休めたから大丈夫だよ」
身体は筋肉痛のような痛みがいたるところからする。このままふかふかのベッドに飛び込めば、すぐに心地の良い眠りの世界にいけるだろう。だが、竜騎士とも決着をつけなければいけない。
「辛くなったら、いつでも仰ってくださいね」
ラジエルは崩れそうな微笑で言った。
「うん。そうするよ……あれ? なんだろう」
返すように微笑んでから、ドラゴンが飛んでいった西の空を見上げると、夜空にうっすらとオレンジ色が滲んでいた。
「なんでしょう? 日没はしましたし、街明かりが届くはずもありませんしね」
ラジエルは首を捻った。僕はパージを発動して、近くの一番高い木の枝に飛び乗って、さらに上を目指す。周りの木々が晴れる高さまでやってくると、原因を理解した。
聾丹の町が燃えていたのだ。




