序章
「それではスキルを返して貰いますね」
背中から羽の生えた女が手を伸ばし、彼の胸に掌を当てると、彼の身体から熱いものがすぅっと抜け、纏っていた全能感が消え失せた。
「はい、これで手続きは終わりました」
始まりの教会で、事務的だが、どこか惹きつける笑顔を見せる女は、十年に渡る旅の終わりを告げる。
彼は二週間前に魔王を討伐してみせた。これで異世界転移させられ、神から課せられた天命と、授かったチートスキルともおさらばだ。無くなった全能感を惜しむことなく、彼は思った。
しかし、魔王討伐は仲間と共に成し遂げた出来事で、決して自分の力だけではないことを、痛いほど彼は分かっている。こうして帰還を果たせられるのは、自分だけの特権にして良かったのだろうか。そう、二週間迷い続けた。
「本当に……元の世界に戻られるのですか?」
監視者であった専属の天使は、眉をひそめて最後の確認をしてくる。
「ああ」
彼は視線を伏せて呟いた。この世界は自分の意志でやって来た訳ではない。楽しい思い出もあるが、心の傷となった思い出のほうが多岐に渡る。生傷が絶えず、疲労困憊の中、悪地での野宿は身を寄せ合うように丸まって過ごし、月明かりの無い晩に魔物の咆哮に怯え、食料が枯渇すれば、渇いた泥を主食にしなければいけなかった日々。様々な面からみても、元の世界のほうが命の危険は少なかった。
魔王は散った。共に過ごした仲間と共に。
彼はこの世界に未練は無かった。
「では、英雄様、お疲れさまでした」
天使の丁寧なお辞儀を一瞥してから、踵を返し、用意された現代へと通じる、怪しく青く光る門を潜った。青い光を抜けた先では、あのしみったれた平穏があるのかと、英雄は期待を胸に膨らませた。
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