第10話:寄り添う灯りと、大悪人の告白
「……熙子か。入ってくれ」
ふすまが静かに開き、最愛の正室・熙子が、盆を持って入ってきた。
戦国一の美女と名高い彼女は、嫁いでから何年経っても変わらない優しさと美しさで、俺の張り詰めた心を一瞬で解きほぐしてくれる。
盆の上には、俺が以前教えた現代の製法で作った、温かい鶏のすまし汁が乗っていた。
「少し、根を詰めすぎておられるようでしたから。お夜食をお持ちしましたよ」
「ありがとう、熙子。……いい匂いだ」
俺がすまし汁を一口飲むと、カツオと鶏の優しい出汁が、冷え切っていた五臓六腑に染み渡っていった。
熙子は盆を傍らに置くと、スッと俺の背後に回り、その小さく温かい両手で俺の凝り固まった肩を揉み始めた。
「また、途方もなく大きなことを企んでおられるのでしょう?」
「……分かるか」
「もちろんです。私は、あなた様の妻ですから」
熙子はふわりと微笑んだ。
「あなた様がこんなに難しいお顔をされるのは、あの一筋縄ではいかない斎藤道三様を言いくるめた時以来です。……私の前でくらい、無理に背負い込むのはおやめくださいませ」
その温もりと優しい言葉に、俺の中で張り詰めていた糸が、プツリと切れた。
俺は彼女の手をそっと取り、自分の頬に当てた。
そして、決して誰にも言えない秘密を、この世界で唯一、彼女にだけ打ち明ける決意をした。
「熙子。俺はこれから、日の本を根底からひっくり返す『大芝居』を打つ」
「大芝居……ですか?」
「ああ。俺は上様(信長様)を討つ。……いや、正確には、本能寺で上様を討ち取った『フリ』をして、あの方を海の外へ逃がす」
俺の口から出た言葉は、まごうことなき謀反の宣言だ。
「この計画が少しでも狂えば、俺は『天下の大悪人』として歴史に名を残し……お前や、明智の一族すべてを巻き込んで、破滅することになる」
幼い頃、河原で怪我をして泣いていたこの子を見て、「絶対に史実のような貧しい思いはさせない、必ず幸せにする」と誓った。
だというのに、俺は結局、彼女を最も危険な地獄の淵へと連れて行こうとしている。
「すまない、熙子。お前にも、辛い思いをさせる」
俺は懺悔するように、彼女の手を強く握りしめた。
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