第14話:金融制裁② ~兵站封鎖と内部崩壊~
信長の全権委任を取り付けた俺は、すぐさま行動を開始した。
この作戦の鍵となるのは、スピードと圧倒的な資金力だ。俺は事前に手はずを整えていた堺の大商人・今井宗久と連携し、かつてない規模の「経済封鎖」を実行に移した。
まずは織田信長の名の下に、比叡山周辺に点在していた関所という関所を物理的に破壊させた。
「ここから先は上様の直轄地! 通行税は一切不要! 誰もが自由に商売をすることを許す『楽市楽座』である!」
触れ回る織田軍の兵士たちの声に、最初は半信半疑だった商人や領民たちも、本当に税を取られないと知るや否や歓喜の声を上げ、京周辺の物流は爆発的に活性化した。
この瞬間、比叡山は長年頼りにしてきた「通行税収入」を完全に喪失した。
続いて、今井宗久の莫大な資本を元手にした『織田銀行(仮称)』の設立である。
「比叡山に借金がある者は申し出よ! 我らが無利子で肩代わりし、比叡山へ一括返済してやろう! さらに今後の商売の元手が必要な者には、年利わずか一分(1%)で貸し出すぞ!」
この発表は、借金苦にあえいでいた領民たちにとって、まさに蜘蛛の糸であった。
比叡山の土倉に殺到した人々は、「織田家が肩代わりしてくれた金だ!」と借金を次々と一括返済し、二度と比叡山から金を借りようとはしなくなった。
比叡山の僧侶たちは、次々と返済される大量の銭の山を見て最初は喜んでいたが、すぐに事態の異常性に気づき始めた。手元に金は戻ってきたが、誰も金を借りに来ない。つまり、金が「利息という新たな金」を生み出さなくなってしまったのだ。
「おのれ、織田信長め……! 小賢しい真似を!」
怒りに震える比叡山の高僧たちに対し、俺はさらなる「追い討ち」を用意していた。物流の遮断、すなわち『兵站封鎖』である。
俺は京や近江周辺の有力な商人たちを集め、静かに、だが絶対的な威圧感を持って宣告した。
「今後、比叡山へ米一粒、塩一掴みたりとも売ることを禁ずる。もし隠れて比叡山と取引をする者がいれば……我々織田家だけでなく、堺の会合衆すべてを敵に回すことになると覚悟せよ。お前たちの商売相手は、日本中から消え失せることになろう」
堺との取引停止。それは当時の商人にとって「完全な死」を意味した。
結果、比叡山に物を売ろうとする商人は完全に消滅した。
それから数ヶ月後――秋が深まる頃。
比叡山の山中は、まさに地獄絵図と化していた。
「お、おい! 今月の給金がまだ出ていないぞ! どうなっている!」
「蔵には金はあるはずだ! なぜ出さない!」
武装した僧兵や傭兵たちが、寺の役所を取り囲んで怒号を上げていた。
対応に出た高位の僧侶は、青ざめた顔で震えていた。
「す、少し待て! 確かに手元に銭はあるが、今後新たに入ってくる収入が一切ないのだ! このまま給金を払い続ければ、数ヶ月で寺の金庫は完全に空になってしまう!」
「知るか! 銭が払えねえなら、こんな山にいる義理はねえ! そもそも、飯を買いに行こうにも、麓の商人は我々に米を一粒も売ってくれんではないか!」
資金繰りがショートし、給金を絶たれた傭兵たちは、怒り狂って次々と山を下り、脱走を始めた。
さらに悲惨だったのは、比叡山に匿われていた浅井・朝倉の兵たちだ。
彼らは織田軍に復讐する機会を窺っていたが、織田軍は山の周囲を包囲しているだけで、まったく攻めてこない。ただただ、腹だけが減っていく。
「もう耐えられん……。仏様は我々に米を与えてはくださらぬのか……」
飢えと寒さに耐えきれず、彼らは武具を捨て、夜陰に乗じて次々と逃亡していった。
高位の僧侶たちは、黄金に輝く仏像の前で必死にお経を唱えた。
しかし、どれだけ経典を読もうとも、天から金が降ってくることはない。どれだけ祈ろうとも、米俵が湧いてくることはないのだ。
金が尽き、食糧が尽き、人がいなくなる。
「織田の……明智十兵衛という男は、悪魔か……!」
山の上に残されたのは、かつての驕り高ぶった権威を剥ぎ取られ、飢えと絶望に苦しむ無力な坊主たちだけだった。




