第10話:黄金の軍師(エル・グラン・モノ)と無敵艦隊(アルマダ)の強奪
『それと、秀吉の奴だが、あいつの働きぶりは相変わらず馬鹿げているぞ。あの猿、言葉もろくに通じない異国の王族や貴族どもの懐に、お前が日本から定期便で送ってくる極上の絹や陶器、そして石鹸を手土産に、勝手にするりと入り込みおってな。
今やヨーロッパのあちこちの宮廷で、あいつは「黄金の極東から来た天才軍師」と呼ばれ、覇権争いの助っ人や軍事・経済顧問として引く手あまたになっている』
「エル・グラン・モノ……直訳すれば『偉大なる猿』、か。あいつ、数年前に無敵艦隊を拿捕したあの圧倒的な軍功を背景にして、完全にヨーロッパの王侯貴族たちを掌の上で転がしているようだな」
縁側で手紙を読み進めながら、俺(明智光秀)は秀吉という男の恐るべき適応力とバイタリティに、改めて深い戦慄すら覚えていた。
当時のヨーロッパは、神聖ローマ帝国、フランス、スペイン、イングランドといった列強が、血みどろの領土争いや宗教戦争を繰り広げている権謀術数の坩堝である。自分たちの血統を何よりも重んじ、プライドばかりが異常に高く、有色人種を「教化すべき野蛮な未開人」として見下している白人の王侯貴族たち。
だが、秀吉の才能と底なしの野心は、文化も常識も違う広大な世界を相手にすることで、萎縮するどころか水を得た魚のように大爆発していた。
彼はかつて、最も身分の低い草履取りからスタートし、その愛嬌と気配り、そして相手の「最も欲しがっているもの」を正確に嗅ぎ取る野生の勘で、織田家という猛獣の檻の中で誰よりも早く出世の階段を駆け上がった男だ。
相手が日本の誇り高い戦国武将であろうと、遠い異国の国王であろうと、人間の本質的な「欲望」や「恐怖」、「虚栄心」の構造は同じである。
俺が日本の商船団を使って定期的に送る高品質な特産品や、疫病を防ぎ体臭を消す奇跡の品として南蛮の貴族間で大流行している「石鹸」を、秀吉は絶妙なタイミングで献上し、彼らの自尊心をくすぐる。さらに、俺が仕込んだ『複式簿記』の知識を用いて、各国の複雑な財政赤字や借金を整理してやり、気づけば相手の国の経済の急所を完全に握ってコントロール下に置く。
秀吉にとって、ヨーロッパの豪華な宮廷や外交の舞台など、少し規模が大きくなり、言葉と衣装が変わっただけの「清洲城の広間」に過ぎないのだろう。
史実の山崎の戦いで、近代兵器の暴力を用いて彼の心を完膚なきまでにへし折った後。俺は彼を反逆者として処刑せず、世界遠征軍の総司令官として救済した。
彼の持つ圧倒的な「ロジスティクス(兵站)構築能力」と、誰の懐にも入り込む「人心掌握術」は、平和になりつつある狭い日本に置いておけば、必ず行き場を失い新たな権力闘争の火種になる。だが、広大で未開の世界に放てば、歴史を書き換える最強の武器になるという確信があったからだ。
適材適所で世界に放ち、背後から物資でコントロールする。俺のプロデュースの目に、やはり狂いはなかった。
そして、彼がヨーロッパでこれほどまでの発言力を持てている最大の理由。
それは、彼らがヨーロッパの海に到着して間もない四年前――西暦で言えば1588年に成し遂げた、ある途方もない軍事的偉業の存在があった。
『四年前、イスパニア(スペイン)とかいう国の「無敵艦隊」を名乗る大船団と地中海で激突した時のように、あいつの神速の艦隊機動は恐ろしいほど冴え渡っておるわ』
手紙の文面に躍るその一文を見て、俺は当時の報告を思い出し、思わずニヤリと口角を上げた。
史実において、太陽の沈まない国と謳われたスペインの無敵艦隊がイギリス海軍に敗北し、その絶対的な海の覇権が崩れ去るきっかけとなった「アルマダの海戦」。
だが、魔王と天才軍師のコンビは、そんな世界の歴史の大きなうねりすらも、自分たちの手でドタバタとぶっ壊し、あろうことか敵の艦隊を自らの手中に収めてしまっていたのだ。
帆船同士が接近し、兵士が乗り移っての白兵戦が主流であった当時のヨーロッパの海戦において。
秀吉は、かつて山崎の天王山で、己の三万の軍勢を木っ端微塵にすり潰された『近代兵器のアウトレンジ戦術』を、海戦に見事に応用してみせた。
敵の無敵艦隊を巧みな機動力で「キルゾーン」へと誘い込み、計算し尽くした陣形から、空中で無数の散弾を撒き散らす「榴散弾」の十字砲火を浴びせたのだ。敵艦の甲板にいる兵士たちを一方的に薙ぎ払う、回避不能の死の嵐。そこに信長の圧倒的な統率力と、蒸気機関による風を無視した機動力が加われば、鈍重な巨大帆船の艦隊など、ただの巨大な的に過ぎなかった。
あの時、恐怖と絶望で泥水の中で泣き叫んだ秀吉は、近代兵器の恐ろしさと合理性を誰よりも深く魂に刻み込んだのだ。
そして彼は、自分が味わったその絶望を、そっくりそのまま白人列強の艦隊に押し付けたのである。「明智様の真似事じゃが、これほど痛快なものはないわ!」と、船上でゲラゲラと笑う秀吉の顔が目に浮かぶようだ。
史実のこの時期(1592年)に起きた、何の大義もない「朝鮮出兵」という暗く悲惨な泥沼の戦争ではなく。
魔王の強烈なリーダーシップと秀吉の規格外の才能が完璧に組み合わさった結果、彼らは見事にヨーロッパの覇権争いのド真ん中に食い込み、世界史を根本から引っ掻き回している。
「くっ……ふはははははは!!」
俺は羊皮紙を握りしめたまま、縁側で腹の底から大笑いした。
涙が出るほど笑ったのは、この世界に転生してきてから初めてのことかもしれない。前世の知識で予測し、血反吐を吐きながら強引に創り上げたこの「歴史のIF」は、俺の想像すらも遥かに超えて、途方もなく面白く、そして痛快に広がり続けている。
「まあまあ、あなた様ったら。よほど愉快なお便りだったのですね」
隣では、熙子がクスクスと微笑みながら、笑いすぎてむせた俺の背中を優しくさすってくれている。
大航海時代を謳歌し、有色人種を野蛮人として見下していた白人列強どもは今頃、極東からやってきた規格外の怪物たちに容赦なく蹂躙され、自分たちの常識が通じないことに大いに悲鳴を上げているに違いない。
「……だが、あいつらの野心は、地中海やヨーロッパの宮廷程度では、どうやら満たされなかったらしいぞ」
俺は笑い涙を指で拭いながら、分厚い羊皮紙の束の、最後の一枚へとページをめくった。
そこには、大日本帝国で平和な隠居生活を送る俺に向けた、信長からの最高の「賛辞」と「次なる旅立ちの予告」が記されていたのである。
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