第11話:天文十二年、歴史が動く年
時は流れ、天文12年(1543年)。
俺は数えで十六歳になり、元服して「明智十兵衛光秀」と名乗っていた。
前世の記憶を持ったまま成長したせいか、俺の容姿は実年齢よりもずっと大人びて見えた。
背は当時の平均身長を大きく上回り、幼い頃から古武術のデータに基づいて鍛え上げた肉体は、無駄な筋肉の一切ない、しなやかな鋼のように仕上がっている。
最愛の妻となる予定の熙子とは、今でも時折文を取り交わしたり、花見に誘ったりして順調に絆を深めている。
すべては順調だ。だが、ここからが本番である。
この「天文12年」という年は、日本の歴史において極めて重要な意味を持つ。
そう、種子島にポルトガル船が漂着し、『鉄砲』が伝来する年だ。
「……そろそろ、動くとするか」
自室の薄暗い灯りの中、俺は筆を置き、目を閉じて脳内の『図書館』にアクセスした。
現在の最大の標的は、美濃の国主となった『マムシ』こと斎藤道三(この頃は利政と名乗っているが、道三で統一する)。
彼に接近し、俺の巨大なパトロンに仕立て上げる。
それが最初のミッションだが、あの冷酷で疑り深いマムシが、明智家という一介の国衆の若造の言葉に簡単に耳を貸すはずがない。
圧倒的な「貸し」と、他には代えがたい「価値」を同時に突きつける必要がある。
俺は脳内で、複数の歴史データを検索し、頭の中で重ね合わせていた。
(史料『美濃国諸旧記』の記述を検索。……今年の秋、土岐氏の残党が美濃北部の山間部で、道三に対する蜂起未遂を起こしている)
かつて道三によって国を追われた旧主・土岐氏の残党たちが、道三の首を狙って動く。
史実では、道三は自力でこれを切り抜けたか、あるいは大した事件にならずに揉み消されたのだろう。
(さらに、『天文12年・美濃国の気象データ』を同期……出た)
俺の脳内に表示された気象の記録。
それによると、明後日の夕刻から、美濃北部に「季節外れの記録的な豪雨」が降ることになっている。
地形データ、天候、そして反乱分子の動き。
これらを統合すれば、一つの「必然的な未来」が導き出される。
「明後日の夕刻、長良川の上流で鉄砲水が起きる。視察に出ていた道三は山中で足止めを食らい、そこを土岐の残党が奇襲する……間違いなくこれだ」
完璧な筋書きだ。
俺はすぐさま愛馬に跨り、単騎で北部の山間部へと馬を走らせた。
マムシに極上の「貸し」を作るための、俺の最初の舞台へ向かって。




