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2026年6月7日 コミュニケーション (文章練習) 

6月7日


午前中にコミュニケーションのテクニック的な内容についての本を読んだ。

選定理由はより良いコミュニケーションとは何かを学びたくて、この本を手に取ったのだろう。


その中で気になったことが2つある。簡単にまとめる。


1つ目が相手の話を要約したりはしないほうがいいという内容のものだ。要約をしてしまうと、相手に自分の頭の良さをアピールしたいのだろうかと思われたり、共感できない人だと思われたりすることがあるらしい。


2つ目は、共感としてオウム返し的な返答が良いという内容のものだ。こちらは相手から、聞いてくれているという印象を持たれるらしい。


この二つを読んで、矛盾を感じた。

2つ目のオウム返しは、「(要は)~なんだね」といった感じで括弧の中の内容が前提としてあるように思えてしまう。


二つとも同じような内容に思えてしまう。


しかし、同じように見えるからこそ、「つまりは~」や「要は~」と相手の話を自分の言葉でまとめることと、「~だったんだね」と相手の言葉を返すことのどこに違いがあるのかを考えてみた。

前者は自分の解釈を加えた返し方であり、後者は相手の言葉をそのまま確認するということなのだろうか。


それとも本で言っているのは、極端に片方によってはいけないということなのだろうか。


そもそもの話、相手がどうとるのかなどということは相手が決めるもので、「~と、とられるかもしれない」などと考えたら何も言えなくなるのではないか。


などと、身もふたもなく、当初の目的を考えれば支離滅裂といえるかもしれない思考になった。


結論としては、こちらからは配慮はできても、相手の思考はコントロールできるわけではない。故にこそ考えすぎても答えは出ないのかもしれない。大切なのは、「そういう風に思う人もいるかもしれない」と認識しておくことなのだろう。


相手の受け取り方をどこまで考えるべきかについて、自分なりに整理することができた今日は良い日であった。

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