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2026年5月8日 5月の日記の振り返り (文章練習) 

5月8日


5月に入って一週間目。gacktの本を読み、気を引き締めてから約一週間が経った。


ここで一度、日記を振り返ってみようと思う。


5月の日記を読み返して、抱いた率直な感想は「昔の私はこんなに小綺麗な言葉を使う人間だっただろうか、こんな感じ方をする人間だっただろうか。」である。


これを読むかもしれない人 (そんなにいないだろうけど)に対して、自分を良く見せるための言葉選びをしているように思う。要は体裁を取り繕っていると感じたのだ。


どこかで私の思う「世間一般の価値観」に表現や考え方を合わせようとしているのではないだろうか。


仮に合わせにいこうとした場合、私の個性、私らしさはどこにあるのだろうか。


もちろん表現等は合わせにいくことも考える必要がある。

この日記は人が読んでいることを意識することで、文章練習を行うということを目的として取り組んでいたのだから。


それでも、思ったこと等を曲げてしまったら意味がないだろう。


一方で、私自身のネガティブが本当に薄くなってポジティブな側面が増しただけであればいいと思う。


そうであれば、小綺麗な私の表現は取り繕いではなく、成長であるのだから。


恐らく、そうではないと思う。


例えば、昨日のランニングやストレッチの日記は良いことしか書いていないが、実際には、退屈さも感じた部分があってそれを意図的に書かなかったのだから。


正直、昨日の私は何に退屈さを感じているのかの深掘りを面倒だと感じ、目を背けていた。

きっとその深掘りをして、改善を試みなければ、今感じている楽しさは面倒臭さに飲み込まれてしまい、続かなくなるであろうに。


故にその深掘りを今日やろう。


まず、思いついたのが単調化したランニングコースと固定化したプレイリストの音楽を聞き続けることによる惰性。

2つ目に思いついたのが、成長の実感が薄くなってきたことである。これは私の意識の問題でもあるが、昨日どこまで休まずに走り続けたのかを最近意識できていなかったことで今日の自分が昨日を上回った自覚が持てないのである。


きっとまだあるのだろう。

残りは、次の反省の為に残しておこう。私は一気に直すことができるほどの能力を持っているわけではないのだから。一つずつ直してみよう。


自分の感じ方を見つめなおし、自分のマイナスな感情の深掘りをできた今日は良い日であった。

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