2026年7月6日 頭の内側から主張する痛み、これぞ頭痛 (文章練習)
7月6日
今日は久しぶりに車を運転した。その中で、自分の運転の変化と頭痛について考える一日になった。
まず、今日は車を運転する機会があった。
最後に運転したのは随分前の早朝だった。それとは違い、今日は交通量が多かった。
そのせいか、運転に苦手意識の有る私としては運転しづらかった。
しかし、そんな私でも4時間も運転すると足りないスキルを補うために多少なりとも改善を行おうとするものである。
例えばアクセルやブレーキの緩急がそれにあたる。
最初はアクセルとブレーキの緩急が急すぎて、酔いかけてしまい、頭が痛くなってしまっていた。
そこから休憩を挟みながらであるが走り続けて、気付けばそれぞれの力加減がわかるようになってきて、体にGがかかるようなブレーキやアクセルが減っているように感じた。
自身の成長を感じることができた。それ自体は良かったのだ。日記を書いている今も頭の痛みは残ることを除けば。
あまり乗り物酔いというものと縁がなかった私としてはこの痛みが車酔いによるものかはわからない。
正直、運転してから数時間立っている今も続いている時点で、乗り物酔いとは無関係なのではないかと思わなくもない。気になって調べてみると、1,2時間以内に治る軽度なものやから丸1日頭痛が続くような症状もあるらしい。
この検索結果を目にしたとき一概に否定することは難しくなった。
正直、週末のストレスが残っているのか、明日から少しだけ環境が変わることに対する不安やストレスから来ているのか、低気圧による痛みかなどと要因を考えていた。
当然その要素がないとは言えないが。
最初に「乗り物の酔いなど、数十分で消えるものだから頭痛の原因の候補にすら入らない」と思っていたのがものの見事に外れた結果となった。思い込みだけで原因を切り捨てようとしていたことが危険であると改めて感じた。
頭痛薬を飲めば済む話なのかもしれないが、これまでの人生で自ら望んでそういった薬に頼ったことが無く、痛みに耐えていた。
故にこそ、今更痛みにチキって薬に頼るのもなにか違う気がしてしまうのだ。
これを意地というのであれば、明らかな無用な意地であると思うが。
きっと今後は頭痛を抱えたまま動くことが困難で意地を張り通すことが難しくなる場面も出てくるのであろう。
そういうことを想像すると、いっそこれを機に頭痛薬に挑戦するのもよいのかもしれない。
これを書いている現時点では副作用の眠気や、値段の面で踏ん切りはついていない。しかしまじめに考えるべきなのかもしれないとは思った。
運転技術が少しずつ身についていることを実感すると同時に、これまで避けてきた頭痛薬との向き合い方についても考えることができた今日は良い日であった。
日記を書いてると痛みが引いてきた。
解せぬ。




