第二章-5 覚悟
ルークにあてがわれた客間は、王城の中でも簡素な部類に入る部屋だった。
卓上の燭台に灯る火を眺めながら、ルークは椅子に腰掛けていた。
「……ルーク」
壁際に寄りかかっていたジークハルトが、軽い調子で声をかける。
ジークハルト・ペイル。
ルークが幼少のころより兄弟のように傍におり、今では侍従を務めてくれている。
多少軽薄なところはあるが、気の置けない信頼できる男である。
「今は姫さんの答えを待つしかないだろ。
考えすぎだ。
…眉間に皺寄ってるぞ」
「そうか?」
「そうだよ」
ジークハルトは肩をすくめ、窓の外へ視線を投げた。
「姫様の返事を待つ、ってのは聞こえはいい。
だが、この状況で“考える時間”を与えられたら、誰だって混乱する」
ルークは答えず、しばらく沈黙した。
「……そうだとしても、催促するようなことはしたくない」
低く、慎重な声だった。
「この婚姻は、皇国のために必要だ。
だが、それを理由に、彼女の意思を踏みにじるつもりはない」
ジークハルトは、ふっと息を吐いた。
「悠長だな」
だが、その口調に嘲りはない。
「姫様の気持ちが整理できてなくても、仕方ない。
今日まで、考えることすら許されてこなかったんだろ」
ルークの指先が、わずかに動く。
「……ああ」
「それでも、決断しなきゃならない時は来る。
ルークは、それを待つつもりなのか?」
ジークハルトは、真っ直ぐにルークを見た。
「なら、覚悟しとけ。
選ばれなかった時も、選ばれた時もだ」
その言葉に、ルークは小さく笑った。
「ずいぶんと容赦がないな」
「昔からだろ」
軽口のようでいて、その言葉は重い。
「ルークがあの姫さんに前から思い入れがあったのは知ってる。
でもな――」
ルークは、静かに言った。
「だからそこ、彼女が自ら選択したのでなければ、意味がない」
その時、扉が控えめに叩かれた。
短い沈黙の後、侍女の声がする。
「失礼いたします。
アリーシャ殿下の侍女、ネリーでございます」
ルークは、わずかに背筋を正した。
「どうぞ」
扉が開き、ネリーが一礼して入ってくる。
その表情は落ち着いていたが、瞳には確かな意思が宿っていた。
「姫様より、お伝えするよう仰せつかりました」
一拍置いて、はっきりと告げる。
「――明日、サロンにてお待ちしております、と」
部屋の空気が、静かに変わった。
ジークハルトは何も言わず、ただ息を吐く。
ルークはすぐには答えなかった。
喜びも、安堵も、表には出さない。
「……承知しました」
それだけを、丁寧に返す。
ネリーは深く一礼し、踵を返した。
扉が閉じた後、ジークハルトがぽつりと言う。
「さて、どうすんのかな」




