第四章-3 兄の背を見送って
そして、当日の朝。
王城は、異様なほど静まり返っていた。
黒布に覆われた回廊、掲げられた王家の紋章。
弔鐘の音が低く、規則正しく鳴り響く。
アリーシャは、自室の鏡の前に立っていた。
喪服に身を包んだ自分の姿を、どこか他人事のように見つめる。
金の髪は結い上げられ、飾りはない。
皇女として、そして妹として、ふさわしい装い。
(……兄様)
胸の奥が、わずかに疼く。
だが、その感情に身を委ねることは許されなかった。扉の外で、控えめなノックが響く。
「準備が整いました」
ルークの声だった。
振り返ると、彼もまた黒衣に身を包み、静かに立っている。
疲れの色は隠しているが、その眼差しにはいつも以上の緊張が宿っていた。
「……参りましょう」
そう告げた声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
大聖堂へ向かう回廊は、長く、そして重かった。
一歩進むごとに、兄の存在が遠ざかっていく気がする。
扉が開かれ、大聖堂の中へ入ると、中央に、棺が安置されていた。
ケイネス・セレスティア王。
兄であり、王であり、この国の柱だった人。
アリーシャは、棺の前に立つ。
他国の使節、貴族、聖職者――そのすべての視線を背に受けながら、彼女は退かなかった。
祈りの言葉が捧げられ、王の功績が朗々と読み上げられる。
だが、その内容が耳に入っているのか、自分でもわからない。
ただ、棺の上に置かれた王冠だけが、はっきりと目に映っていた。
弔辞を求められ、アリーシャは一歩前に出る。
喉が、わずかに詰まる。
それでも、視線を伏せなかった。
「兄は……王である前に、国を想う人でした」
声が震えそうになるのを、必死に抑える。
「わたくしは、兄の背中を見て育ちました。
その背は、いつも……民と、この国を向いていました」
一瞬の沈黙。
「わたくしは兄を、誇りに思います」
それだけを告げ、静かに頭を下げる。
祈りは終わり、兄との別れは確かに刻まれた。




