(4)聖花に託した願い
アリーシャはようやく、寝台の上で、短時間であれば上体を起こせるようになった。身体は癒えつつある。しかし、まだひどく重く、気怠さも抜けない。長く座っていることも、自力で立ち上がることもできなかった。食事も十分には取れず、家族のもとへ戻れる自分を、まだ思い描けずにいた。
アリーシャが身体を起こしていると、ルークが静かに扉を開け、入ってきた。
「起きていたか。アルシオとエクシオからだ」
ルークが差し出したのは不揃いな白い花を束ねたものだった。茎の長さもそろっておらず、ところどころ葉が折れている。それでも、花弁は雪のように白く、縁だけが淡い紫に染まっていた。
「まあ、雪間の聖花ね」
「庭の雪をかき分けて、二人が摘んできた」
アリーシャは両手で花束を受け取った。冷たい外気の名残と、わずかな土のにおいがする。そのとき、扉の外から幼い声が聞こえた。
「母様、お花を見てくれたかな」
「もう少し元気になったら、会える?」
「お二人とも、今は静かに待っていましょうね」
ネリーに窘められ、声がわずかに遠ざかる。自分たちで渡したいと願いながら、それでも母を困らせまいと、二人は扉の外で懸命に我慢している。
アリーシャは花束を胸元へ抱きよせた。自分がいなくても、あの子たちは生きていける。ルナーリアも乳母に守られ、乳を飲んで生きようとしている。だから、自分がこのまま家族の元へ戻れなくても、みんなは大丈夫なのだと思っていた。けれど、そうではなかった。
扉の向こうで、あの子たちは待っている。母に会いたいと願いながら、ずっと待ってくれている。胸の奥からこみ上げたものを抑えきれず、アリーシャは花束へ顔を伏せた。息子たちには聞かれてはいけない。そう思うほど、嗚咽が喉を震わせた。
寝台がわずかに沈み、ルークの腕が、痩せた体をそっと包み込む。
「アルシオも、エクシオも……ルナーリアも、お前を待ってる」
ルークは急かすことなく、背中をゆっくりとなでた。
「焦らなくていい。少しずつ取り戻そう」
腕の中で、アリーシャはいつまでも泣いていた。
*
翌朝、アリーシャは自分から食事を求めた。これまでは促されるまま、口にしていただけだった。すぐに元気になれるわけではない。それでも、何もしないままではいたくなかった。
「少しだけ……身体を動かしたいわ」
ネリーに告げると、案じるような声が返ってきた。
「ご無理をなさってはいけません」
「ええ。急ぎはしないわ。けれど、諦めたくはないの」
今のアリーシャにできるのは、しっかり食べ、眠り、寝台の上で少しずつ身体を動かすことだった。一つずつでいい。取り戻していきたかった。
*
出産からひと月、まだ歩き回れるほどではないものの、アリーシャは寝台の上で身体を起こし、日中子供たちと過ごせるまでに回復した。アルシオとエクシオは駆け寄りそうになりながらも、母に無理はさせてはいけないと恐る恐る近づく。アリーシャが両腕を広げると、二人は左右からそっと身を寄せる。
「あのね、母様。今日はご本を読んであげるね」
アルシオは、子供向けの絵本を手に持って、アリーシャへと見せた。
「まあ、文字がたくさん。もうこんなに読めるのね」
「兄様、ずっと読んでるの!」
続いて乳母がルナーリアを連れてきた。ひと月が過ぎたというのに、乳母の腕に抱かれたその身体は驚くほど小さかった。アリーシャはようやく、ルナーリアを腕に迎えた。あまりの軽さに、胸が締め付けられる。こんなにも小さな身体で、この子はひと月もの間、懸命に生きようとしてくれていた。小さな頬には、わずかにふっくらとした丸みがある。
腕に抱いた途端、言葉が出なくなった。
「……遅くなって、ごめんなさい」
ルークがその背を支える。
「遅くない」
「でも、わたくしは、この子をひと月も……」
「お前もこの子も、生きてここにいる。それで十分だ」
アルシオがルナーリアの髪を覗き込み、今度は穏やかに言う。
「ルナは、瞳の色も母様と同じだね」
「そうね」
「僕は、父様と同じ」
その声には、もう寂しさではなく、小さな誇らしさがある。アリーシャはアルシオの黒髪を撫でる。
「ええ。どちらも、わたくしの大切な色よ」
「僕も母様と一緒の色!」
エクシオが負けじと身を乗り出す。
「ええ。エクシオも、ルナーリアも一緒ね。皆、わたくしの大切な家族の色よ」
アリーシャの腕にはルナーリアがいる。両脇には息子たちが寄り添い、すぐそばではルークが支えてくれている。ひと月前、離れ離れになった五人が、ようやく同じ場所にそろった。
窓の向こうの庭には、まだ白い雪が残っている。その雪をかき分けるように、淡い紫の縁をもつ聖花が咲き乱れていた。
雪の下で耐えていた花は、春の訪れを告げている。五人で迎える春は、もうすぐそこまで来ていた。




