見学の後
阿竹さんが退出するのを見送って時計を見ると、もうお昼を回っていた。
すみれが時計を見たのに気づいた岡所が声をかける。
「そろそろ帰るかい」
「あ、すみません」
すみれが恐縮すると、
「いいよ、いいよ、見学なんて初めて言われたけど、ここに暮らしているお年寄りのことを気にしてくれる人がいるだけでも嬉しいよ。いちおう今日、ここにきたご老人達には見学者がいる事を告知するようにしておいたんだけど、みんな心良く承諾してくれたみたいだ」
「あっ、すみません!」
すみれは即座に謝罪した。
自分の興味だけで診療を見学したい、等と言ったが、診察を見学される方にしてみればさぞかし迷惑だったろうな、と思う。
今更ながら自分の浅はかさに思い至り、顔から汗が吹き出る思いだった。
「本当にご迷惑をおかけして・・・・・」
なおも謝るすみれを岡所は手でさえぎった。
「たまにね、公共団体やボランティアの団体の人たちが見に来ることがあるんだよ。だから大丈夫。診察される皆さんも了解してくれてたしね。
それに、月山さんが真剣にここの人たちと向き合ってくれているのがわかって僕たちも良かった」
岡所は穏やかに微笑んだ。
そばにいる中年の看護師の女性も頷いてくれていた。
「ありがとうございます」
すみれはそう返すのが精一杯であった。
改めて感謝を述べて外に出ると午後のオレンジ色の光がサッと差し込んできて、すみれは目を細めた。
まだ幾人か診てもらいたい老人達がいて、並んでいる。
みな一様にくたびれた様子で、中にはすみれから見ても弱っているのがわかる老人もいる。
きっと藁にもすがる思いで診療に来ているのだろうと思うと胸が痛んだ。
今日はまた一つこのリゾートで生きる老人達の苦しさに関われた、と感じたところで肝心のセッティングをしてもらった城戸さんにお礼を言っていないことに気づいた。
今日のような診療の見学をセッティングしてもらい、なおかつ城戸さん自身の診療まで見させてもらったのだ。
おそらく、見学の事を頼みに行った時、城戸さんが逡巡したのは自分の診療まで見られてしまうと考えたからだろう。
診察の様子を見られるのはすみれだって恥ずかしく感じるし、それが見知った人ならなおさらかもしれない。
自分の要望がますます厚かましく感じられ、すみれは頭を抱えた。
とにかく城戸さんにお礼や無理なお願いをしてしまったことを謝らなければ、と焦るような気持ちになり、城戸さんに会わないといけないと足早に歩き始めたが、すぐに立ち止まる。
そう言えば城戸さんが今の時間、どこにいるか見当もつかない。
配給は既に終わり、使われていたたテントは撤収されている。
辺りを見渡してみたが、配給に携わっていたスタッフの姿も見当たらない。
しばらく考えた末、もしかしたら阿子さん達なら知っているかもしれない、と思いつく。
それに阿子さん達にも診察を見学させてくれたお礼を言わないと、と考えて再び歩き始めた。
竹のエリアの公園を出て、阿子さん達の家に向かう。
もう道筋は頭に入っていて、自分も随分とこのリゾートに慣れてきたなあ、と感じる。
初めてこのリゾートに来たのは確か5月の上旬だったと思う。
それから時間があっという間に過ぎ、もう秋の足音が聞こえ始めている。
その間の期間はすごく短く感じたけれど濃密な出来事がたくさんあって、すみれはただ普通に大学に通っているよりよほど有意義な時間を過ごした、と思える。
ただ一方で、すみれはとても不安に思うことがあった。
これからこのリゾートがどうなっていくんだろう、ということだ。
この頃の老人達の政府に対する抗議はエスカレートする一方だ。
もうこれはテロだろう、というくらい物騒な事件が発生して、毎日のようにニュースで目にするようになっている。
そんな過激な手段で抗議するのはさすがにおかしい、とすみれだって思う。
けれどリゾートの現状を直に目にしている身としては、もう本当に余裕のない老人がどんどん増えているのも事実なのだ。
明日どうなるかもわからない切羽詰まった老人が増え続けており、何をするか予測もつかないのだ。
これからもっと深刻なことが起こってしまわないか心配になってしまう。
それに、老人達に対する排斥と呼べるような動きも活発になっている。
このリゾートにも来ていたRPという団体を皮切りに、様々な声が各地で広がってきた。
そのために一般の人々の老人に対する不満がどんどん積み重なっているような気がする。
いつか人々の世論のベクトルが老人に対して厳しくなり、排斥もやむを得ない、というような動きにならないだろうかとすみれは危惧している。
老人への労りが無くなり、切り捨てるような世の中が、そこまで迫っているような気がするのだ。
以前なら冗談にしかならない価値観が、こんなにも容易に蔓延ってしまう。
世界とはこれほど移ろいやすく、危ういものなのだろうか。
けれど、もし老人達が簡単に見捨てられるような世の中になったとしても、自分はリゾートに来よう、そうすみれは固く思うのだった。
しばらくとぼとぼと歩いて阿子さんたちの部屋のあるマンションの前に着く。
その時になって、いきなり訪ねていって気を悪くしないだろうかという気持ちが頭に登ってきて、すみれはマンションに入ろうとした足を引き戻す。
どうしよう、とマンションの入口で立ち止まり、しばらく躊躇っていると、
「あらあ、すみれちゃん、さっきぶり。もしかして私達を訪ねてきてくれたの?」
と声がかかる。
びっくりして顔を上げるとそこに笑顔の阿子さんが立っており、阿竹さんもその後ろでニコニコしている。
「あ、阿子さん、阿竹さん」
すみれはホッとして二人にお辞儀をした。
「あの、さっきは診察の見学をさせてもらってありがとうございました。お礼を言いたいのと、お聞きしたいことがあってこちらまで来たんですが、急に来てしまったので・・・・」
「そんなの全然いいのよ。それにまたうちに来てくれて嬉しい。いつだってすみれちゃんは大歓迎なんだから」
阿子さんはまた屈託なく笑うとすみれの言葉を遮るように言って手を振った。
後ろにいる阿竹さんも頷いている。
どうやら二人とも診察を見られたことなんて全く気にしていないらしい。
すみれが気を揉んでいたのが馬鹿らしく思えるほど何も感じていないようだった。
「さ、こんなとこで立ち話もなんだから入って入って」
阿子さんはそう言うと手招きしてすみれを誘った。




