グッドラック ~オリバー船長の酒場語り~ END
おまえさん、海賊船に乗ったことはあるか?
ねえよなあ。儂もあの一度だけだ。
ルベル帝国とサイユ王国を隔てた海にはよ。
無法者どもが船に乗っていてな。
強奪だの、略奪だのをしてるんだけど。
儂の会った海賊は、一見すると普通の船乗りに見えた。
まあずいぶんと、安く船に乗せてくれるとは思ったけどな。
儂らと同じ浅黒い肌を持つ奴らだったんだ。
船長がやたら儂の顔をじろじろ見ていたんだ。
しかめっ面で目を凝らす姿をされちゃ、儂だって何ごとだと思った。
やがて船長は、儂を見て急に腹を抱えて笑い出してよ。
儂の気分は最悪だ。
いきなり、人の顔を見て爆笑されたんだもんなあ。
ぶん殴ってやろうかと思った。
相手は船に乗せてくれる相手だ。
儂はじぃと堪えたよ。
そしたらよお。なんと、まあ。
海賊船の船長は、儂の同郷でな!
ガキの頃、いかだを作って帆をパンツにした友人だったんだよ!
「お、おまえ、トムか? ああ!? 生きてやがったのか!」
「ははは! オリバー、おまえも生きてたのか! こんなところで会えるなんてなあ!」
豪快に笑ったトムを見て、儂は夢でも見てるのかと思ったよ。
親父が引き合わせてくれたのかもな。
じゃなきゃ、こんな奇跡、起こるわけねえよ。
ブラザー……。
おまえさんもそう思わないかい?
トムはよお。
砂糖を作っていた農場から逃げ出したんだよ。
儂らにだまーってな。
「あそこにいたら殺されるって思ったんだ。何者にもなれないまま、死んじまうってな」
儂は黙ってトムの昔話を聞いていた。
トムの考えは分らなくもねえからな。
「それでトム。おまえさん、船乗りになったんだな。すげえじゃねえか」
「船乗りよりも、もっと自由なもんだ。俺らは海賊だ」
そう言ってトムは、昔そっくりの憎たらしい顔になったんだ。
「俺の家はこの家だけだ。どの国にも属していねえんだ」
「どういうこった?」
「あっちの海を縄張りにしてよお。そこに入った怪しい奴らから積み荷を貰ってんだ」
「もらうっておまえさん、それは……」
儂は口をつぐんだ。
「略奪してんのか?」
「失礼なことを言うなよ。俺は自分の家を守っているだけだ」
得意げにトムはそういうが、話を聞いている限りではトムのやっていることは海賊だった。
ルベル帝国の役人には顔が利くんだと大きな顔をしていたが、どうにもうさん臭い話だ。
トムはいいように使われてるだけじゃねえかって気がしてならなかった。
「オリバー、おまえは何をしてんだ?」
「船乗りだ。今は船なしだけどよ」
「だったらちょうどいい。おまえ、俺の手伝いをしろよ」
「ああ?」
「昔のよしみで、俺らの仲間にしてやる」
トムはガキの頃みたいに、目をキラキラさせて、儂にそう言った。
儂は手を振って、断った。
「かー! 冗談じゃねえ。儂は陸に妻に置いてきてんだ。他の奴にも家族がいる。帰ってやらねえといけねえんだよ」
「おまえ、結婚したのか……?」
「悪いか」
「……相手は誰だ」
「ジュリーだ」
「はああああ! なんでジュリーと結婚してんだよ!? 一番の美人だったじゃねえか!」
「がははは! おまえさん、ジュリーが好きだったもんなあ! 残念だったなあ! 今じゃ儂のもんだ!」
「かあああっ!」
トムは苦虫を噛み潰したような顔をした。
儂は鼻を膨らませて、ふんぞり返ってやった。
「……ちっ。幸せそうな顔しちまってよお。やってられねえな」
「トム、おまえさん。かみさんはいるのか?」
トムは不意に海を眺めた。
しばらく水面を見てから、ふっと口の端を上げた。
「……海がいい女すぎてな。いないよ」
何かあったかのような顔をしていた。
だが、儂はそれ以上、何も聞かなかった。
「そうかい。確かに、海はいい女だ」
「そうだろ? 俺は、この海の上で死にたいね」
「それがおまえさんの生き方か」
「ああ」
「儂とは違った生き方だなあ。……だが、それもいい生き方だな」
そんな話をしながら、ふたりで飽きずに海を見ていた。
サイユ王国に戻る間、朝も晩も関係なくだったよ。
トムは律儀に儂を送ってくれた。
港に船が着き、陸に降りた時、船に乗ったトムを見上げて儂は言った。
「トム! また会おう!」
するとトムは、にっと口の端を上げて言いやがるんだ。
「そんなに急ぐなよ! 死んだら、全員、海に還るんだ! あの世で会ったら、酒を飲もうな!」
憎たらしいことを言って、トムは出航しちまった。
儂は木造の小さな船が地平線に消えるまで眺めていた。
これで会えないかもしれねえし。
精霊様のいるあの世に行ったら、会えるかもしれない。
どっちでもいい。
また会えるからな。
「またな、ブラザー」
そうつぶやいて、儂らは家に帰ることにした。
しかしよお。
家に帰る前に、かみさんに見つかっちまってなあ。
「あ、あんた! なんで飄々と歩いているんだい!」
泣きながら、すげえ殴られた。
あの時のパンチが、一番、痛かったな。
がははは!
痛いなんて言えるのは、幸せなこった。
死んだら、そこでおしまいだからなあ!
がははは!
それでサイユ王国に着いた後は、他の船に乗せてもらったりしていたんだけどよ。
なんと、あのセリアお嬢様がだよ!
ルベル帝国で帝都保安隊となって、戻ってきてくださったんだ!
しかも、国外追放された冤罪を自ら晴らしてさ!
すげえだろ! 儂らのお嬢様は!
それでよお!
お嬢様は王国からもらった慰謝料で、儂らに船を買ってくださったんだ!
最新式の蒸気船だ!
たまげるだろ! な! すげえだろう! ブラザー!
がははは!
お嬢様のおかげで儂はまた船長になったってわけだ。
生きてさえいれば、いいことはあるもんだ!
儂は心底、そう思ったな。
***
ああ、もうすぐ夜明けか。
長いことを聞いてくれてありがとうよ、ブラザー。
ん? いい話だって、そう言ってくれんのかい。
ありがとな。
なあ、ブラザー。
おまえさん、仕事は? 帰る家はあんのか?
おいおい、黙り込むなよ。
行く場所がないのか?
なら、儂らの船に乗れよ。
ちょうどな。
公爵閣下のぼっちゃんを船に乗せて、今日、出航するんだ。
人手不足でよお。
ブラザー、おまえさんの力を貸しちゃくれねえか?
目指すは、ルベル帝国!
青い海が儂らを待ってんぞ!
がははは!
生きてさえいりゃあ、いいことはある。
儂も、おまえさんも、まだまだこれからだ。
だから、ブラザー。
一緒に行こうぜ。
ああ、ここの代金は儂が払ってやる。
支度金、たくさんもらっているしな。
ほら、見ろよ。
ちょうど、朝日が昇るところだ。
おまえさん、グッドラックのサインは知っているか?
指をクロスさせんだよ。
光に向けて、サインを決めるんだ。
いいな?
「儂らの航海に! グッドラック!」
……ああ、いいな。
幸運サインが、朝日に溶けている。
――グッドラック ~オリバー船長の酒場語り~ END




