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ダストレア・ウィーク攻略作戦

 ――大変なことになってしまった。


 神殿前にできた巨大なクレーター。その陰に身を潜め、一人の少女が頭を抱えていた。

 サキュバス族の潜入捜査員――ヘリン。

 今日は人間たちの『スキル授与式』の日。彼女は神殿の監視任務のため、人間の街へ潜入していた。

 だが、まさかS級とZ級が同時に現れるとは思ってもいなかった。慌てて上司へ報告した結果、返ってきた命令は二つ。


『これ以上S級と関わらせるな』


『絶対に勇者パーティーへ入れさせるな』


 この二つは、魔王様からの絶対命令だった。だからこそ、何としてでも阻止しなければならない。

 ……にもかかわらず。


「――僕は、その推薦枠に君を選びたいんだ」


(どうしてぇぇぇぇっ!?)


 ヘリンは心の中で悲鳴を上げた。

 よりにもよって、S級スキル保持者本人が、Z級の少年を勇者パーティーへ勧誘している真っ最中だった。


(断ってください……!お願いですから断ってください……!)


 ヘリンは祈るような気持ちで見守っていた。

 しかし、その願いも虚しく、話は推薦を受ける方向でまとまってしまう。

 現在、Z級の少年はスキルの力で壊してしまった神殿前の広場や建物の修復作業をしていた。


「――まったく。あなたという人は、授かったスキルが非力なものだったからといって、やけを起こすのはやめてくださいね」


「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃなかったんです!」


 神官に頭を下げるジェン。


(いや、おかしいですよねっ!?)


 ヘリンは思わず心の中で叫ぶ。


(あれだけの大規模な破壊をしておいて、どこが非力なスキルなんですか!?誰も疑問に思わないんですか!?)


 もちろん、それは魔王が人類へかけた呪いのせいだ。

 ヘリン自身、その呪いに助けられている立場なのだからどうこう言う筋合いはない。

 それでも、神殿よりも巨大な氷山を見ても「所詮はZ級」と非難し、街一つ吹き飛ばせそうな破壊を見ても「外れスキルだ」と納得している人間たちを見ると、どうしても異常に感じざるを得なかった。

 そんなことを考えているうちに、ボロボロだった広場も傾いていた神殿も、あっという間に元通りになっていた。


「――では、詳しい話は明日にしよう」


「分かった。またな」


 二人はそれぞれ別の道へ歩き出す。ヘリンは一瞬だけ迷った。どちらを追うべきか。

 そして――。


(まずはS級です!絶対に勇者パーティーへの推薦を取りやめさせますっ!)


 そう決意すると、彼女はウィークの後を追って駆け出した。


 □


「あの、すみません! ウィークさん……ですよね?」


 声をかけられ、ウィークが振り返る。

 そこに立っていたのは、キャップのような帽子を目深にかぶり、身体のラインが際立つ黒いセーターを身にまとった、身なりの整った女性だった。


「うん。僕がウィークで間違いないよ。君は?」


「わ、私はヘリ……いえ、ヘリーラと申します!」


 危うく本名を口にしかけ、ヘリンは慌てて言い直す。サキュバスである彼女はウィークを色仕掛けで落とす作戦へと移ったのだ。


「実は、ウィークさんがS級スキルを授かったって聞いて……」


 ヘリーラと名乗ったヘリンは、そっと距離を縮めると、ごく自然な仕草でウィークの手を取った。


「私、強い人って、その……憧れちゃうんです。だから、S級スキルを授かったウィークさんって、すごく素敵な人なんだろうなって思って……」


 真っ直ぐな好意を向ける。

 こんな美しい女性にそんなことを言われれば、大抵の男なら少なからず動揺するだろう。


「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」


 だが、ウィークはまるで動じることなく、穏やかな笑みを返した。


「……いいなぁ。ウィークさんみたいな人と一緒にパーティーを組めたら最高なんだろうな」


 そう呟いてから、上目遣いで尋ねる。


「あっ、もしかして、もう一緒に旅をする人って決まってたりするんですか?」


「そうだね。僕は勇者パーティーに加わる。同じS級スキルを持つ三人と、それから――僕の大切な友人も加えて、冒険に出たいと思っている」


(――ん?)


 ヘリンは思わず固まった。


(『大切な友人』って……さっきのZ級の人ですよね? えっ? 今、普通に『加える』って言いました? まだ推薦しただけですよね!?)


「そのご友人って……もしかして、さっき一緒にいたZ級スキルの方ですか?」


「見ていたのかい?」


 ウィークは少し驚いたように笑う。


「その通りだよ。僕は彼こそ、勇者パーティーにふさわしいと思っている」


「……でも、Z級って史上最低の外れスキルですよね」


 ヘリンは少し視線を伏せる。


「そんな人をウィークさんのそばに置くなんて、もったいないです」


 その言葉に、ウィークの眉がぴくりと動いた。ヘリンは構わず、さらに一歩踏み出す。

 二人の距離は、互いの吐息が届きそうなほど近くなる。


「……その人じゃなくて、私ではダメですか?」


 上目遣いで見つめ、そっと微笑む。


「私なら、もっとウィークさんのお役に立てます」


(勝った……!この笑顔で落とせなかった男はいません! サキュバスを舐めないでくださいっ! このまま推薦枠をもぎ取ってやります!)


 ヘリンは心の中で小さくガッツポーズをした。

 ――だが。

 ウィークの表情は、みるみるうちに曇っていく。穏やかだった瞳には、はっきりとした怒りが宿っていた。


(えっ……?)


「……すまない。その気持ちは嬉しい。でも、僕はもう決めているんだ」


 そう言うと、ウィークは一歩後ろへ下がり、ヘリンとの距離を取る。


「ま、待ってくだ――」


「――それと」


 ヘリンの言葉を遮るように、ウィークは真っ直ぐ彼女を見つめた。


「僕の大切な友人を侮辱するような発言は、控えてもらいたい」


 その声は穏やかだった。だが、拒絶の意思だけは痛いほど伝わってくる。


「……では」


 それだけ言い残し、ウィークは振り返ることなく歩き去っていった。


(そ、そんな……あのZ級の少年に、一体どれだけ思い入れがあるっていうんですか!?)


 ヘリンはその場に立ち尽くす。しかし、彼女はすぐに気持ちを切り替えた。


(……まだです! こんなのは序の口です!)


 サキュバスの真価はここからだった。

 彼女たちは、相手にとって最も理想の異性へと姿を変えることができる。


(これであの男の好みの姿になって、もう一度誘惑してやるんですからっ!)


 ヘリンは変身能力を発動した。髪が伸び、輪郭が変わる。年上か、年下か。可愛らしい少女か、妖艶な美女か。

 彼の理想に合わせて、身体がゆっくりと形を変えていく。やがて変化が終わると、ヘリンは鏡を取り出し、自分の姿を映した。

 そこにいたのは――

 黒髪。

 どこにでもいそうな平凡な顔立ち。

 そして。


(って、この姿……あのZ級の少年にそっくりじゃないですかぁぁぁっ!?)


 変身した姿は、Z級スキルの少年――ゴート・ジェンと瓜二つだった。


(そ、そんな……!"理想の異性"になる力なのにどうしてこんなことに……?)


 震えながら自分の身体を見下ろえる。

 胸はちゃんとある。 髪もジェンより少し長い。

 ……つまり。


(女版ゴート・ジェン……!!??)


 頭を抱えるヘリン。


(ま、まさか……好みの異性なんていない。それでも強いて言うなら、『大切な親友が女の子になった姿』が理想ってことなんですか!?)


(こ、怖いっ!!もう友情の次元を超えてます!何周も回って怖すぎますっ!!もう近づきたくないですぅぅぅっ!!)


 あまりにも衝撃的な結果を目の当たりにしてしまったヘリンは、その場でウィーク攻略を断念した。

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