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第33話:【絶頂】竜神の加護と、命を繋ぐ人工呼吸(ディープキス)

3人目攻略!



 静寂に包まれた、絶対零度の水底。

 すべてが凍りつき、時間が停止したかのような白銀の密室の中で、二つの影だけが重なり合っていた。


 白鐘の姫の冷たく、熟れきった毒林檎のような赤い唇が、意識を失いかけている波澄澪の青白い唇を、完全に塞いだ。


 ――チュッ、と。


 水中であるにもかかわらず、その水音は鼓膜を直接震わせるように、甘く、そして卑猥に響き渡った。


「……んっ……」


 澪の喉の奥から、微かな、本当に微かな抵抗の吐息が漏れる。

 肺の酸素はとうに尽き、彼女の脳は死の眠りへと落ちる寸前だった。だが、唇に触れた圧倒的な「冷たさ」と、それを遥かに凌駕する暴力的なまでの「熱量」が、彼女の意識を強引に現世へと引き戻したのだ。


 姫は、閉ざされた澪の唇を、自らの舌先で強引にこじ開けた。

 一切の容赦のない、絶対的な捕食者としての侵入。

 冷たく滑らかな姫の舌が、澪の口腔内へと滑り込み、死の淵で震える彼女の舌を執拗に絡め取る。


「んんっ……!? あ、……ぁ、ぐぅっ……!」


 澪の瞳孔が、限界まで見開かれた。

 酸素を求めていたはずの肺に流れ込んできたのは、空気などではなかった。

 交わる舌を通して、姫の体内から直接注ぎ込まれる、超高純度の『妖力マナ』の濁流。


 それは、大妖怪である姫の命の源そのものであり、同時に、嗅いだ者の理性を根こそぎ焼き切る猛毒の「匂い」の結晶だった。

 雪山の極限の冷気と、咲き乱れる毒花の甘い蜜を濃縮したような、狂おしいほどに濃密な味。

 それが、澪の粘膜から直接血液へと溶け込み、脳髄に向かって一気に駆け上がっていく。


「んちゅ、……れろ、……じゅぷ……っ」


 交わる舌と舌が、水の中で銀色の唾液を糸のように引いては絡み合う。

 姫は、ただ息を吹き込んでいるのではない。澪の口蓋を舐め上げ、歯列をなぞり、舌の裏側まで徹底的にしゃぶり尽くしながら、自らのマーキングを細胞の一個一個にまで刻み込もうとしていた。


 ――あぁ、なんて純度が高くて、可愛らしい血なのかしら。こんな極上の真珠を、あの泥どもに喰わせるわけにはいかないわ。


 姫の金色の瞳が、愉悦に細められる。

 腕の中でビクンビクンと跳ねる澪の身体を、純白のドレスごと強く抱きしめ、さらに深く、喉の奥まで届かんばかりのディープキスを叩き込む。


「あ、が……っ、あぁぁぁっ……!」


 澪の脳内で、閃光が弾けた。

 苦しいはずだった。息ができない恐怖で、狂いそうだったはずなのに。

 体内に注ぎ込まれる姫の妖力が、澪の血管を巡る「人魚の血」と激しく共鳴を起こし、死の苦痛を、致死量を超える『快楽』へと強制的に変換してしまったのだ。


 脳が、沸騰する。

 自分が誰なのか、ここがどこなのか。自分が人間なのか、半妖なのか。

 そんなちっぽけな理性のすべてが、流れ込んでくる甘い匂いの濁流に飲み込まれて、真っ白に消し飛んでいく。


 澪の足首から膝下を覆っていた青白い鱗が、姫の妖力に反応して、まるで呼吸をするように明滅を始めた。

 それは、水妖に対する防衛本能からの変異ではない。

 目の前にいる絶対的な水と氷の支配者――『竜神』とも呼ぶべき上位存在からの加護を受け入れ、歓喜に打ち震える、水族としての本能的な同調シンクロだった。


「んんんっ! はぁ、……ぁ、んちゅ、ぁあんっ……!!」


 澪の身体が、感電したように激しく痙攣した。

 もはや彼女は、酸素など求めていなかった。

 エラ呼吸だろうが肺呼吸だろうが関係ない。ただ、この圧倒的に美しく、恐ろしいお姉様から与えられる「甘い毒」だけが、今の彼女の命を繋ぐ唯一の糧だった。


 もっと。もっと欲しい。

 この匂いがないと、私、死んでしまう。

 私の中を、全部、お姉様のもので満たして……っ。


 死の恐怖で強張っていた澪の両腕が、無意識のうちに動き、姫の細い首にすがりつくように巻きついた。

 自分からさらに深く口づけを求め、姫の唇を吸い返し、冷たい舌に自らの舌を擦り付ける。

 彼女の喉の奥から、「きゅぅぅ……」という、海豚イルカの鳴き声にも似た、甘く淫らな服従の鳴き声が漏れ始めた。


『……マスター。対象「波澄澪」のバイタルサイン、急激な回復を確認。……血中酸素濃度は依然としてゼロですが、マスターの妖力が擬似的な生命維持システムとして完全に代替機能しています』


 静まり返った水底で、シキの合成音声が、姫の脳内にだけ冷徹に響く。


『また、対象の霊的構造(魂)に、マスターのフェロモンが完全に定着したことを確認しました。……解呪の必要がない相手にまで、これほど濃厚なマーキングを施すとは。マスターのサディズムも、いよいよ極まってきましたね』


 シキの言葉には、どこか呆れたような、しかしこの状況を楽しんでいるような響きがあった。


 ――黙りなさい、ポンコツAI。私はただ、この生意気な人魚の小娘に、「誰に命を救われたのか」を魂の底まで分からせているだけよ。


 姫は心の中で傲慢に言い放ちながら、さらに強く澪の唇を吸い上げた。


 澪は、自分が「人魚の半妖」であることを自覚し、その血を忌み嫌っていた。

 だからこそ、同じ血脈の頂点に立つ存在(姫)から直接注がれる圧倒的な力は、彼女の自己否定を根底から破壊し、代わりに「絶対服従という名の至福」を植え付けるのに十分すぎる劇薬だったのだ。


 永遠にも思える、長くて、淫らな命のやり取り。


 やがて、澪の体内に十分な妖力が満ち、彼女の足の鱗が、呪いのような青白さから、神々しい白銀の輝きへと変化したことを確認すると。

 姫は、ゆっくりと、名残惜しそうに澪の唇から自らの唇を離した。


 ぷつり、と。

 二人の間に、水に溶けないほど濃密な、銀色の唾液の糸が艶めかしく引かれ、揺らめいて消える。


「はぁっ、はぁっ、あ……ぁ……んっ……」


 姫の腕の中で、澪は完全に腰を砕かれ、操り人形の糸が切れたようにだらりと首を垂れていた。

 氷の檻に囲まれた絶対零度の水中にいるというのに、彼女の全身は、異常なほどの熱を帯びて赤く上気している。

 瞳の焦点は完全に合いを失い、とろけきった表情で虚空を見つめながら、だらしなく半開きの唇から、熱っぽい吐息と気泡を吐き出している。


 死の淵にあった絶望の面影は、そこにはもうない。

 あるのは、極上の快楽と加護を与えられ、主人の匂いと魔力なしでは生きられない身体に作り変えられた、哀れで、ひどく愛らしい「竜神の眷属」の姿だった。


「……ふふっ。本当に、素直で良い子」


 姫は、とろけた顔で喘ぎ続ける澪を見下ろして、心の底から満足そうに微笑んだ。

 彼女の濡れた黒髪を優しく撫で上げ、その白い額に、チュッと、承認の印である軽いキスを落とす。


「あなたのその醜い鱗は、私が白銀の輝きで上書きしてあげたわ。もう、泥の化け物に怯える必要はない。……ただし、その代わりに」


 姫は、澪の耳元に唇を寄せ、甘く、残酷な呪いを囁いた。


「この匂いを、魂の底まで刻み込んでおきなさい。……あなたはもう、私だけの可愛いお魚なのだから」


「……あ、……ぁ。……りゅう、じん、さま……。……もっと。……いい匂い、もっと……ください……っ」


 完全に気絶する寸前。

 澪は、姫のドレスをぎゅっと握りしめ、狂おしいほどの狂信と依存に満ちた言葉を呟いて、そのまま深い眠りへと落ちていった。


『マスター。事後処理は完了しました。水妖の残骸も、プールの汚染も完全に浄化されています。……これ以上長居すれば、マスター自身の「人間の肉体」への負荷が限界を超えます。浮上を推奨します』


 シキの言葉に、姫は小さく息を吐いた。


 ――分かっているわ。本当に、人間の身体というのは不便極まりない。


 姫は、腕の中の澪をしっかりと抱き抱え直すと、白銀の氷に覆われたプールの底を、軽く蹴り上げた。

 その瞬間、彼女の身体は、重力を無視したかのように、気泡と共に水面へと向かって真っ直ぐに浮上していく。


 水底の世界から、水上の現実へと戻る境界線。

 水面を割って顔を出した瞬間、姫の身体から白銀の光の粒子が弾け飛び、大妖怪の意識が、男としての清春の自我へとバトンを渡し、深い眠りへと還っていった。


「ぶはっ!! げほっ、ごほっ、はぁっ、はぁっ……!!」


 男の身体に戻った清春は、プールサイドに澪の身体を押し上げながら、肺の奥底まで新鮮な空気を吸い込んだ。

 全身の筋肉が悲鳴を上げ、関節が軋んでいる。

 変身の反動と、酸欠のダメージ。意識を保っているのがやっとの状態だった。


「波澄……っ! おい、波澄、大丈夫か!」


 清春は、プールサイドに横たえた澪の肩を揺さぶった。

 彼女は目を閉じ、静かな寝息を立てている。その顔色は血の気を取り戻し、呼吸も安定していた。

 そして何より、彼女の足を覆っていたあの不気味な鱗は、どこにも見当たらなかった。元の、綺麗な人間の肌に戻っている。


「……よかった。助かった、んだな……」


 清春は、安堵からその場に仰向けに倒れ込んだ。


 水妖は消滅した。

 彼女の命も、スランプの原因だった体質の悩みも、これで解決したはずだ。

 これで明日からは、また平穏な……いや、少なくとも「新たな厄介事」は増えずに済むはずだ。


 清春は、天井の照明を眩しそうに見上げながら、そう信じて疑わなかった。

 自分が気を失っている間に、『白鐘の姫』が澪の魂にどれほど恐ろしく、淫らなマーキングを施したのか。

 そして、そのマーキングによって、波澄澪という少女が、綾や珠希とは全く違うベクトルの「激重狂信ヒロイン」として覚醒してしまったことに。


 事なかれ主義の男子高校生が、自らの口づけが生み出した「三つ巴の地獄」の全貌を知るのは。

 翌日、料理部の扉が、かつてないほどの勢いで蹴り破られる、その瞬間まで持ち越されることとなるのである。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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次回お楽しみに。

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