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地震が起こった日。領民たちに被害は出ず怪我したのは私だけだと知って安心した。……それを言ったらオレール様にちょっと怒られたが。
あれからとみに、オレール様は私に対して過保護になった気がする。
あざが薄れているのをなぞった彼がふと私に視線を向けた。
「そういえば、マルスリーヌはなににお金を使うのかい?」
「え? そういえば、考えたことないですね」
積み上がっていくお金にビビり散らかすを繰り返すばかりだ。
でも確かに使わないのもなぁ、と考えてしまう。
「あ、ではオレール様になにか贈りたいです」
取引先との関係構築には手土産は外せない。我ながらあっぱれ!
そうと決まればなにを贈ろう。ハンカチ? それとも本? 聞いても良いかな、と私は彼を見上げた。
「あ……私に。そうか、それは嬉しいね……」
顔が真っ赤なオレール様がいた。私にも移る。
「楽しみだよ」
顔が赤いままにこりと笑う彼に、私もにへらと笑った。
◇
散々あぐねた私は、結局彼の髪に結ぶリボンにした。でも素材は最上級だし、とっても綺麗。
「けど、本当にピンク色で良かったのかな?」
調査のため好きな色を聞いたら、オレール様はきりりと答えた。
「淡いピンクが好きだよ」
「そうなのですか?」
「あぁ」
確かに似合うかも、と思ってピンク色にしてしまったが、本当にこれで大丈夫かな?
だが、私からリボンを貰ったオレール様は周りに花がぽぽぽと飛ぶ幻覚が見えるくらい喜んだ。そんなにピンク色のリボンが好きだったなんて。確かに最近舞踏会に行くとき、決まってピンク色のものを身に付けている気がする。
あまりにも嬉しそうにする彼に私まで嬉しくなっていると、「じゃあ私も」と柔らかな布に包まれたなにかを取り出した。
――それはリボンより一等高価な宝石。あが、と慄いてしまう。
「マルスリーヌが私に贈り物をしてくれるのかと、嬉しくてね。つい買ってしまったんだ」
「え、えっと……こんな高価なものはホイホイ受け取れないというか……」
ていうか今この人どこから出した? え、胸ポケットから? 胸ポケットからこんな高そうな宝石取り出したの?
オーラ強めな微笑みを手向けられる。
「では、一緒に夜会に行っておくれ。それなら良いだろう?」
私は、当て馬としての職務を全うできていない気がするのに……オレール様はこんなに沢山のお金を……。悪徳商法をしている気分になる。
これは、恩を返さずんば。
◇
一週間後の夜会。私は拳を握りしめた。
私は間違っていた。オレール様のためを思うなら、令嬢方に彼の良いところを布教したりするのではなかったということに。
だって、今までの婚約者は全員、私の知らぬ間に運命の人を見つけていたのだから! 寧ろ手伝うと『当て馬令嬢』効果は半減なのかもしれない。
だったらやるべきことは一つ。彼を一人にせねば。今まで私の側にいてくれて、色々な好奇の視線から守ってくれたけど卒業の時。私は巣立つのだ。
「オレール様、私とってもお友達がほしいので今日は別行動でも良いでしょうか?」
「……なぜだい?」
「お、お友達が欲しいのです」
再度主張すれば、オレール様は今度こそ黙ってしまった。暫くしてから、そっと手を取られる。
「君が隣にいてくれるということではなかったのかい? マルスリーヌの仕事は」
「今日はお休みということにできないでしょうか?」
これもお仕事の一環だとは言えないので、私は嘘を重ねる。
まだ渋るオレール様の手を、私はぎゅっとした。
「お願いします。今度、なんでもいたしますので」
「なん、でも……」
「はい、なんでも!」
途端に、彼の眉がへにょりと下がった。心なしか、耳が赤い。
「こら、そんな大事なことを簡単に言ってはいけないよ。分かった、今日は諦めるよ」
緩く額を叩かれる。
こうして、私たちは別行動となった。
彼に運命の人がいるとも、知らずに。
◇◇◇
「ごきげんよう、マルスリーヌ様」
「ごきげんよう」
令嬢方に話しかければ、皆一様に首を傾げた。
「あら、今日はプラハ公爵様とは一緒じゃありませんのね」
「そうですね。もっと皆さんとお話したくて」
「まぁ、それでしたら大歓迎ですわ」
令嬢と最近の社交界での話に興じる。
最中、ちらりとオレール様を窺った。彼は一人で果実水で喉を潤している。
胸を撫で下ろした。
「……? 私、なんでホッとしてるの?」
マルスリーヌ様? と呼びかけられ私の意識が浮上する。
少し痛む心臓を誤魔化し、私は笑顔を取り繕いまた話の輪へ戻った。
また少し経って。喋り疲れ壁に向かった私は、飲み物を受け取り人心地つく。冷たいものが喉を通り、火照った頬も落ち着いていった。
そろそろ帰ろうか、とグラスを握りしめる。だって、オレール様に運命の人は現れていないようだったから。また日を改めてトライすればいい。
辺りを見回す。人の壁で上手く見えず、令嬢として無作法にならないよう気をつけながら探せば、ピンク色のリボンが目に飛び込んだ。
――彼は女性と話していた。銀色の髪が美しいその人と話す度に、オレール様も嬉しそうにしている。
時折真面目そうに自分の指を撫でながら、少し頬を赤らめていた。
「…………」
気づけば歩き出していた。給仕に先に馬車に戻っている旨の言伝を頼んで一人で進む。
馬車に乗って、私は心臓を落ち着かせた。
「これでお役目御免、ってことよね? それなら退職金でもせしめちゃおうかな。それでパーッと遊びにでも行こう」
そうと決まれば、帰ってきたオレール様を祝福しなければ。
……そう思っていたはずなのに、気づけば私は寝たフリをして、疲れたのかなと微笑む彼の声を聞いていた。
◇
あれから十日。未だに婚約解消の話は出なくてヤキモキしていると、部屋にオレール様が訪れた。
「マルスリーヌ」
どこか嬉しそうな様子のオレール様に心の中で警鐘が鳴る。声も出せずにいると、オレール様がなにかを取り出した。小さな小箱に目が吸い寄せられる。開けば、意匠が凝られた品の良い指輪が収まっていた。
「これを、君に。受け取ってくれるかい?」
瞬間、呼吸が止まった。
「……いや――!」
私は彼の胸を押す。
「欲しくないです」
距離を取ろうとしてもオレール様はまた迫ってくる。困った顔をしていた。
私の唇は震え、勝手に言葉を紡ぎ出す。
「お金も、宝石も、本当は欲しくなんかありません……っ」
その言葉がストンと腑に落ちた。自分で自分に納得してしまう。
――そうだ、私が、私が本当に欲しかったのは。
「愛して、欲しいんです。本当は、もう、ずっと前から……」
私はずっと、空いた穴が塞がらないのはたったの数十万円しか慰謝料がもらえず、二人は幸せそうにのうのうと暮らしているからだと思った。けれど違った、詰め込むものが違かった。
ただ、愛して欲しいだけだった。
今さら気づいてしまった心に涙がボロボロ溢れる。そんな私の手をオレール様が取る。拒もうとしても振りほどけない。
「マルスリーヌ、私は君を愛しているよ」
「嘘です……っ、この間の夜会で他の女性と楽しそうに話していたではありませんか!」
「あれは同じ古代書の解読を担っている人で、そもそも既婚者だよ。結婚指輪について、こういうのは喜んで貰えるかと聞いていたんだ」
顔を上げた。オレール様はいつものように、その澄んだ瞳に私を映す。
「で、でも。最初に私と婚約を結んだのは運命の人と出会うためだと」
「それはね、マルスリーヌ。私は君こそが運命の人だと良いなと思ったからなんだよ」
言葉足らずだったね、情けない。そう言って彼は語り始めた。私はずっと前から君を見ていた、と。
「初めて君を見たのは、一人目の婚約者と踊る姿だった。幸せで堪らないと、愛情と信頼を一身に彼に向けているマルスリーヌを見た時にね、良いものを見たと思ったんだよ。どうか曇りのない人生を送ってほしいと。それが本にならないような、平坦なものでもね」
そこでオレール様は言葉を切った。ふと、一瞬遠くに意識をやったようであった。
「その後、婚約解消の話を聞いた。君がまた新しく婚約を結んだとも聞いてね。……次の夜会でマルスリーヌを見つけた時、昔と変わらず微笑み新しい婚約者を愛しているようだった。――けど違った」
「違、った?」
「そうだよ。唇は震え、瞳を曇らせ、それでも必死に笑っていて。あの日の、全幅の愛情を婚約者に寄せていた君はもうどこにもいなかった。そしてまた婚約解消の噂を聞いて。それならば私がマルスリーヌを幸せにしたいと思ったんだよ」
触れ合った指先が温かい。言葉は日向水のように、私の内側に痛くも辛くもなく静かに流れる。
「当て馬令嬢?と言って楽しそうにお金を稼いでる君に私は安心してしまった。もっと他に言うことがあったはずなのに、君は今も傷ついたままなのに。すまない、マルスリーヌ」
「いえ、違います……私が……私が謝るべきで……」
「マルスリーヌ。無理をしなくて良いんだ。自分を偽るのもやめなさい。結局傷つくのは、それが嘘だと知っている君自身なんだから」
変な息が出てしまった。まだ涙は止まらない。悲しいのか嬉しいのか、もう自分でも分からない。
オレール様がもう一度指輪を出した。
「マルスリーヌ。私の運命の人。どうか私と、結婚してはくれないかい?」
「私を、運命の人に、してくれるんですか……?」
「君だから、私の運命の人になってしまったんだよ」
手を差し伸べる代わりに思いっきり抱きついた。
ようやく満たされて。もうどこも痛くない。苦しくもない。ただ温かい。
そして微笑みあって。指輪の穴に、私は指を通した。
◇◇◇
あの後、貯めていたお金はお返しした。もう私には必要のないものだし、心臓に悪い。宝飾具もそうしようかと思ったがオレール様が頑として受け取ってくれず、結局私の下に残っている。
「でも本当に良いのかい?」
「えぇ。欲しいものは、十分もらっていますから」
「それなら、これからも沢山欲しいものを教えてほしいな」
半年後に結婚を控える中。私の隣に座ったオレール様が私の手を握る。
それなら、と私は望みを口にした。
「私、古代語を知りたいです。オレール様がなにをしているのか知りたいですし、お手紙とか贈りたいなって……」
「いいよ。どうせなら難しいのにしようかねぇ」
「え、なぜですか?」
私の伸びしろを見込まれているのだろうか? 聞いてみれば彼はいつも通り微笑んだ。
「それなら、他の人が見ても意味を理解できないだろう? 私だけが君からの言葉の意味を知っている。これ以上の幸せはないよ」
その言葉に頬が熱くなって、熱くて熱くて私は涙が出そうになった。
――それから約一年オレール様に暇さえあれば教えてもらった私だったが、文字が繋がっている筆記体のような形の上にその文字自体の見分けも難しく、結局書けたのは一文だけだった。
だがたった五文字のそれだったがオレール様はいたく喜んでくれて。私も釣られて、ふふと笑った。
こうして、どの本にも私たちのことは記されていないけれど。私たちは確かに、いつまでも幸せに暮らした。
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