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「さて、搾り取るとはいえお金をいただく以上、相応の働きをしないと」
果たして金貨七十枚に見合う働きなどできるのかと一抹の不安が過ったが、御恩と奉公な日本人精神的にやるしかない。
むむむと美しい令嬢の姿絵を見比べる。
「マルスリーヌ様、紅茶はいかがですか?」
「まぁ、ありがとう!」
私付きの侍女が穏やかな微笑みを浮かべながら紅茶を淹れてくれる。花の甘い香りがいっぱいに広がり心が和んだ。運命の人探しにも力が入るというものだ。
「うーん、この方とってもきれいね。でもこっちも捨てがたいわ……」
令嬢とは百花繚乱のようで、様々な美しさがある。
「マルスリーヌ様。なぜ令嬢の姿絵を見比べていらっしゃるのですか?」
「えっと、わ、私の趣味です!」
守秘義務、絶対大事! と思って誤魔化したが冷たい風が部屋を吹き抜けた。
この日から、誤解が解けるまで若い侍女が私の着替えや入浴を手伝ってくれることはなくなった。
◇
夕日が部屋に差し込む頃。私は姿絵をテーブルに置き黄昏れた。
よく考えたら、私の好みで選んでもしょうがない、と。
運命の人を見つけた彼らは皆、可愛い系だったり綺麗系だったりと分かれていた。本人にマーケティングした方が確実だろう。
執事にオレール様の居場所を聞き出し、図書室に向かう。
隅にあるソファにその人は横たわっていた。美しいかんばせも、今は少し幼く見える。
「お疲れのようですね」
そういえば、新しい古代書の解読が忙しいと言っていた気がする。まじまじと寝顔を観察してしまったが失礼だと思い直し、代わりにソファの脇にある小さなテーブルに載った本に目を向けた。
「これは……絵本?」
有名な絵本だった。王様が民から雨が降らなくて困っていると言われ、天に向かい祈るお話。そこの解読者に、オレール様のお父様の名前がある。
不思議に思っている所でオレール様がのっそり身を起こした。
「あ、ごめんなさいオレール様。お邪魔してしまって」
「かまわないよ。丁度起きるところだったからね」
寝ぼけ眼の彼は私が持っている絵本に気がつくと、微笑みを浮かべた。
「それは父が解読したものだよ」
「まぁ」
起き上がったオレール様の骨張った手が、表紙を撫でた。
「この絵本を読むと、身が引き締まるんだ。私も頑張らなくてはいけないとね」
「そうなのですね」
すごいなぁ、と尊敬してしまう。
「オレール様は、古代書の解読がとても好きなのですね」
にこりと笑えば、彼の目に星が瞬いた。驚いた犬みたいに瞳を真ん丸にして、私をじっと見ている。
「あの……私なにか可笑しいことを言ってしまいましたか?」
「いや。そういう風に言ってもらったのは初めてなものだったから」
顎に手を当て上を向いてしまう。
「この仕事は、我がプラハ公爵家が代々受け継いできたんだよ。だからこそ憐れまれ、大変そうだと言われるんだ。軽々しく内容を話すことは禁じられていて、実際私がどんな内容を読んでいるのか知らない者も多いしね」
確かに、私が毎日古代書を解読しろと言われたらちょっぴり嫌気が差してしまうかもしれない。
けれどだからと言って、彼を憐れむ気は微塵も湧かなかった。だってその瞳には無数の宇宙がある気がしたから。
「どんな景色を見たか、誰とどんな関係性だったか……色々なことを知るのはとても楽しいよ」
「素敵ですね」
「ふふ、ありがとう」
薄く微笑まれ心臓が高鳴ったがそれを必死に押し留めた。あぶない、好きになるところだった。
「それで、なんの御用かな?」
「えっとですね、」
当初の予定を思い出し聞き出そうとした途端、私のお腹が情けなく鳴った。顔が火を吹いたように熱くなる。恥ずかしくて蹲ってしまった私に、オレール様は優しく笑った。
「もう晩御飯の時間だもの、お腹も空くよね。君さえよければ、食堂に向かいながら話そう」
「ありがとうございます」
手を引っ張られ立ち上がる。そのまま手を繋いで颯爽と彼は歩き出した。
「あの、これは……」
「さて、聞きたい話とはなにかな?」
手を繋ぐ理由を問いだたしたかったけどなんとなく聞ける雰囲気ではなく。とりあえず気にしないことにしコホンと咳払いをした。
「オレール様は好みの女性とかいらっしゃいますか?」
「急になんだい?」
「いえ、当て馬としての役目を全うするための調査です」
「なるほどね」
繋ぐ手に力が入った。
「それならあるよ。――私の仕事である古代書の解読を、大変なことではなく好きでやってることだと言ってくれるような女性かな」
「へぇ、とっても良いですね」
やはりオレール様にとって、古代書の解読はとても大切なものなのだろう。
頭のメモに書き記す。そんな私を、物言いたげな目でオレール様はじっと見ていた。
◇◇◇
――嵐の日は眠れなくて、色々なことを思い出す。ベッドの上で眠れない夜を過ごしながら、私は雨の音を聞いていた。窓に雨粒が叩きつけられ、カタカタ揺れている。ぼんやりとそれを見つめる。
前世、彼と別れた私の下に残されたのは数十万の慰謝料だけだった。それでは駄目だった。私にぽっかり空いてしまった穴を埋めてはくれなかった。
だから私は腹いせに、あまりにも一方的な理由でプラハ公爵家の財を搾り取るのだ。だって、取られたものは取り返さなければ。そうでなければ、あまりにも息苦しい。
……眠れない。
ため息が出てしまった所で扉が小さく叩かれた。思わず身を固くするが、見知った声で「マルスリーヌ、起きているかい?」と話しかけられ脱力する。
ショールを羽織って応対すれば、眉尻を下げた彼が立っていた。少し目に隈があって、まだ古代書の解読をしていたのかもしれない。
「すまないね、君の本棚に置いた本が必要だったんだ。黙って入るのは憚られるから」
この屋敷に置いてある本は、数万冊にも及ぶという。だからあちらこちらの部屋に分散させているらしい。最初は部屋にある、ズオォ……と存在感を放つ大きな本棚に慄いたものだ。
目的の本を探し出したであろうオレール様が、良い夢をと告げ行こうとする。私は服の裾を引っ張ってしまった。
「あっ、ごめんなさい」
「どうかしたかな?」
私より七つ年上のオレール様の声は優しく包容力があって。ついポロリと口から出てしまう。
「お仕事する姿、見ていて良いですか? 邪魔はしませんので……っ」
彼は僅かに目を見張ったが、すぐに瞳を蕩かし私の手を引いてくれた。
◇
彼の自室に入ったのは初めてだが、私の部屋に置いてある本とは比べ物にならない量の本が置かれていた。辺りをキョロキョロ見てしまう。
「ふふ、ここに座ってね。私の特等席だ」
「そんな良い席に私が座ってよろしいのですか?」
「マルスリーヌは特別だからね」
ふかふかの椅子に座らせてもらえば、オレール様は自身の眉間を解した。
「随分とお忙しいのですね」
「普段はこうでもないよ? ただ今回は、詳しくは言えないけど飢饉に関わるものらしくてね。各所からせっつかれてるって訳さ」
「なるほど」
確かに、また同じ事態になった時に前例があるというのは心強い。頷く私に口角を上げ、それからオレール様は机に向かった。
私に背を向けなにかをこなしている。その様子をなにも考えず見つめる。嵐はまだ絶えないのに、この部屋はとても静かな気がした。
時折席を立っては本を探す靴音ですら心地良い。彼が手を伸ばした本棚はお腹を揺らして笑うように少しグラグラしている。
私は目を細めた。
頑張ってる人を見るのは好き。それは私自身が、恋以外に夢中になれるものがなかったからかもしれない。
それでいてオレール様はその努力が正しく認められているのだから最高という他ない。
ふふ、と笑い方が移ったみたいだった。
心配事が溶けていき、眠気も襲ってくる。
そのまま、私は意識を手放した。
朝、目が覚める。
私はベッドの上にいて。どうやらオレール様が連れてきてくれたらしい。手間をかけさせてしまい申し訳ない。
透明な温かな光が部屋に満ち満ちている。深呼吸をすれば、妙にさっぱりとした気持ちになった。
「気分もすっきりしたし、よーし明日からも頑張っちゃう」
プラハ公爵家の財を搾り取っちゃうぞ☆
心を新たにした私だったが、その目論見は段々と崩れていくことになる。そうとも知らず天に拳を掲げ、私はふふと微笑んだ。




