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五節舞【拾参】









 寝たのがいい時間だったので、起きた時間もいつもより少々遅かった。今日は大半の女房達も少し遅く起きるので、那子もちょっと寝坊したな、くらいの時間に起きてきた。


 まず、結界が緩んでいないか確認する。麗景殿と宣耀殿も見やるが、そちらもまだ静かだ。昨夜はいつまで頑張っていたのだろうか。


「五十鈴」


 珍しいこともあるもので、朝の間に時嵩に声をかけられた。欄干から少し身を乗り出す。


「まあ、宮様。おはようございます」

「おはよう。早いな」

「遅いですよ。宮様も、お邸に帰らなかったのですか?」


 時嵩の邸は東四条にあるのでそれほど遠くはないが、あの時間から邸に帰り、一眠りして出仕してくるには時間が早すぎる気がする。


「ああ。昨日は内裏に泊まった」


 さすが親王。その辺は融通が利く。おそらく、同じ親王でも那子の父は五条の邸に帰っているだろうが。


「そうですか……何かありました?」


 こてんと首をかしげると、時嵩は少しあきれたような口調で言った。


「昨日の、少将内侍のことについてだ」


 それもそうだ。あの後彼女はどうなったのだろう。ただの犯罪者なら報告がなくてもそれまでだが、彼女は術者だった。しかも、宇治重玄と関りがある。当然、報告がいる。


「主上に報告する前に打ち合わせがしたかったんだが」


 きょとんとした那子に、時嵩はそう付け加えた。それもそうだ。打ち合わせと言うか、認識のすり合わせはいるだろう。那子と時嵩の語ることが違っていてはまずい。というか、一方からではわからなかったことも、双方の視点が合わさることでわかることがあるかもしれない。それも確認しておきたい。


「わかりました。綾目、お姉様にわたくしは局にいると伝えておいて」

「承知いたしました」


 那子の近くに控えていた綾目に伝言を頼み、姉のところに向かっていた那子は引き返す。時嵩は回り込んで階から上がってきた。


「それで、少将内侍はどうなったのですか?」

「ひとまず陰陽頭が霊力を封じ、内裏の外の使っていない邸に軟禁してある。そちらも、厳重に結界で封じた」


 めちゃめちゃ封じられていた。那子は結界や封じが得意であるが、さすがにそこまで手を出せない。政的にも、那子の能力的にも。主体となって行ったのは陰陽頭のようだが、陰陽博士や天文博士らも手伝っているようだ。それだけの人数で封じられれば、少将内侍ではどうしようもないだろう。


「昨日の今日であるからまだ尋問はできていないが、どうも彼女が宇治重玄に協力していたのは確かなようだな。弘徽殿の事件も、麗景殿の事件も、彼女が暗示をかけてやらせたらしい」

「そうなのですか……」


 どちらも呪物に関する事件だったが、発見されることが前提だった。本気であれで女御たちを狙ったわけではないだろう。そもそも、宇治重玄は女御たちをどうこうする気はないだろう。ただ、帝を揺さぶろうとした可能性はある。


「おそらく、お前が藤壺に連れ込まれた件も、彼女が裏で糸を引いている」

「そうでしょうね……」


 それは那子も勘づいたことだ。那子は先回りして、少将内侍のたくらみを排除していた自覚がある。ほとんどが弘徽殿に仕掛けられたものだが、麗景殿や宣耀殿で仕掛けられたものも、できるものはこっそり排除していた。彼女にとって那子は目の上のたん瘤だっただろう。


 宇治重玄の最終目標が何かわからないが、障害となるのは時嵩や那子だ。時嵩と久柾の意見を信じるなら、那子を殺してしまいたくはないだろう。だが、それを少将内侍が納得しているかは不明だ。もっとも、少将内侍が那子に使おうとした呪詛は彼女を呪い殺すようなものではなかった。容貌を損なうようなものだった。


 まあ、宇治重玄と少将内侍は別の人間なので、思惑に齟齬が出ていても不思議ではない。


「少将内侍が、内裏内をひっかきまわしていたのでしょうね。陰陽頭が見通せないのも当然です」


 目の前で目くらましをされていたのだ。未来が見えなくても当然である。当代の頭はかなり霊力が強いが、直接目をふさがれては手の出しようがない。


 最も恐ろしいのは、宇治重玄が少将内侍を手ごまの一つ程度にしか思っていないことだろう。敵に捕まればあっさりと切り捨てられる。少将内侍自身はあんなにも慕っている様子だったのに。那子を邪魔に思ったのは、そう言った面もあるのだと思う。


「情緒が育ってきたな」

「宮様には言われたくないのですけれど」


 考えを述べた那子に、時嵩が驚いたように言った。だが、時嵩も大概朴念仁だ。人のことは言えないはずである。


 いくつか話をすり合わせ、那子は自分が休んでいる間に時嵩はとっても大変だったのでは、と思った。


「そう言えば、少将内侍は誰の紹介で出仕していたのですか? 掌侍ないしのじょうでしたから、それなりの身分が必要だと思うのですが……」

「ああ……地方の国司の娘と言うことになっていた。高階の中納言の紹介文が添えられていたが、話を聞いたところ、覚えがないと言うことだった。私は人の心が読めるわけではないが、うそをついているわけではなさそうだった」

「そうなのですか……というか、宮様、働きすぎでは?」


 途中で引き揚げたにしても、豊明節会は真夜中まで続いていて、今は早朝とは言えないが午前中の結構早い時間だ。時嵩が調査を始めてから今に至るまで、四刻もない。


「そうだろうか」

「そうですよ」


 ペタペタと時嵩の頬に触れると、彼は気持ちよさそうに目を閉じた。我ながら色気のない触り方だ。


「ちゃんと、休んでくださいね」

「ああ」


 下からのぞき込む那子を見つめる目が優しい。すっと時嵩の頭が沈んで那子は「えっ」と声を上げた。そのまま、那子の膝に時嵩の頭が乗る。


「四半刻で起こしてくれ。仮眠してから邸に戻る」

「まあ……はい」


 にっこり笑って那子は了承した。倭子のところに行こうと思っていたが、ちょっと遅れても彼女は気にしないだろう。むしろ、倭子もまだ眠っているかもしれない。


 目が閉じられた時嵩の顔を眺める。相変わらず、きれいな人だ。那子と時嵩は九歳の年の差がある。圧倒的に年下の那子は、自分から甘えるし、甘やかされることの方が多いと思う。こうして、時嵩が甘えてくれるのは貴重だ。


「ふふっ」


 思わず笑みがこぼれる。まだ眠っていなかった時嵩は目を開けて、「なんだ」と苦笑を浮かべた。大きな手が那子の頬を撫でる。那子も目を細めて微笑んだ。


「なんでもございません。四半刻で起こしますから、休んでくださいませ」

「そうか? 頼んだ」


 再び時嵩の目が閉じられた。ぐっと腰に腕を回されて、おなかのあたりがくすぐったい。那子は時嵩の肩をなでた。


「お休みなさいませ」









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この章は完結です。

あんまり五節舞関係なかった…。

あと3章くらいかなぁ。


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