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#79 あの日の光景

「避けてないで早く切られてよ。ねえ、ねえ、ねえ、ねえ!」


「くっ」


 レイと美玲の戦闘が続く。戦闘といっても美玲の斬撃をレイが避けるという一方的な展開が続いていた。周りではアサルトスーツを着た男たちが十数人、直立姿勢で彼女らを見守っている。

 美玲の太刀筋はとても美しかった。洗練された刀捌き。大学で達海と戦っていた大輝のがむしゃらな太刀筋とはまるで別物だった。反撃をする隙なんて一切ない。一瞬でも油断をすれば、いつの間にかに切られてしまうという危機をレイは感じていた。


「大ちゃん、今敵をとるからね。私のこと空から見守っていてね。ああ、なんて、なんてゾクゾクするのかしら」


 美玲の刀を振るスピードが一段と早くなる。


「あんた、大輝って人のなんなの? その人、私の友達の婚約者だったんだけど!」


「黙れ、黙れ、黙れ! あんな女狐の話をするな! 大ちゃんは私のもの。私だけのもの。私たちの愛を阻まないで!」


 美玲はレイの言葉に動揺したのか、顔色を変えて太刀筋が少し荒くなった。余計な力が入った刀捌きは大雑把になっていく。これならば反撃できる。

 美玲が刀を振り下ろした瞬間、それを避けたレイは彼女の鳩尾に突きを喰らわせた。


「あがっ」


 美玲はその衝撃でよろけたものの、すぐに体勢を立て直して刀を振り上げた。しかし、レイは美玲の体をすり抜けて彼女の背後に回り込みその攻撃を躱した。彼女らは背中合わせの状態となる。


「君、大輝のことが本当に大好きなんだね。彼のこと守れなくでごめんなさい。私もね、大好きな人がいるの。彼のことを助けたい。だからここで君に負けるわけにはいかない!」


「亡霊の分際で!!」


 美玲が体をレイの方へ向けようとした瞬間、レイは美玲の腕を掴むと力を振り絞って背負い投げをした。


「うおおおおおおお!」


「ぐあ!」


 美玲の体が腹から地面に叩きつけられる。「美玲殿!!」とアサルトスーツの男たちが、神器のサバイバルナイフを構えてこちらに駆け寄ろうとした。


「動かないで!!」


 地に這う美玲が声をあげた。


「私はまだやれる。こいつを殺さないと。……ああ、大ちゃん、待っててね。私が今、敵をとるからね」


 美玲は「はあはあ」と荒い息をたてて、瞳孔が開いた目でレイを見ながらにじり寄ってくる。

 美玲に戦う力はもう残ってはいないはずだ。レイは地面に這いつくばる彼女のことを憐れむような目で見た。


「なんなのよ、なんだよその目は! そんな目で私を見るな! そんな目で……」


 こんなところで時間を使っている場合ではない。早く達海の元へ向かわなければ。レイは美玲から目を逸らすとアサルトスーツの男たちの方を見た。


 この男たちを私一人で突破できるのか? いや、突破するんだ。きっとでき——


「やっと追いついた。美玲氏、やられちゃってるじゃないか!」


 後ろから裕樹が、のそのそとやってきた。


「小生、走るのはあまり好きじゃないんだ。もう逃げるなよ死装束の幽霊!」


 裕樹がレイに向かって短剣を構える。

 この男だけなら……なんとかできるんじゃないか。あとはアサルトスーツの男たちさえなんとかすれば。そんな考えがレイの頭をよぎった。


「むっ、むむむっ! 後ろにいるのは、もしや新部隊の『GHオクシラリー』。霊視ゴーグルにアサルトスーツが男のロマンをくすぐりますねー。そうか今日は試験運用だったのか。期待しちゃいますなー」


「何してるんすかー。……あれ!? 斉藤さんやられちゃったんすかー。あらあら」


 何やら興奮している様子の裕樹の後ろから、大きな槍の神器を持った圭が歩いて来た。


「!!……アクタは……アクタはどうしたの!?」


「……ああ、イケメン幽霊のことっすか。俺がここにいるってことはそういうことっすよ。ねぇ」


 圭はレイに向かってニタァと笑って見せた。

 まさか、アクタは除霊されてしまったのだろうか。レイは絶望感に駆られた。

 前髪で目を隠したGHだけならばまだしも、アクタを倒したGHと十数人のサバイバルナイフの警察官を一気に相手にできるとは思えなかった。おまけに先ほどの戦いで疲労も溜まっている。

 ああ、私はここで除霊されてしまうのだろうか。


「それじゃ、いくっすよ」


 細い目を少し開いた圭が、目から光を失ったレイに向かって槍を構えた。




 達海は山林を駆けていた。先程まで血液が溢れていた彼の手足の傷は、すでに殆ど塞がっていた。

 あれからどうなったんだろうか。手足を貫かれ、腹を刺されて。それからの記憶が曖昧だ。体の感覚がほとんど無い。まるで自分が自分ではないようだ。……とにかく、とにかくレイたちのところに急がないと。達海はその一心で走り続けた。

 前の方から何やら人の声が聞こえてくる。達海が目を凝らして見てみると、槍を構えた圭にレイが襲われていた。


「レイ!!!!」


 達海の声にレイはハッとした。どうして諦めようとなんてしたのだろうか。こんなに近くに達海はいたのに。レイの目に光が戻る。


「どうしてここにいるんすか!」

「まさか、脱獄したのか!?」

「達海!!!!」


 皆が一斉に達海の方を見た。


「脱獄犯を捕えろ!!」


 アサルトスーツを着た男たち、『GHオクシラリー』が達海に向かって飛びかかる。達海はそんな彼らにレイから教わった武術で対抗した。達海の猛攻にGHオクシラリーは次々に呻き声をあげながら倒れていった。


「わお、訓練された警察官たちを倒すなんて、さすが如月さんを殺っただけはあるっすねー」


「達海!」


 レイが達海の元へと駆け寄ろうとすると、裕樹が行手を阻んできた。


「貴公は小生が相手をしよう」



「レイ!!」


「感動の再会はお預けっすよ」


 GHオクシラリーを薙ぎ倒していった達海の前には、圭が立ち塞がった。


「さあ、大人しく牢屋に戻りましょうね。大人しくしないと勢い余って殺しちゃうかもしれないっすから」




 その頃、ボロボロになったカモクが、座って木に凭れかかっていた。


「油断したなぁ。まさか、ここまでとはなぁ」


 カモクはゆっくりと青空を見上げる。木漏れ日がカモクの顔を照りつける。


「それにしても、僕の武器を壊すなんて芸当、できる奴がいるとはね…………いや一人いたな……でもそんなことありえな……」


 顔色を変えたカモクは立ち上がった。


「……やっぱり彼はそうなのか? だとしたら抜け駆けは許さない」




「如月さーん。どうしてこんなのに殺されちゃったんすかー!!」


 圭が槍を何度も何度も、なんの躊躇もなく達海に向かって突き放つ。


「お前、殺す気でやってるだろ!!」


 達海はそれを必死に避け続けた。もう殆ど感覚のない体を必死に動かし続けた。


「人殺しが何をほざいてるんすか」


 圭は突きをやめて、横に槍を振り払った。達海は顔の横に腕を構えて槍を防ぐ。骨が軋む音が聞こえてくる。このままだと折れてしまいそうだ。


「うぐっ」


「あはは、その歪んだ顔、最高な表情っすね! もっと歪ませてやるっすよ!」


 圭の力が強くなった。もう腕が持たないと感じた達海はその場にしゃがんで槍を受け流した。


「おっと」


 槍を横に振り切り、前方に隙ができた圭に向かって達海は拳を振りかざす。


「ダメっすよ、そんなんじゃ」


 圭は槍を横に振った勢いのままに片足を上げて、懐に飛び込んで来た達海に蹴りを入れた。


「ああ!!」


 蹴りは達海のこめかみに当たり、彼はその場に倒れ込む。顔を上げた達海の目の前に大きな槍の先が向けられる。


「もう諦めろっす。ここで幽霊たちは一網打尽。メガネくんは逮捕。これでハッピーエンドっす」


「違う! 俺たちは帰るんだ。大切な人がいる場所に。大切な人と一緒に!」


「どーせ、その帰る場所も今日なくなるっすよ。聞いてないっすか? カフェ陰陽は今日でもう終了っす。春明にも拘束命令が出てるっすから」


「俺は……俺は最後まで抗ってやる!」


「しつこいっすねー。加藤さん、ささっとやっちゃってくださいっす」


 圭は、レイと戦う裕樹の方を見た。

 裕樹は短剣の神器を数本顕現させると、投げつけて攻撃していた。レイがそれを躱してそれらが後ろの木に突き刺さっていく。


「短剣はふつー、あまり投擲はしないけど、この武器は無限に使えちゃうからこその芸当だよねー。チートすぎるでしょ」


 裕樹が指輪から短剣を再び顕現させると、その都度、木に突き刺さった短剣が順に消えていった。顕現できる数には限りがあるのだろう。


「本気で戦ってないでしょ」


 レイが、手のひらで短剣をくるくると回す裕樹を睨みつけた。


「的当てゲームみたいで楽しかったんだけどな。圭氏からの野次も入ったことですし、ここからは本気で……いかなくてもいいか」


「?」


「レイ!!!!」 


 達海の叫び声に反応してレイは後ろを振り向いた。そこには刀を大上段に構えた美玲が立っていた。


「あ……」


 この瞬間、レイには周りの景色がスローモーションのように見えた。このままでは除霊される。


「ばいばい」


 刀は振り下ろされた。その時、


「くっ」


 達海がレイと美玲の間に入り、刀を振る美玲の腕を受け止めた。


「ああー!! まだそんな元気が残ってたんすか」


 自分の目の前から消えた達海に向かって、圭が驚きの声を上げる。


「そんなに焦らなくても、あなたもちゃんと殺してあげるから」


 美玲は刀を振り下ろす力を強めていく。


「レイ!! 逃げろ!!!!」  


「でも!……」


 すると、レイのすぐ側に裕樹が短剣を構えて走り込んで来た。刀身がレイの喉元にもう少しでとどいてしまう。


「虎!!」


 達海は叫んだ。するとどこからともなく虎が現れて、裕樹のことを前足で弾き飛ばした。そしてレイのことを咥え込む。


「むむむ! 虎の式神!! 媒介なしで呼び寄せたのか!!? なんて奴だ!!」


 虎に弾き飛ばされて地面に転がった裕樹が大興奮で叫んだ。


「虎!! レイを連れて逃げろ!!!!」


 虎は達海の言葉を聞くと、レイを咥えたまま山の麓の方を向いた。


「レイ、それじゃあ。必ず陰陽に戻るから。先に帰っててよ」


 達海がレイに笑顔を向ける。


「やだ。離して! 達海も一緒に帰らないと! 皆んなも待ってるから! 達海!!」


 虎は山の麓を目指して走り始めた。



「ああああああああ!」


 向こうから達海の叫び声が聞こえてくる。


「戻ってよ! このままだと達海が! 君の主様が危ないんだよ……お願いだから戻ってよ!」


 泣いて暴れるレイを虎はしっかりと咥えたまま走り続けた。達海の叫び声がどんどん小さくなって聞こえなくなっていく。


「達海ーーーーーー!!」



「ああああああああ!」


 美玲の刀によって、達海の右腕の肉が削ぎ落とされた。辺りには血飛沫が飛び散る。


「うわぁ、斉藤さんえぐいっす」


 圭が口を手で覆って、引いたような表情を見せる。


「小生は虎を追いかけなければ」


 虎を追いかけようとした裕樹のトレンチコートを達海は左腕で掴んだ。


「行かせない!! そっちには行かせない!!!!」


「ひぃ!!」


 虚な目でしっかりとコートの裾を握りしめる達海を見て裕樹が悲鳴をあげる。

 美玲は達海の右足にすかさず刀を突き刺した。


「ねぇ、何よそ見してるの?」


「うううう」


 達海は鈍い呻き声をあげる。もう思いっきり叫ぶ力さえも、彼には残されていなかった。


「美玲さん、それ以上はまずいっすよ。メガネ君、出血多量で本当に死んじゃうっすよ」


「いいじゃない、こんな奴死んじゃっても」


「美玲さん完全にイカれてるっすね」


 圭がニヤリ顔の美玲を見て失笑する。


「借りるよ」


「え? ああ、あ? カモクちゃん?」


 突然向こうから颯爽と走って来たカモクが、圭の手から槍を奪い取ると、達海の懐に槍を突き立てながら飛び込んだ。

 その光景を見た美玲が目を見開く。


「彼は私が殺すの!! だめーーーーーーーーーーーー!!!!」


 美玲の悲痛な叫び声が山の中で響き渡った。



 薄れゆく意識の中で、達海はトラックに轢かれた日のことを思い出していた。

 そうだ、あの時、女の子が道路の真ん中に突っ立っていたんだ。今、自分に向かって飛び込んできている子と同じ顔の女の子が。このままじゃこの子はトラックに轢かれてしまう。俺はなぜだか居ても立ってもいられなかったんだ。気づいたらその子を助けるために道路に飛び出していた。

 その後、黒髪の綺麗なその子が俺のことを抱き上げて、涙を流していたのをぼんやりと覚えている。体の感覚なんて何もなかった。ただ、その子が何度も何度も俺の名前を叫んでいたような気がする。

 なんで俺は自分の身を投げ出してまでこの子を助けようと思ったんだろう。どうしてこんなにも胸が詰まるような思いをしたのだろう。……そんな事、考えなくてもいいか。もう俺は————

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