#60 いい男
「霊魂は地獄に送っている。それが私の仕事だからね」
よく空想の物語や神話に登場する死後の世界。その名称が陰陽様の口から吐き出された。
「地獄……」
「ああ、地獄だよ。霊魂は生物の魂そのものだ。幽霊とは人としての道を外れ、死んでもなお現世にしがみつこうとする卑しい存在。それが辛うじて人の形を留めているに過ぎない。成仏すら出来なかったとなれば罰を受けるのは当然の報いだ」
「となるとやっぱり死んでしまった人間や成仏をした幽霊は……」
「その魂は天にある極楽浄土へと向かう」
やはり、天国はあったのか、と達海は驚いた。しかし、今の話では現世で消滅し霊魂となった幽霊は悪霊でなくても地獄に送られてしまう。そこに救いなんてあるのだろうか。
「地獄に送られた魂はどうなるんですか」
「まあ、その魂も浄化されて結局は極楽浄土に送られるんだよ。浄化されるにはそれこそ地獄のような苦しみをしないといけないけれどね」
「それは……悪霊もですか?」
「そうだね。まあ、邪悪な者ほど浄化されるまでの苦しみは大きくなるよ」
「でも悪霊は成仏出来ないのでは?」
「それはちょっと違う。厳密には成仏……浄化するためには途方もない想いや力が必要だ。現世の悪霊が成仏することは理論上、可能ではあるが……現実的ではないな。それを生業としている地獄の者に任せた方が合理的だ」
それはどんな幽霊にも救いはあるということなのだろう。達海はそれを聞いて少しだけ安堵した。
「君、今、良かったって思ったでしょ。誰か成仏させたい幽霊がいるのかい? もしかして春明のところの幽霊かな? でも、絶対に全ての人が極楽浄土に行けるわけではないよ」
「……どんな人が極楽浄土に行けないんですか」
「幽霊になって霊魂のエネルギーが尽きてしまった者たちだよ。彼らはただ消えるだけ。無になるんだ」
目を見開く達海に「まあ、そうさせない事が私たちの仕事でもあるんだどね」と、陰陽様は笑顔を向けた。
「貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました」
そう言って達海は立ち上がった。どんな幽霊にも救いはある。それが知れただけでも大きな収穫だった。しかし、悠長なことはしていられない。幽霊になってからのタイムリミットが百年であることに変わりはないのだから。レイを消滅させることはもちろん、できれば地獄のような苦しみをさせたくはない。
「ありがとう、私も日本に来てからこんなに楽しかったのは初めてかもしれない」
「……最後に一つ、質問を」
「なんだい?」
達海は陰陽様の顔を真っ直ぐに見た。
「あなたは、何者なんですか? もしかして……神様なんですか?」
陰陽様は一瞬驚いた顔をすると、すぐに腹を抱えて笑った。
「あはは、『神』か。私はそんな大層な存在じゃあないよ。まあ、私たちをそれが付く呼称で呼ぶ人間も多くいるけれどね。そうだな……強いて言うならば……」
陰陽様は顎に手を添えて上を見上げた。
「天からの使い……かな」
「おーい、待たせたね」
「戻りました」
「やっと戻ってきた! 遅いよ達海!」
皆んなの元へと戻ってきた達海と晴明にレイが頬を膨らませる。
「陰陽様と話せたのか? 天池」
「はい、お話してきました」
「どんな話をしてきたんですか!」
春明と吉昌をはじめとした陰陽師たちが目を輝かせる。
「えーと……今日の天気のこととか……」
「はぁ? なんだよそれ」
皆んなに囲まれて困っている達海のことを吉平が少し遠くから横目で見ていた。
「君は話を聞かなくていいのかい? 吉平」
「なっ! 私はいいんです!」
「本当は話を聞きたいくせに〜」
「黙っててください! 晴明様」
吉平は罰が悪そうに晴明から顔を逸らした。
ようやく、本当に陰陽寮の皆んなとお別れをする時がやってきた。
「皆さん、元気にしていてくださいね。叶うなら、またお会いしたいです」
「ああ! 成仏していなければまた会おう!!」
陰陽寮復興中に仲良くなったマッチョと吉昌が涙ながらに別れを惜しんでいる。
「さよならですわ、光樹さん。女同士、男たちを引っ張っていけるよう頑張りましょうね。ではまた、どこかで」
「ああ、私もこれから芦屋家頭首として、男共に威厳を見せる事ができるよう頑張っていくよ。それじゃあな、お嬢」
お嬢と光樹も別れの挨拶をしていた。光樹さんって女だったのか! と達海は少し驚いた。
「それじゃあね、忠司。またどこかで機会があったら頭首の暴走を止める方法を教えてよ」
「わかった。お互い、苦労するなアクタ」
忠司とアクタはお互い、クールに笑い合っていた。
「本当に、気をつけて帰るんだよ。またいつでも顔を見せに来て良いんだからね」
「ああ、それじゃあなお袋」
春明と彩葉は短く、それでも愛のこもった別れをしていた。
すると、達海に向かってズカズカと吉平が歩いてくる。「うおっ」と、一瞬たじろいだ達海の前に彼は止まった。
「め、メガネ小僧なんて言って悪かった! ……また、遊びに来いよ。お前はいい男だ……達海……」
吉平はそう小さな声で言うと、赤面させた顔を下に向けてズカズカと何処かへ行ってしまった。
「なんなんだよ、あいつ……」
吉平が歩いて行った方を達海が見ていると、隣にいたレイが達海の腕に抱きついてニカっと笑いながら言った。
「お前はいい男だ、達海!」
晴明の車に乗せられて達海、春明、そして幽霊たちは空港へと到着した。
「それじゃあ元気でな、春明くん。私もまたすぐにそっちに行くよ。封印と……桔梗のことも気になるしね」
「ああ、頼みます晴明さん。俺もできる限りのことはやってみます」
「春明、早くー。搭乗始まってるよー!」
「わかったよ、レイ! 今行く! ……あと、さんをつけろ! ……じゃあな、晴明さん」
春明はゲートの方に居た皆んなのところに合流した。
「行きの時みたいに騒ぐんじゃねーぞ」
「ハハハ、当然だ!」
「あなたが一番心配ですのよ」
「本当に、楽しくて騒がしい人たちだ」
ロビーのソファーで座る晴明は、東京へと飛び立つ一機の飛行機を見送った。




