#47 京へ
「いやー、とりあえず天気が荒れなくてよかった」
いつもの謎の柄が入ったジャケットを着た春明が、大きなネイビー色のボストンバックに着替えや日用雑貨を詰め込んでいく。
「早くしないと、間に合わなくなりますよ」
慌てて荷造りをしている春明に向かってパーカーの上にアウター、そして動きやすいパンツを履いた全身黒コーデの達海がさらに催促の言葉をかけた。
「わかってるよ。本当はもっと早く起きて準備するつもりだったのに、こいつらがうるさくてなかなか寝られなかったんだ」
春明は苦い顔をしてレイとマッチョを見た。
「えー。だって初めての旅行だもん。今までここの周辺しか出かけたことなかったのに」
「その通りだぞ! めいっぱい遊んで! めいっぱい楽しまなきゃ損だ! ハハハ!」
「京都って何があるのかなぁ。テレビで見るみたいな綺麗な景色に、綺麗なお姉さんもいっぱい居るのかなぁ」
「壮大な景色の中でとるポージングはさぞ気持ちがいいだろうな!」
ばたばたと準備をしている春明をよそにレイとマッチョは、はしゃいでいる。そんな様子を見ていたお嬢が呆れ顔で言った。
「全く、子供なんだから」
「そんなこと言って、お嬢も内心はウキウキしているんじゃないのかい?」
「うっ! そんなことないですわ。そういうアクタはどうですの」
「俺? 俺も楽しみだよ。皆んなで遠出するのは初めてだからね」
顔を赤らめたお嬢にアクタはそう答えた。
「よし、これで忘れ物はないな。それじゃあ行くぞ」
春明がベージュのトレンチコートを羽織り、バックを持ち上げると皆んなに向かって声をかけた。
『皆さま、本日は日本航空440便、大阪国際空港行きをご利用くださいましてありがとうございます。この便の機長は…………』
機内ではキャビンアテンダントがマイクを使ってアナウンスを流している。いよいよ、この飛行機は離陸して大阪へと飛び立つ。
「おいおい、あんまりはしゃぐんじゃねーぞ。他のお客に迷惑かけるなよ」
「……わかってますよ」
レイたちがそわそわしているのを見た春明が注意の言葉をかけると、隣の席に座っている達海が目を逸らして返事をした。
「……あんたには言ってないぞ」
「他のお客さんには見えてないんだから俺が返事しないと変だと思われるかもしれないじゃないですか」
達海が小声で春明に忠告した。
「ああ、そうだな。悪い天池」
すると窓の外の景色が動き始める。
「あ、動き出した」
窓の外を見ていた達海がポツリと言った。
「あんたら、しっかり座席に捕まっておけ。じゃないと後ろに吹っ飛ばされるぞ。あと、すり抜けるなよ。じゃないと外に放り出される。意地でもしがみついておけ。」
春明は小声でレイたちに声をかけた。春明の言葉にレイたちは血の気が引いたような表情をした。もっとも幽霊なので血は通っていないのだが。彼女らは達海と春明が座る座席にしがみついた。
「わかっているさ。任せたまえ」
「大丈夫、このくらい余裕だよ」
「そんなこと言って、顔が引き攣ってますわよ、アクタ」
「楽しみだな、お嬢は私が支えてあげるから安心して」
「感謝しますわ、レイ」
飛行機は徐々に速度を上げていく。次の瞬間、機体が地面から離れた。
「おお」
初めて飛行機に乗った達海は思った以上の圧力に思わず声が出た。
「あはははは」
「ハハハハハハハ」
レイとマッチョは興奮し大声で笑うなか、アクタは顔を引き攣らせ、お嬢は驚きのあまり目を丸くしたまま座席にしがみついていた。
「ねえ、なんか変な声聞こえない」
「え? 聞こえないけど」
「うそ、なんか変な笑い声みたいのが聞こえる気がするんだけど」
「エンジンの音でしょ」
後ろの方の座席から他の乗客の会話が聞こえてきた。どうやら霊感がある人が同乗していたようだ。
「レイ、マッチョ、静かにしろ。不審がられるぞ」
「でも、これ面白くて……」
「でもじゃねぇ!」
春明の小声の怒りに、レイとマッチョはしゅんとして静かになった。
飛行機が水平飛行になるとアクタもお嬢も落ち着きを取り戻したようだった。
「空港に着いたら晴明さんが迎えに来てくれるんですよね」
「ああ、そういう話になってる。そっからは車に乗って京都の陰陽寮まで連れていってくれるはずだ」
「陰陽寮に行くのはいつぶりなんですか?」
「一年ぶりくらいだったかな。去年の秋に行ったのが最後だから」
達海からの問いに春明が答えた。
「春明の仲間がたくさん居るところだもんね。楽しみだな」
「別に楽しいところじゃねーよ。面倒な奴らが居るだけのところだ」
レイの無邪気な言葉に春明は少し顔を曇らせた。
『皆さま、当機はまもなく大阪国際空港に着陸いたします。安全のため、シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお閉め…………』
機内に着陸のアナウンスが流れた。もうすぐ空港に到着するようだ。春明はレイたちに静かにしているように再び釘を刺した。そして数分後、飛行機は無事に着陸し、何事もなく空の旅を終えることができた。
空港のロビーに着くと、見覚えのある白い着物を着た端正な顔立ちの男がこちらに向かって手を振っていた。
「おーい」
「……天池、ちょっとカバン持っててくれるか」
「……わかりました」
春明は達海にボストンバックを預けるとズカズカとその着物の男の方へと歩いていく。
「おーい、待ってたよ春明くんたち! 春明くん? ……え、ちょ、ちょっと……」
春明は着物の男の目の前まで行くと拳を構えて、彼の頬に右ストレートを喰らわせた。その衝撃で着物の男——安倍晴明はその場に倒れ込む。その様子を見ていた達海たちは目を丸くした。
「ああ! すっきりした」
春明は満足そうな顔をして晴明に手を差し伸べる。
「会っていきなり何をするかと思えば、もしかしてフォトの件か? あれは私は悪くないぞ」
晴明は不服げにそう言いながら春明の手を掴むと起き上がった。
「そんなことはわかってる。でもこうでもしないと俺の気が収まらなかったんですよ」
「その様子だと彼女はやはり、いってしまったようだね」
「ああ、その通りですよ」
晴明は少し寂しげな表情をしてみせた。春明はそんな晴明の表情を見て、彼なりにフォトのことを考えてくれていたのだと悟り、フォトの最後の言葉を残してくれたことを心の中で感謝した。
「春明さん、何やってるんですの」
達海たちが慌てて駆け寄り、お嬢が心配の声をかけた。
「なんでもない。ただの挨拶だ」
「おいおい春明くん。陰陽師の挨拶が物騒なものだと勘違いされるからやめたまえ。まあともかく、また皆んなに会えて嬉しいよ。それじゃあ、さっそく陰陽寮に……」
ブーブーブー
晴明がスマホのバイブレーションに気が付き、胸元からスマホを取り出した。
「やあやあ、どうしたんだい。うん……うん……わかった。いや私が向かおう。すぐに行くからそのまま抑えこんでおくように伝えておいてくれないか。それじゃ」
電話を切った晴明が達海たちの方に目をやると、少し口角を上げてニヤリとして見せた。
「すまない、少し用ができた。陰陽寮に行く前に少し寄り道をして行こうか。面白いものを見せてやろう」




