#4 0の約束
辺りはもう暗くなっていた。街灯の薄いあかりだけが頼りだ。レイは達海よりほんの少し前に出て案内するように歩く。
レイから先ほどまでの笑顔は消えていた。そんな彼女に向かって何を話しかければいいのか、人付き合いをほとんどしてこなかった達海にはわからなかった。
二人はしばらくは黙って歩く。そんななか、静寂を打ち破ったのはレイだった。
「怖い思いをしたね」
「ああ、世の中にあんな化け物がいるなんて、思いもしなかった……。悪霊って、あれはなんなんだよ……」
「簡単に言えば、未練が恨みや憎しみしかなかった幽霊のなれ果てかな。ちゃんと知ってもらうためにも、まずは私たち『幽霊』について説明しよっか」
レイは顔を少し俯かせ、静かに続けた。
「幽霊はね、強い未練を残したまま死んだ生者が、現世にエネルギー体として残留してるものなんだよ。あっ、生者っていうのは生きている人間ね。幽霊は、初めは生前の記憶がないんだ。だから、自分がどんな未練を残して現世に留まったのか、記憶を探し、彷徨う。記憶を取り戻し、未練を成し遂げる事ができれば、幽霊は成仏する。ただしその未練が、恨みや憎しみだった場合は……」
「悪霊になる……のか?」
「そう、悪霊になってしまう。悪霊になった幽霊は私たちの原動力である霊魂が黒く染まっちゃうんだ。そして、本能のままに暴れ、他の幽霊の霊魂を喰らう」
「そうか、あの割烹着の幽霊も元はレイと同じで悪霊ではなかったんだな。でも、どうして悪霊は霊魂を食べるんだ?」
「生存本能ってやつかな。幽霊にもね、生者でいう寿命みたいなものがあるんだよ。幽霊になった瞬間から約百年。それを過ぎると霊魂のエネルギーは尽きて消滅してしまう。でもね、他者の霊魂を喰らうことで力が増して寿命が延びるんだよ」
「じゃあ、もし未練が恨みや憎しみだった幽霊は悪霊になるしかないのか? 他に道は?」
「そうだね。他に道なんてないんだよ。そういう幽霊は寿命を迎えるか、悪霊となって狩られるか」
恨みつらみでこの世に留まった幽霊はそんな悲しい結末しかないのか、と達海は少し切ない気分となった。そして、もう一つ。レイの言葉の中にあった物騒な言葉を、疑問として投げかける。
「狩られる?」
「憎しみに染まった霊魂を浄化する存在がいるらしいんだよ。知り合いによれば、それが悪霊にとっての救いになるって言うんだけど……私は、なんだかそう思えない。他にも、幽霊を狩りをするGHとかいう物騒な連中もいるみたいだしね」
レイは悲しい感情を抑えたような無理やり作った笑顔をこちらに向けた。達海が今までに見たこともないような他人の表情。その顔は達海の心にズキズキと突き刺さった。二人はゆっくりと歩き続ける。
「レイは……レイは成仏したいのか?」
「もちろん。幽霊はみんな成仏するために生前の記憶を求める。でもさ、私恐いよ。もし未練が憎しみで、あの女の悪霊みたいになったらと思うと……恐いよ」
レイの顔はどんどん歪んでいき肩を窄める、今にも涙が溢れ出してきそうだった。
「……きっと!」
達海はそう言って立ち止まった。レイも立ち止まり、達海を見つめた。
「きっと大丈夫だ! レイは俺を助けてくれた優しい奴だ。だから絶対に成仏できる」
「絶対に?」
レイは声を振るわせながら達海に問いかけた。少し温かい風が、達海の伸びかけて乱れた髪を揺らす。
「ああ、俺がお前の成仏を見届けてやる。約束だ」
自然と自分の口から溢れ出た言葉。自分でも驚きつつ、達海は胸が熱くなって行くのを感じた。こんな感情になったのは初めてだ。
達海はレイに向けて指切りげんまんのポーズをとった。それに合わせて、レイも達海の小指に自分の小指を絡めてポーズをとる。
「うん。約束」
レイの顔にはすっかり笑みが戻っていた。二人は歩みを早める。いつもは不快に感じる、夏の夜の生暖かい風が、なぜだか心地よく感じた。
「到着! ここだよ」
レイは自らの横にある建物に向かって両腕を突き出すと、その建物を強調するようにキラキラと腕を捻る動きをみせた。和風な木造建築で、入り口脇にある明かりの灯った看板には『カフェ陰陽』と書かれている。
「早く入ろう」
レイは入り口の前に立ち、早く開けろと催促しているようだった。。達海は緊張で高鳴る鼓動をなだめるように、自らの胸に手を当てる。ここにはどんな人がいて、どのような出会いが待っているのだろうか。
達海は取っ手に手を掛け、手動のスライド式ドアをゆっくりと開いた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。ここで、物語の序幕は終了です。達海にこれからどんな出会いが待っているのか。楽しみにしていただければ幸いです。
物語は最後まで何となくの構想は出来ています。登場人物全員がとはいきませんが、ハッピーエンドにします。
これからも、ゴーストパラダイスをよろしくお願いします。