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#33 狂愛—伍—

 達海が振り返ると、白いトレンチコートを着た屈強な男——鏑木剛が、こちらに向かって拳を振り上げている。

 終わった……と、感じ取った達海は半ば諦めの感情を抱きながら目を瞑った。



「痛ったー! 鏑木さん力強いっすよー」


 達海がゆっくりと目を開くと、剛の拳は圭へと振り下ろされていた。


「すまなかった!」


 剛が達海に向かい頭を下げる。


「ほら、お前もだよ」


「うわっ」


 すぐに剛は圭の頭を鷲掴みにすると、その軽そうな頭を思い切り押し下げ、強制的に謝罪の格好をさせた。


「あっ……えっと……」


 突然のことに、達海は言葉を詰まらせて固まってしまう。剛は続けて圭のことを冷たく叱りつけた。


「一般人に武器を向けるとは恥を知れ、上に報告すれば処分は免れないぞ」


「それだけは勘弁してくださいっす。なるべく穏便に、平和に、この通りっす」


 圭はお辞儀の姿勢のまま、顔だけを上げて両手を合わせながら達海と剛を交互にチラチラと見た。


「それじゃあ、これのどこが平和なんだ?」


 剛が掴んでいる圭の頭を百八十度回転させた。圭の目には床に倒れ込んでいる春明の姿が目に映る。


「あ——」




「天池!!」


 春明が飛び起きると、そこは東山宅のリビングのソファーの上であった。ソファーの手前にある長方形の机を、達海、圭、そして剛が胡座をかいて囲んでいる。


「春明さん大丈夫ですか!」


 春明の手前側に座っていた達海が振り向いた。


「目ぇ覚ましたか。うちのバカがすまなかった」


「俺は悪くないっすよ」


 反省の意を見せない圭の頭に、即座に剛のげんこつがとぶ。

 春明は達海から佐野の幽霊が無事に逃げたことを聞くと、ホッと息を吐いた。


「GHの……鏑木剛だな」


「ああ、そうだ。……お前さんのじいさんには世話になったな」


 剛は視線を下に向けながら言った。


「お二人はお知り合いで?」


「いいや、直接の知り合いではない。以前、そいつの祖父に助けてもらったことがあるんだよ」


 圭からの問いに剛が答えた。春明はソファーから降りると達海の隣に座って、右腕で頬杖をついた。そして、机に左腕の肘をつくと剛のことを指さして言った。


「あんた、幽霊に身内を殺されているんだってな」


「そうか、やはり明宏さんから話を聞いていたか。……少し彼と話したいことがある。圭、先に本部に戻ってろ。大人しく言うことを聞いてくれれば今回のことは上には報告しないでやる」


「本当っすか! それじゃあ、先に戻るっす。お疲れっした」


「ちょっと! そんなの許せない。こいつは春明さんを灰皿で殴って、俺のことも変な武器で襲おうとしたんだぞ!」


「天池、そのことはもういい。あんたも先に帰っててくれ。俺もこの()()()と話したいことがある」


「でも……」


 と達海は反論をしようとしたが、下唇を噛んで「わかりました」と春明の頼みを了承した。春明と剛、二人の間にある並々ならぬ雰囲気を感じ取ったからだ。達海は自分が出しゃばる場ではないと悟った。

 すぐに達海と圭は春明と剛を残して東山宅を後にした。

 玄関を出て右に曲がるとそこには吉江が居たので、「すみません、もう少しかかります」と断りを入れておいた。何かすごい音が聞こえたけれど大丈夫か、と心配されたが、除霊に手間取ってしまっていると誤魔化した。

 達海と圭の別れ際、圭は何かぶつぶつと文句を言っていたが石焼き芋の軽快な歌とトラックの走行音が聞こえると、ピタリと文句をやめてそちらの方へと行ってしまった。達海は、圭に後を付けられていないか警戒しながらカフェ陰陽へと向かった。



「春明と言ったか。明宏さんは元気か」


「いや、もう死んだよ」


「……そうか、最後に挨拶くらいはしておきたかったな」


 剛が強面を少し和らげると左手に付いた大きな傷を見た。


祖父じいさんに助けられた時のものか?」


「ああ、そうだよ。俺だけが生き残って、かみさんと一人息子はあの世に行っちまったがな」


 少しの間、沈黙が流れる。春明は、「はあー」っとため息を吐くと剛のことを睨みながら口を開いた。


「GHは何を企んでいる」


「……この世から幽霊を撲滅する。いや……正しく言うならば『白い面の天狗』を除霊する……か。この組織はそのために作られた機関だからな。まあ、そのことに躍起になっているのは局長くらいだが」


「それはあくまで表向きの目的だろ。そうじゃねーんだよ。あんたらの局長は霊魂を陰陽寮に納めに行ってもいない。良霊も悪霊も関係なく無差別に狩まくって一体何をしようとしてんだよ!」


「さあ、本当の目的なんて知らないよ。……ただ、俺たちのやっていることは世の平和を目指すために必要なことだと思っている」


 熱くなっている春明とは対称に、剛は静かに、そして淡々と話した。


「それに、お前さんの方がGHのことについてもっと知っていると思ったのだがな。お前さん、警察庁の長官と繋がっているだろ」


「……は? 何言ってんだ?」


「明宏さんと一緒に居たロリっ娘の幽霊、まだお前さんのところにいるのか? 今日の会議でな、除霊禁止の五人の幽霊についての話題が出てな。ロリッ娘の幽霊、その内の一人だったよな」


「……さあな。それがどうしたんだよ」


「その幽霊たちの除霊禁止令が解除されるかもしれないんだ。一応、お前さんに教えといてやる」


「なっ……どうして! そんなはずは……」


「……どうしてかは知らないが、その反応を見るとやはりお前さんが一枚噛んでたってわけだな。他の四人の幽霊もお前さんと関わりがある者か?」


 春明は両手の拳を強く握りしめた。俯いた顔の額からは汗が滲み出る。剛は話を続けた。


「まあ、すぐに討伐の命令が出る訳でもないだろう。もしかしたら、その幽霊たちの中にはロリっ娘のように、お前さんの近くに居る者もいるんだろうが、そのことを知ってる奴はGHには居ないはずだ。俺も明宏さんには恩がある。別に、上に報告したりなんてしないよ」


「……それじゃあ、悪霊じゃない幽霊を狩るのはもうやめろ。みんながみんな悪い幽霊って訳じゃない。救われるはずの死者だって居るはずだ!」


 春明はそう言いながら、拳を目の前の机に叩きつけた。


「それじゃあ、生者はどうなる。俺の家族は悪霊になりかけている幽霊に殺された。どんな幽霊でも生者に危害を加える可能性を孕んでいる。俺はただただ幽霊が憎いんだよ。GHに入ってこの力を手に入れた時、心の闇がようやく少し晴れた気がしたんだ」

 

 剛はギロリと春明を睨み返した。


「俺は、俺みたいに悲しむ人が今後一切出ないよう、これからも幽霊を狩り続ける」

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