#34 狂愛—陸—
達海が陰陽に戻ると、入り口の近くに居たレイが出迎えてくれた。
「徹くんが帰ってきたけど、何があったの? すごい顔色が悪かったけどやっぱり失敗しちゃった?」
「ちょっと色々あって。みんなにも話すよ」
達海の少し疲れたような顔を見て、レイは眉を下げた。
「わかった。みんな二階にいるよ。……春明は?」
「もう少ししたら帰ってくると思う。先に俺から何があったか話しておくよ。行こう」
達海が二階の部屋の扉を開くとそこにはアクタ、お嬢、マッチョ、そして佐野が居た。
「達海、おかえり」
「どうやら失敗したようですわね、GHにも襲われたとか」
「ああ、何があったか話すよ」
達海は皆んなに、佐野が二重人格であった事、そして東山の家でGHに襲われたことを話した。
「GHについてはひとまず、片がついたと考えてよろしいんだな」
「ああ、今、春明がこの件に絡んで来たGHの鏑木って人と話をつけているはずだ」
マッチョからの問いに達海が答える。
「それで春明さんは出かける前、私に鏑木のことを聞いてきたんですのね」
「お嬢はそいつの事知っているのか?」
「ええ、昔に一度だけお会いしたことが。GHになったという事は聞いていましたけれど、まさかあなたたちと衝突していたなんて」
お嬢は悲しみの表情を浮かべた。
「とりあえずその鏑木のことは春明が戻ってきたらまた聞くことにしよう。ところで君、今は徹の人格ということで良いのかな?」
「……うん、徹だよ」
アクタからの問いに佐野は答えた。佐野の声でその疲弊具合が達海にも伝わってくる。
「徹さん、渉さんになっていた時の記憶はあるんですよね。東山の家で渉さんから徹さんに変わった時に、やけに状況把握が早かった。それに、渉さんの人格には生前の記憶もあるようだった。徹さん、渉さん、京子さんの間に何があったのか、本当は覚えているんじゃないですか?」
「できれば話したくなかった……でも、僕に時間はもうそんなに残されていないから、全部話すことにするよ」
佐野は一息つくと話を始めた。
——彼女が出来た。今度紹介するよ。
美大進学と同時に家を出ていった兄貴からの久々の連絡に驚いたが、ただの惚気話を聞かされるだけかと渉は苦い顔をした。
久々の連絡といっても別に兄貴と仲が悪いわけではない。勉強やサッカーの部活が忙しくて少し疎遠になってしまっていただけだ。兄貴に初の彼女できたという連絡は渉にとって嬉しいような嫉妬するような複雑な気持ちであった。
渉は徹に都合の良い日付を伝えると、次の金曜日に徹が借りているアパートで彼らに会う約束をした。
「君が渉くんかー。さすが兄弟。そっくりだねー」
長髪で丸メガネをかけた京子が渉のことを見て笑顔を見せた。
徹の部屋には大きなイーゼルがあり、何も描かれていないキャンバスが立てかけられていた。壁には独特な絵がたくさん飾られている。
「あはは、でも渉は僕と違って運動が得意でね。将来はサッカー選手なんてのも夢じゃないくらいだよ」
「ちょっと兄貴、そこまでは考えてねーよ」
「渉くんはすごいんだね」
「そんな、すごいことなんてねーよ……」
「何照れてるんだよ」
顔を赤らめた渉を見て徹はからかった。
「照れてねーよ! その、京子さんは兄貴のどんなところが良かったんだよ」
「ええー、そんな急に聞かれても……恥ずかしいな。たくさんあるけど、私のことをしっかりと見てくれてるところ……かな」
京子と徹が赤面し沈黙してしまう。そんな場に耐えられなくなった渉は徹のことを軽く小突いた。
「なんだよ、惚気やがって! こっちも恥ずかしくなるよ」
「渉が聞いたんだからしょうがないだろ」
兄が生き生きしている様子に渉は安心した。誰にでも優しい兄のことだ、悪い女にでも騙されているんじゃないかとも考えたが、京子さんも良い人そうだった。
渉が大学に進学すると、徹と同様に一人暮らしを始めた。自由な時間が増えた渉は徹と京子と遊ぶことも多くなり、三人でテーマパークに行くほどの間柄になっていた。
徹と京子は本当に仲睦まじく将来、兄貴はこの人と結婚するんだろうなと、なんとなく渉は考えていた。それほどにこの二人からは幸せそうな雰囲気が溢れ出していた。しかし、そんな彼らを神が嘲笑うかのように悲劇は突然に降りかかってきた。
膵臓癌のステージ四。徹は医者から半年の余命宣告を受けた。それでも徹は生きる希望を捨てずに、病院での闘病生活を続けた。京子も毎日のように病室に顔を出し、徹のことを励ましていた。
しかしその努力も虚しく、徹は半年の余命を待たずして他界してしまった。
徹の葬式に京子は参加しなかった。心配になった渉は京子にメールを送ってみたが、それが既読になることはなく、二ヶ月が過ぎていった。京子にも何かがあったのではないかと胸騒ぎがした渉は、徹の生前に何度か訪れていた京子のアパートに行ってみることにした。思えばこの決断が地獄の始まりだったのだろう。
渉がインターホンを押すとものすごい勢いで玄関の扉が開いた。
「徹くん! 帰って来たんだね。早く入って、新作が丁度出来そうなんだよ。徹くんにも見てほしいな」
「……京子さん? どうしたの、僕は渉だよ」
京子は腫れた目で動揺する渉を凝視すると、「そっか、今日は徹くん来てないんだね。とりあえず中入りなよ」と渉を部屋に招き入れた。




