#30 狂愛—弐—
「春明さん!」
「……ああ、わるい」
達海からの呼びかけに春明は“はっ”とした。
「今のって、GHですよね。あの人たちが話してたのって東山の家のことなんじゃ……」
「そうだな……おそらく違いない」
「もし、徹さんの幽霊が今あの家に訪れてたら、除霊されちゃうんじゃないんですか」
「念の為、少し覗きに行くぞ」
達海と春明は、こっそりとGHの後を尾行した。達海たちが危惧した通り、GHの二人は東山宅のインターホンを鳴らし、家の中へと入って行った。
達海たちはゆっくりと窓の近くに忍び寄り、中を覗こうとする。
「ここからじゃ、よく見えないな。天池、忘れ物を取りに行くふりして中を確認して来てくれないか」
「なんで俺が! いやですよ、春明さんが行けばいいじゃないですか」
「……俺が行くと都合が悪いんだよ」
春明は達海から目を逸らし、ばつが悪そうに言った。
「もし、家の中に佐野が居たら窓を二回ノックしてくれ」
「……わかりましたよ」
「佐野が中にいないことを確認したらすぐに戻って来い。それから、GHに話しかけられたら幽霊が見えることもなるべく隠せ。いいな」
達海は渋々東山宅の玄関へ向かい、インターホンを押した。
「すみません先ほどの者ですが、忘れ物をしてしまいまして。少し、上がらせて頂いてもよろしいですか」
「ごめんなさい、今お客様がいらしてて、どのようなものか言っていただければお持ちいたしますよ」
「あ……ちょっと上がらせて頂ければすぐに取って行きますので」
「……わかりました。今開けますね」
吉江から玄関を開けてもらい達海がリビングに入ると糸目の男が挨拶をしてきた。
「こんにちはっす」
「……どうも」
達海は探し物をするふりをしながら周囲を見渡す。どうやらこの部屋に徹は来ていないようだ。彼はGHの二人が座るソファーの後ろへ行くと四つん這いで下を覗き込み、ポケットから取り出したスマホを今見つけたかのように振る舞いながら起き上がった。
「すみません、見つかりました」
「あら、よかった。……そうだ、あなたも警察の方に相談してみたら?」
吉江の言葉に達海はドキッとする。彼女の言葉に屈強な男も反応した。
「相談、この方も何か困り事があるんですか」
「いえ、俺はいいんですよ」
「ええ、この方は徹くんの旧友でしてね。彼にもその……徹くんの幽霊が見えるとか」
「いえ、俺は本当にいいんです。では、もう帰りますね。すみませんでした」
達海は足早に玄関へと向かおうとした。しかし、それは糸目のGHに腕を掴まれ阻まれてしまった。
「君、ちょっとお話聞かせてもらってもいいっすか」
「……はい」
「俺たちこういう者っして」
屈強な男と糸目の男が警察手帳を取り出して広げてみせた。手帳には顔写真と共に名前が記されていた。
“警部 鏑木剛”
“警部補 浜辺圭”
「徹の幽霊について、いつ何処で現れたのかお聞かせ願えますか」
剛が凄みのある声で達海に尋ねる。
「あ……一週間前ごろ、大学で夜に勉強してた時にうとうとしてて。そしたら、徹がぼやぁと現れて、『東山の両親に謝罪しないと』って俺に訴えかけてきたんですよ」
達海は震えそうな声を必死に悟らせないように話した。
「一度だけですか」
「……はい、一度だけです」
「今までに幽霊を見たことは?」
「……ありません」
すると、圭がため息を漏らした。
「彼を調べてもあまり、意味がなさそうっすね。今日はこの家には幽霊も居ないみたいですし、もう帰らないっすか。また明日来ましょうよ、鏑木さん」
「……そうするか。では、今日のところは失礼いたします。また、異変がございましたらご連絡ください」
剛と圭は立ち上がり、吉江に一礼すると玄関に向かおうとする。
「あの……」
吉江が玄関へ向かう二人に声をかけた。
「明日、彼が雇った陰陽師の方が除霊に来てくれることになっているのですが……」
吉江の言葉に、達海の心臓は口から飛び出そうになる。GHにカフェ陰陽のことが伝わってはまずいのではないか。達海はどうすることもできないまま、吉江はGHの二人に春明から受け取った名刺を見せた。
「カフェ陰陽、安倍春明……ってなんすか。陰陽師って西日本を拠点にしてるんすよね? コスプレカフェ?」
名刺を見た圭は首を傾げていたが、剛は何も言わずに眉を顰めていた。
「そうですか、では私たちはこれで失礼いたします」
剛はそう言って高級そうな革靴を履くと、玄関の扉に貼ってあった札の様な物を剥がした。
あれって、呪符!?
達海が家に入る時に見逃してしまっていたが、確かにそれは陰陽師が使う呪符であった。
結界を張っていたのか? でも呪符は陰陽師しか使えないはずでは……
そう一瞬困惑した達海だったが、GHの二人が家を出た後、「俺も行きます。すみませんでした」と吉江に言うと、すぐに玄関を通り抜けた。達海が外に出ると家の角に隠れていた春明が駆けて来る。
「大丈夫だったか?」
「大丈夫じゃないですよ。GHに色々聞かれてすごく怖かったです。なんとか誤魔化しましたが。……あと、家の中に徹さんの幽霊は居ませんでした」
「そうか。ありがとな」
「それと、吉江さんがGHに春明さんの名刺を見せてましたよ。まずいんじゃないですか?」
「ああ、そうなっちまったか。……まあ、大丈夫だ。天池は心配するな」
「大丈夫だって……もし、陰陽に攻め込まれたら、レイたちが危ないんじゃないのか」
「まあ落ち着けよ天池、GHには陰陽に幽霊が居る事は知られていない。それにカフェ陰陽に攻め込むなんて馬鹿なことしないはずだ」
「どうしてそう言い切れるんですか」
「……GHのトップは俺の知り合いだからだ。あまり仲は良くないがお互いの仕事は邪魔しないよう、話はつけてある」
「GHのトップ……まさか陰陽師と関係があるんですか」
「ああ、そうだ」
「だから、あいつら呪符を持っていたんですね。でも呪術は陰陽師本人しか使えないはずじゃ……」
「呪符を使っていたのか。多分、幽霊を逃さないために結界を張っていたんだろう。凄腕の陰陽師が予め呪符に術を仕込んでおけば、陰陽師じゃなくても簡単な結界なら張ることができるんだよ。せいぜい三十分くらいしか、もたないだろうがな」
「そうなんですね。……それで結局、明日はどうするんですか?」
「GHに掛け合ってみるよ。……まあ、向こうも俺とはあまり揉めたくないはずだ。もしかしたら今回の件は俺らが諦めなければならないかもしれんが」
「今回の件を諦めるって。それは、徹さんを見捨てるって事ですか」
「レイたちが危険な目に遭うよりはいいだろ」
「それってどういう……」
達海は春明が少し不機嫌になっているのを感じ取った。
「いいからとりあえず、今日は帰るぞ」
帰り道、達海と春明は別れの挨拶をするまで言葉を一言も交わさなかった。春明とGHとの関係はどのような物なのだろうか。春明は何かカフェ陰陽にとって重要な事を俺に教えてくれていないのではないだろうか。達海は春明に少しだけ不信感を抱いてしまった。




