#29 狂愛
「えっと、佐野って言ったか。彼女の名前とその親族の名前は覚えているか?」
少し疲弊した様子の春明が佐野から事情を聞く。春明が出先からカフェ陰陽に戻って来て数分後のことである。いきなりの、さらには何やら訳ありの依頼者に春明は少しばかり困惑しているようでもあった。
「僕の彼女の名前は東山京子。二年前に僕が殺した。彼女の両親が住んでいる場所はわかっているけど……名前はわからない。何度か出向いたんだけれど気づいてもらえなくてね。そこであなたに僕の思いを伝えてもらいたいんだ。」
「……ったく、殺しただぁ? そんなの許されないに決まっているだろ。なんでお前は彼女を殺したんだ」
すると、淡々と話していた佐野は少し悲しい表情をして答えた。
「助けてあげたい人がいてね。その為だよ」
「助けるため?」
「僕は彼女に監禁されていてね、仕方なかったんだ」
佐野は俯き、それ以上は何も答えなかった。答えることを拒んでいるようだった。春明はそのことを察し、頭を掻く。
「監禁って……良くわからんが、のっぴきならない事情があるみたいだな。とりあえず東山宅に行って話は聞いてやる。それで、お前はなんで死んだんだ?」
「よく、覚えていないなんだ……」
「はぁ」
その後、晴明は佐野から彼女の両親の住所など必要な情報を聞き出し、明後日の夕方に再度ここで会う約束を取り付けた。そして佐野は、「それじゃあ、頼んだよ」とだけ言い残すとカフェ陰陽から出ていった。
「なんか、よくわからない幽霊さんだったね」
フォトが不安げな表情で言った。
「まあ、監禁だの、殺しだのが絡んでいれば報道されてる可能性が高い。二年前の事件の記事を調べてみよう」
春明はノートパソコンを開き、カタカタとキーボードを打ち始めた。
「あった。多分この事件だろう。」
達海と幽霊たちは春明の操作するパソコンを覗き込んだ。
「二十代の女性大学生が知人の二十代男性を半年間監禁。男性が女性を刺殺し逃走するも車に撥ねられて死亡」
春明が見出しを読み上げる。
「もっと詳しく!」
「ああ」
レイが急かすと春明は画面をスクロールした。
「嶺優町のアパートで一人暮らしをする東山京子(二十一歳)が自宅で刺され、死亡しているのが見つかる。容疑者は佐野渉(十九歳)で刃物を持ったまま逃走しそのまま車に撥ねられて死亡した。なお、東山はこの容疑者を監禁していたとみられており、容疑者と被害者の関係について、さらに捜査を進めている……」
「渉って誰だ……あの幽霊は自分のこと徹って言ってたよね。どういうことだろう」
アクタが首を傾げる。
「徹のことについて、何か記事はないか?」
マッチョが聞いた。
「そのほかの情報は、渉の周囲には、彼からしばらく旅行に行くって知らされていたこと、渉の親族が東山京子の恋人関係だったってことくらいで、東山に監禁されていた人物は渉で間違いないみたいだ。」
「あっ、春明! 顔写真出てるよ」
レイがパソコンの画面の下の方を指差す。
「さっきの幽霊やっぱりこいつだよな」
顔写真の下には“佐野渉容疑者(十九歳)”と記されていた。
「あの幽霊、嘘をついていたのか? でもどうして」
達海が首を捻ると、春明はため息を吐いてパソコンを閉じた。
「まあ、とりあえず、明日は佐野から聞いた東山の家に行ってみる。天池もついて来い」
「明日は十六時過ぎまで大学で講義があるんですが……」
「それが終わってからでいいよ。だから、佐野との約束は明後日にしたんだ」
「……わかりました」
翌日、達海は大学の講義を受けた後、春明と共に徹と名乗る男から聞いた東山宅の前までやって来た。
「午前中に佐野徹について調べた。徹は実在していたが、三年前に病気で死んでいたらしい。それと、やっぱり徹は渉の兄だった」
「それじゃあ、京子さんと付き合っていたのは徹さんだったんですね。でも、なぜ京子さんは渉さんを監禁したんでしょうか?」
「さあな、それをこれから聞き出せればいい。いいか、あんたは今から徹の旧友だ。渉の親から事件について聞き出すぞ」
「友達のふりをしろってことですか!? ……そのために俺を連れて来たんですか? それなら春明さんが旧友の振りをして、さっさと午前中に行けば良かったんじゃないですか」
「ばーか。俺だと年が離れてて怪しまれるだろ。この役はあんたが適任だよ。いいか、後は俺が言った通りにやりゃいい」
「うまくいきますかね……」
不安を募らせたままに達海は東山宅のインターホンを鳴らす。
「はーい」
インターホンからは中年の女性の声が聞こえた。
「すみません。俺は佐野徹の友達だった者なのですが。生前、徹から、もし自分の身に何かがあったら東山さんに伝えて欲しいことがあると言伝を預かっています。少し、お話しさせていただけませんか」
「……お話しすることは何もありません、帰っていただけますか」
すると、すかさず春明が話し始めた。
「お宅、怪奇現象に悩まされていませんか? 彼も怪奇現象に悩まされていましてね。徹さんの幽霊を見たって言うんですよ。その心配もあってお宅に伺いました」
「……あなたはなんなんですか」
「彼に雇われた陰陽師の安倍春明と申します。ぜひお話しお聞かせ願えませんか」
達海と春明は東山の家に上がる事を許された。
廊下を歩きながら春明は中年の女性に名刺を渡す。彼女にリビングへと案内され二人はソファーに座った。室内は綺麗に整頓されており、極一般的な家庭という感じであった。部屋の端に置かれているチェストの上には、丸眼鏡で長髪の京子らしき人物が写った写真が飾られていた。
「あの、徹くんの幽霊というのはどういうことでしょう」
女性がお茶を運びながら尋ねてきた。
「わざわざすみません。ありがとうございます」と春明が礼を言い、静かにお茶を啜る。
「徹からあなた方、京子さんの両親に謝罪したいことがあると、生前聞かされていました。彼が死んでしまい、今までそんなことは忘れてしまっていたんですが、最近になって彼の幽霊が俺の前に現れるようになったんですよ。『東山の両親に謝らないと』と言いながら」
達海は少し怖がる芝居をしながら話した。中年の女性は達海の言葉を聞き、顔をこわばらせた。春明がコップを目の前にある机の上に置くと、貼り付けたような笑顔で彼女に問いかける。
「すみません、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「あっ、吉江と申します」
「吉江さん、徹さんは貴方の娘さんの彼氏でしたか?」
「ええ、私の娘……京子と付き合っていました。三年前に病気で死んでしまったとは聞かされていましたが。今はもう、娘も……」
そう言いながら吉江はチェストの上に置かれた写真を眺めた。
「少し、娘さんについても調べさせていただきました。お悔やみ申し上げます。監禁事件についても把握しております」
「……そうなんですね。事件についても……。あの子は、あんな事をする子じゃなかったのに……私にもなぜあの子があんなことをしたのかわからないんです」
「そうですか……ところで、最近お宅でも何か不思議なことが起こっていませんか」
すると吉江は食いついたように話を始めた。やはり怪奇現象に悩まされる人は皆こうなるようだ。
「……ええ、起こってるんです。最初は気づいたら写真立てが倒れている程度でした。気にも止めていなかったのですが、リモコンの位置が出かける前と変わっていたりと物の位置が勝手に動くようになったんです。誰かが家の中に入って来てるんじゃないかと気味が悪くなって、警察に連絡もしたんですよ」
「警察に連絡を……その後、どうなりましたか?」
春明の顔が少し険しくなった。
「金品を盗られている訳でもないし、気のせいじゃないかって。でも気になるようならと防犯カメラを設置してもらいました。それで、その映像を確認したんですが……誰も家にいないのに勝手に物が動いていたんですよ! 警察は後日、対応できる人を来させると言っていたのですが」
「ちなみにそれって、いつ頃の話ですか?」
「……一昨日です」
「では、娘さんから徹さんと渉さんについて何か聞いていませんか?」
「特に、娘からは好きな人が出来たとしか……」
「最後に。何か徹さんから謝られるようなことをした覚えはありますか?」
「……何もないです。私とは全く関わりなんてありませんでしたから。京子だって生前、徹くんとはとても仲が良さそうに見えました。写真だってたくさん送られて来ていて」
「もしよければ、そちらを拝見してもよろしいですか」
「はい……」
吉江からスマホを見せてもらうと、徹と京子がベッタリとくっついた仲睦まじい二ショットが何枚も保存されていた。徹は渉にとても似ており、違いは徹の方が目が少し垂れていて、口元にほくろがある程度であった。
「ありがとうございます。ここの最近起きている怪奇現象は徹の幽霊によるものでしょう。陰陽師である私が除霊いたします。準備がありますので、また明日伺ってもよろしいですか」
「失礼だけど詐欺……とかじゃないわよね」
「見た目はこんなですが、実力は本物です」
達海が吉江に答える。
「もちろん、依頼者は彼ですのでお代は彼から頂きます」
春明は達海を見ながら言った。
「……それじゃあ、よろしくお願いするわね」
達海と春明は東山宅を後にした。
「結局、徹さんと渉さんについてあまりわかりませんでしたね」
「だな。まあ、佐野の幽霊を明日連れてきて、東山への謝罪を代弁してみよう。多少強行手段ではあるが、成仏できなかった時はまた考えよう。なんせ、少し急がないとだめなようだからな」
「急がないといけない?」
「…………」
「春明さん?」
達海が春明に聞き返した。春明は前を見つめたまま、まるで怖い幽霊でも見たかのように固まっていた。達海が前を向くと、前方から白いトレンチコートを着た屈強な男と同じく白いトレンチコート着た糸目の男が歩いてくる。
「鏑木さん、本当に幽霊居ますかねぇ〜」
「防犯カメラにバッチリ写ってたんだ。間違いなく居るはずだ」
「そうっすかね〜」
二人の男は達海と春明の横を通り過ぎていった。達海が春明の方を見ると、彼は真っ直ぐと前を見たまま、首筋には冷や汗が伝っていた。




